第26話
数学の授業の最中、黙々と演習問題を解く時間になりペンの走る音だけが教室に響いていた。
「ぶおっ……ぶえっくし!」
俺の前方で小林がとんでもないくしゃみをかました。
発生源は窓際ということは分かったものの、教室中が誰のくしゃみなのかを知りたがるようにヒソヒソと話し始めた。
小林は恥ずかしさのあまり突っ伏してしまっている。自分で蒔いた種とはいえ、注目を浴びるのが嫌いな小林からしたらこれほど嫌なイベントはないだろう。
隣の席の理栗を見ると、ほほ笑みながら周りにばれないように小林をこっそりと指さした。
まだ他の人にはバレてはいないみたいだがどうしたものか。
その時にふと、鼻がムズムズしてきた。
小林を助けるためだ。仕方ない……
「ぶっ……ぶっくし!」
普段の倍くらいの声量で小林のくしゃみに寄せた声を出す。
「高橋〜大丈夫か〜」
先生も俺が2連発でくしゃみをしたと思ったらしく、笑いながら尋ねてくる。
「大丈夫です!」
「そうか〜じゃ、前に出て解答を書いてもらおうかな〜」
「えっ……は、はい……」
しまった。どんな場面であれ目立たない方が良いに決まってる、とモブとしての立ち位置を思い出すも時既に遅し。
小林は突っ伏したまま俺にだけ見えるように小さく右腕を出してグーの状態から親指と小指を伸ばして俺に見せてきた。
「……アロハ?」
……なんでこのタイミングで?
◆
休み時間になると小林が俺の方を向いてきた。
「高橋、さっきはありがと」
小林は申し訳なさそうな顔をしながら親指と小指だけを伸ばした手を見せてくる。
「ハワイの挨拶?」
「や、ハンドサイン。『ありがとう』って意味だよ」
「へぇ……」
小林は俺がハンドサインに疎いと見るや、ニヤリと笑って今度は人差し指も追加で伸ばして自分の顔の横に当てた。
「それは何?」
「なんだろうねぇ」
両手で同じポーズをとると、小林は笑いながら腕を伸ばしてきて俺の手を下げさせた。
「や、高橋。それは誰にでもしないほうがいいよ」
「小林が相手なら?」
「その気があるなら」
小林はニヤリと笑ってそう言う。なんだかとんでもない意味が隠されていそうなので一旦取り下げておくことにした。
隣を見ると理栗がニコニコしながら俺達を見ていた。
「や、お二人さん。いつも仲良しだねぇ」
理栗は両手でハートを作ると、片目を瞑ってハートの中から俺達を覗き込んできた。
小林は注目を浴びたくないのか、すすっと俺から離れていく。
「や、普通だよ。なんなら犬猿の仲と言っても過言じゃない」
照れ隠しなのか、小林が大袈裟に否定した。
「過言すぎない!? 俺達ってそんなに仲悪かったの!?」
「や、なわけないじゃん。
小林はニヤリと笑い、両手をピースの形にして人差し指と中指をクイクイっと何度も曲げる。
「それはどういう意味なの?」
理栗が尋ねると小林は少し考え込み「(意味深)」と言った。
「仲良し(意味深)……?」
理栗が意図を噛み砕くように眉間にシワを寄せ、小林と同じポーズをとって両手の人差し指と中指をクイクイと何度も曲げながら聞き返す。
「意味深ってつけると変な意味に聞こえない!?」
「や、高橋は”思春期”だね」
小林は『思春期』の部分でクイクイっと指を曲げた。
「だからその動きは何なの……」
「なんかこう……チョンチョンってやつあるじゃん? 記号でさ」
記号の名前が出てこないのか、小林は少し目に力を入れて考えている。
「ダブルクォーテーション?」
小林が目を見開いて頷く。
「ん。それ。で、それで単語をくくって裏の意味を込むてますよ、ってしていると。要は『(意味深)』だよね」
「なるほどね」
小林は話しながら全部の単語で指をクイクイっと動かしているため、すべてが意味深になってしまっている。
「小林ちゃん(意味深)」
理栗は早速使いたくなったのか、ニヤニヤと笑いながら指をクイクイと動かして小林の名前を呼ぶ。
「ん。どうしたの、理栗(意味深)」
小林も負けじとクイクイと指を曲げながら返事をする。
「くしゃみ、可愛かったぞ〜」
「や、バレてたんだ……」
理栗にバレていたことが知られてしまう。小林は恥ずかしそうにしながら俯いた。
「小林ちゃん、色々と”バレバレ”だよ」
理栗は笑いながら両手の指をクイクイっと曲げた。
「や、何のことだかね」
小林も指をクイクイと曲げながら答える。もはや言葉に意味はなく、裏の意図の読み合いと化しているようだ。
「2人で何の話をしてるの……」
俺がそう言うと小林と理栗が同時に俺の方を見て笑いながら指をクイクイとしてきた。
言葉すら不要、ということらしい。
「ど、どういう意味なの……」
「や、(意味深)だね」
小林はそう言って理栗の方を見て少しだけ顔を赤くしていた。
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