第24話
数日に渡るテストが終了。最後のコマが終わった直後の教室は安堵の声に包まれていた。
「はぁ……終わった終わった」
小林が後ろで気持ち大きめの声でそう言った。独り言だろうから特に反応はしない。
「はぁ……終わった終わったかはし」
呼ばれた!?
さすがに無視するのは忍びないので振り返りながら「終わったねぇ」と声を掛ける。
「や、終わったね」
「もしかして1回目から俺に声をかけてた?」
「や、ひ、独り言……」
図星だったらしく小林が恥ずかしそうに俯いた。
「理栗ー! カラオケ行こうよー!」
「いいねー! 皆で行くー!?」
理栗の周囲には陽キャ友達が集まり、試験の打ち上げが企画されようとしていた。
「や、理解不能だ」
小林は頬杖をついてその様子を眺めながらポツリと毒を吐いた。
「打ち上げ?」
「打ち上げは一旦良いとしてさ、カラオケに行くのってなんでなんだろうね」
「大きい声を出してスカッとしたい?」
「洗面器に水を張ればほぼお金は掛からないじゃん」
「大声を出すことに特化しすぎてない!?」
「や、だからってカラオケはなぁ……」
小林は打ち上げのカラオケにやけに否定的だ。
「まぁ……気持ちは分かるけどね。どのみち俺達はモブみたいなもんだから呼ばれるわけが――」
「ねね、晃平と小林ちゃんも行かない?」
俺達のところに理栗がやってきて微笑みながらそう言った。
「打ち上げのカラオケ?」
「うん! そうそう! せっかくだしクラスの皆でどうかなって」
理栗の話を聞いた小林は目を見開き、汗をダラダラと流しながら固まった。
この様子、ただの斜に構えたいつもの小林とは違うぞ。
「りっ、理栗! 後で決めてもいいかな!?」
「うん! 行く人は後で校門に集合だからー!」
理栗はにこやかに手を振りながら去っていく。
小林は一安心したように「ふう」と息を吐いた。
「ねぇ……小林」
「ん。何?」
「小林ってさ……音痴?」
小林が眉間にシワを寄せる。
「や、別に音痴じゃないし。狙った音の周波数を喉から出せないだけ。ただでさえ人前に立って歌うなんて注目を浴びることは好きじゃないのに、尚更だよね」
「なるほど」
つまり、小林は音痴で、それを気にしているからカラオケに対して必要以上に噛みついていたということらしい。
「あ……そういえばテスト明けの音楽の授業って校歌のテストをやるって話だったね」
俺がそう言うと小林はぎょっとした顔をする。目の前の座学のテストに必死だったので忘れていたみたいだ。
「や……鬱だ……急に腹痛が来る気がする……」
「そうしたら次の週にスキップで一人だけやることになったり?」
「高橋は実に私の心のえぐり方を分かってるね。や、練習しよ。カラオケいこ。場所聞いてきてよ」
「行くの!?」
「ん。あ……クラスの打ち上げとは別で。場所は被らないようにするため」
「そういうことね……」
陰キャ仕草が際立っている気がするけど仕方ない。
「っていうか……そもそもカラオケに校歌なんか入ってるの?」
「校歌ってな、学校と同じ数だけあんねん」
小林は冗談っぽくそう言い、ニヤリと笑う。
「言われてみれば校歌って何万曲もあるのか……何曲かは配信されていても――って、うちの校歌じゃないと意味なくない!?」
「や、廃校と同時に失われている校歌もあると思うと感慨深いね」
小林は俺のツッコミを無視してしみじみと考え込む。
「じゃ、カラオケ行くの?」
「ん。行こう。校歌の練習のためにね」
◆
やってきたカラオケ店は、学校からも理栗に教えてもらったクラスの人達が行く予定の店からも離れたところにある店舗。ここはここで別の学校の生徒がテストの打ち上げに来ているのか、それなりに賑わっていた。
2人で入室し椅子に座って歌う曲を探す。小林は鼻歌を歌いながら曲を選んでいて、とてもじゃないが音痴で人前で歌うことが嫌いな人には見えない。
「小林……鼻歌が漏れてるよ」
小林はタブレットに向いていた目を俺の方に向けた。
「や、今は高橋しかいないし」
「俺はいいんだ……」
「モブだから実質いないのと同じだよ」
小林はにっと笑ってそう言う。
「モブだから気楽?」
「ん。気楽だ――おっ、校歌あるよ」
「うちの?」
「や、立命館大学」
「有名だけども!? それ歌えて何か意味ある!?」
「S高校もあるよ。わ、作曲ボカロPじゃ〜ん」
「だからそれ歌えるようになって意味ある!?」
「じゃ、仕方ないから岐阜県立岐阜商業高等学校の校歌の練習しよっか」
小林が入力したのはガチの高校の校歌。全く歌詞を知らないが校歌っぽい厳かなメロディのオケが流れ始める。
