第27話

 とある日の昼休み。休み時間に入ると小林が振り向いて机の上にドンと何かの箱を置いてきた。


「これ……何?」


「や、お弁当だよ」


「お弁当……」


「ん。作ってきた。高橋の分もあるよ」


「まじで!?」


「や、そんなに驚かれるとはね」


 小林はなんてことないように言うけれど、推しである小林の手作り弁当!? テンションを上げないわけにはいかないだろう!


「な……何が入ってるの?」


 小林はフフフと笑い「モブキャラ弁当」と言った。


「モブキャラ弁当……キャラ弁ってこと?」


「むしろモブ弁」


「モブがメインならそれはもうモブではないんじゃない?」


「や、クリティカルな指摘だ」


 小林はニヤリと笑って弁当を引き下げる。


「あ、あれ? 食べないの?」


「や、食堂でたくさんの人に紛れようかなと。ここ、目立つし」


 小林はそう言って教室を見渡す。既に隣の席の理栗はいなくなっているが、それでも結構な人が残っていた。


 ここでキャラ弁を披露すると人が集まってくるかもしれない。人が集まるということは注目されるということなので、それを避けたいんだろう。


「じゃあ……食堂に行こっか」


「ん……ん?」


 立ち上がった小林が首を傾げた。


「どうしたの?」


「や……手作り弁当を持ってきた時ってさ、『高橋きゅん! 美味しいってゆってくれるかな? カナカナ?』みたいな感じがいいのかな?」


 小林がぶりっ子のような声を出して尋ねてくる。


「それはメインヒロインっぽい仕草だよ」


「ん、だよね。私ぽくないや。やめとこ」


 珍しく小林がヒロインっぽい事をしようとしたことに驚きながら食堂へ向かった。


 ◆


「ささ、どうぞ。開けてみて」


 食堂の隅にあるテーブル席で小林が蓋をしたまま弁当箱を渡してきた。


「見た瞬間のリアクションを気にしてる?」


「ん。そうだね」


「ちょっと大袈裟にしてみようかな……」


 ニヤリと笑って小林に仕掛けてみる。


「や、普通でいいよ、普通で」


 小林はそう言い、俺のテンションを変えるためのレバーを操作する素振を見せた。少しだけその見えないレバーを押し戻してテンションを高めにしていると意思表示をした上で弁当箱を開けた。


 中身は、きんぴら、ひじきのような副菜にミニトマト。それらが一つ一つバランで仕切られていた。


「べ、弁当のモブ的存在ばかり集めてる……バランが多すぎて草原みたいになってる……」


 あげたテンションのまま突っ込めるような見た目でもなかったので、極めてニュートラルな反応になってしまう。


「ん。題してモブキャラ弁当」


「あ……う、うん……まさかのおかずのモブキャラ大集合だとは……キャラ弁じゃなかったんだね」


「ん。唐揚げや卵焼きは主役だから消えてもらった。私のお弁当に主人公は不要」


 モブキャラの王がとんでもないことを言い出した。


「かっ、唐揚げも卵焼きもいない……モブ弁当……」


「――というのは冗談で二段構成でしたー」


 小林はニヤリと笑ってもう一つの弁当箱を取り出して蓋を開ける。そこにはお弁当の主人公とも言うべき、ご飯や唐揚げ、卵焼き、ブロッコリーが――


「ちょっと待って、小林」


「ん? 何?」


「ブロッコリーは主人公枠なの?」


「や、タンパク質が豊富じゃん?」


「主人公かどうかはタンパク質で決まるの!?」


「主人公ってオスって感じじゃん? オスって感じにはタンパク質よ、やっぱ」


「とんでもない理論だ……」


 小林はドヤ顔でパーの手を見せてくる。


「ちなみにキャベツの5倍入ってるらしい」


「タンパク質?」


「ん」


 ニヤリと笑って小林はブロッコリーを俺に差し出してきた。受け取って口にいれると何の変哲もない塩茹でされたブロッコリーだ。とてもじゃないが主人公の味付けではない優しい味をしている。


「小林ってブロッコリーに何かつける人?」


「ん。マヨネーズ」


「主人公なのに味をアドするのってどう思う? ズルくない?」


 小林が目を見開く。


「……確かに。言えてる」


「じゃ、ブロッコリーはモブということで」


「つまり、モブロッコリー?」


 この人、思いついたことをそのまま口から出してるな。ジト目で小林を見ると「反省します」と言って可愛らしく舌を出した。


 そのまま唐揚げに手を出そうとすると、小林が「あっあっ!」と俺を止めてきた。


「こっ、今度は何?」


「かっ、唐揚げ! レモン! アドしてるじゃん。唐揚げもモブになっちゃう」


 唐揚げを主人公側の弁当箱からモブ側の弁当箱に移そうとする小林の手を掴んで止める。


「それは……例外で。レモンが味を決めてるわけじゃないからセーフ」


 唐揚げがモブはさすがに言いすぎだろう。


「ん。そうだよね」


 小林は手を引っ込めるとまた何かに気づいたらしく「あっあっ!」と慌てだした。


「どうしたの?」


「や、主人公にもいる。装備品を取り替えることでいろんな能力を使い分けるやつ」


「成長していくタイプだ……レモンの能力とマヨネーズの能力を使い分ける主人公の唐揚げ?」


「ん。最終的には全部の能力が同時に使えるようになる。よって味をアドしてるかどうかでずるいとか言うのは良くない」


「け、けど……ブロッコリーはどう考えてもモブポジジョンなのに……緑でもしゃもしゃしてるやつが主人公なんてさ」


「ん。確かに。緑髪って大体不人気だしね。しかもこの形で擬人化したら絶対にアフロだよ」


 そんな不人気の塊みたいなやつを主人公にする人はいないだろう。


「……あ、あれ? 小林ってどういう結論にしたいの? ブロッコリーは主人公側?」


「や、特に興味ない」


 小林が無表情で突き返してきた。


「ないんかい!」


「ん。ただ高橋とバカな内容でもいいから話をしてるのがいいんだよね」


 小林は微笑みながらモブ側の弁当箱から煮物を取って口にする。


「ん、おいし。胃もたれせず、凪で、何もない。それで十分じゃない?」


「ま……確かにね」


 2人でモブ側の弁当をつつく。


 だが、あまりの主役感のないおかず達にすぐに飽きてしまい、同時に主人公側の弁当箱に箸が伸びていった。


「ね、高橋」と卵焼きを食べながら小林が呼んできた。


「何?」と米を食べながら聞き返す。


「や。結局さ、モブも……主人公がいないと輝けないのかな」


「輝きたいって思ってる時点でモブじゃないのかもね」


「ん……そうだよね。そうだよなぁ……」


 小林は何やら奥歯にものが引っかかったような物言いで弁当を食べ続ける。


「あ、忘れてた。ねえねえ、高橋」


「ん?」


「お弁当、おいしい?」


 小林が笑顔で尋ねてくる。凪がいいと言いながら人の心を波打たせるような不意打ちをしてきた。


「うん。全部おいしい。なんか……すっごい落ち着く味」


 実家の母ちゃんの味、なんていうと怒られそうだけどそれくらい王道ど真ん中の味。メシマズ属性は一旦無し。


「や、よかった。まぁ……メシマズはメインヒロインの特権だからさ」


 小林は照れ隠しなのか、顔を赤くしながらはにかんでそう言ったのだった。


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