2人とも歌えるわけがなく、ただ流れる校歌のオケをぼーっと聞くだけの時間。小林はどこかで入ろうとしているのか、マイクを握りしめているけれど知らない校歌ほど初見で歌えないものもないだろう。
手持ち無沙汰になりぼーっと廊下の方を見ていると、透明なガラスドアの向こうに見覚えのある美少女が通りがかるのが見えた。
理栗を始めとする同じ高校の人達だ。というかクラスの人がゾロゾロと廊下を歩いている。
俺は慌てて小林の手を引き、扉から死角になっている部屋の隅に隠れる。
「わっ……た、高橋!? かっ……かか……カラオケってそういうことする場所……だったりする?」
死角に逃げ込むために密着しているからか、小林が顔を赤くしながら尋ねてくる。
「そ、そういう目的じゃないよ!? 廊下をクラスの人が歩いてたんだ」
俺の言葉を聞いた小林はニヤリと笑って俺の腹を突いた。
「や、高橋って策士だねぇ。こんなドキドキする状況のためにわざとこの店にしたんだ?」
「違うよ!? 向こうが店を変えてきたんだよ!?」
「ん。やっぱそうだよね」
「そもそもどこにドキドキする要素が……」
小林は少し考え込むと「校歌斉唱!」と脈絡もなく叫んで俺から離れて座った。
タブレットを手にすると、またゆっくりと座ったまま俺の方に近づいてきて、脚の間にすっぽりと収まるように背中を預けてきた。
「ちっ、近くない?」
「や、ここに隠れてないと見られちゃうし。クラスの打ち上げを断った挙げ句に2人でカラオケに行ってたなんてバレたら目立っちゃうからね。バレない方がいいでしょ?」
「まぁ……それはそうだね」
何もせずに隅っこでくっついて座っているだけの時間が流れる。画面に広告が流れ始めると、小林は歌えるわけもないのに岐阜県立岐阜商業高等学校の校歌を流し始める。
小林はそれを途中で止め、タブレットを持って振り向きながら上目遣いで俺を見てきた。
「高橋、何か一緒に歌お?」
「あ……う、うん……」
至近距離で上目遣いで見られたからって別に照れてなんていない。心の中で強がりながら曲を選ぶ。
ボケのつもりで岐阜県立岐阜商業高等学校の校歌を選んで流すと小林は「ふふっ」と笑った。
「高橋……そういうボケ、他の女の子にやったらダメだよ? 受け止めきれないから」
「そもそも他の女子とはカラオケに来ないからなぁ……」
「ふぅん……なるほどね」
画面を流れる校歌の歌詞を見ながら2人でボソボソと話す。
すると、急にガチャリと扉が開いた。驚いて扉の方を見ると理栗がドリンクバーのグラスを持ち、驚いた表情で俺達を見ていた。
いくら隅っこに隠れていても乱入されるパターンが確かにあったわ!
「……えっ……こ、小林ちゃん……晃平? ……えっ、校歌? カラオケで? 長良川って……愛知? 岐阜?」
情報量の多さに理栗が混乱している様子。そもそも部屋を間違えて入った時点でかなり戸惑うのに、そこにカラオケを断った同級生が同じ店にいて、部屋の隅っこでバカップルの距離感でくっついていて、知らない高校の校歌が流れている、なんて状況は理解し難いだろう。
「ぎっ……岐阜商業高校の校歌……です……」
苦し紛れに校歌の話をしてみる。理栗は「そうなんだ……」とピンときていない返事をした。
「と、とりあえず座って! ちゃんと話すから!」
「や、なんか二股がバレた人みたいだね」
小林は俺から離れないまま呑気にそう呟いた。
◆
わざわざ打ち上げの誘いを断ってカラオケに小林と二人できた理由を理栗に説明した。
小林は理栗の前でもくっつき続ける勇気はないらしく、一人で座り直している。
理栗は「なるほどぉ……」と言った後に何かを思い出したように「あれ?」と言った。
「そもそもだけど、校歌のテストってなくなったんじゃなかった?」
「あっ……あれ!? そうだった!?」
「うん。私覚えてるもん。テスト前の最後の授業で『歌のテストはやめます』って先生言ってたから」
それを聞いた小林がジト目で俺を見てくる。
「や、寝てて話を聞いてなかった私が一番悪いんだけどさ。2番目は誰?」
「お、俺です……」
「あはは! 2人とも真面目だなぁ。歌のテストのために練習だなんてさ。あ、私はそろそろ戻るね。それじゃ」
理栗は長居せずにさっさと部屋から出ていく。
「や、くっつき損……や、くっつき得だった」
「得なの!?」
「得だよ。あ、また人通るから隅に逃げなきゃ」
小林は嬉しそうにはにかむと、また俺を連れて部屋の隅に行って俺を背もたれ代わりにして座り「くっつき得〜」と言いながら歌いもせずにスマートフォンをいじり始めた。
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