第23話

 テスト当日、早めに登校してテスト直前の詰め込みを続けていると、小林が登校してきた。髪の毛は寝癖で横はねしたまま、走ってきたのか息切れしながら席に着いた。


「はぁ……はぁ……お、おはよ……」


「おはよ……寝坊したの?」


「ん。一夜漬け。1時間しか寝てない」


 小林はバキバキに血走った目を指で上下に思いっきり開いて見せて「くぱぁ」と言った。ダメだこの人、深夜テンションを引きずりすぎている。


「深刻な睡眠不足みたいだね」


「や、実際結構ヤバい……今日は2コマだから頑張るぞい……」


 小林は頑張ると言った手前から机に突っ伏した。


「頑張ろ!?」


「高橋に頭を撫でて欲しいでヤンス」


 小林が突伏したまま呟く。


「寝不足で語尾がおかしくなってるよ!?」


「や、頭を撫でるのには理由がある」


「理由?」


「高橋が頭を撫でると私の全身の血流が良くなり頭が冴え渡る」


「そんな効果あるの!?」


「ん。身体のポンプがやる気を出すから」


「何がなんやら……回りくどい言い方してさぁ……」


 後ろを向いて小林の頭を撫でる。高校レベルのテストは二周目なので、小林に付き合う余裕がある。


 頭皮を揉みほぐすように小林の頭を撫でると「うー……」と小林が喉を鳴らした。


「や、すごくいいじゃん。高橋って『頭撫で部』に入ってたりする?」


「変な部活……」


「や、県大会は余裕だね」


「全国レベルではないんだね!?」


「や、全国区は化け物揃いと思われる」


「存在しない部活の存在しない大会なんだから全国でいいじゃんか」


「や、県大会」


 別にムッとはしていないのだけど冗談で手を止めると小林は「や、本当は全国レベルです」と訂正し、俺の腕を掴んで無理やり撫でさせてきた。


「ね、高橋。今更だけどさ、私に構ってる暇があったら勉強したほうが良くない?」


「正論だね」


 また手を止めると小林が身体を起こした。顔は少し赤くなっていて、確かに血行が良くなっているみたいだ。


「どんな体質!?」


「や……べ、別に誰でもこうなるわけじゃないから……」


 小林は恥ずかしそうに俯いてペンケースから削られていない鉛筆を取り出した。


「……何それ?」


「高橋、何で鉛筆が六角形なのか知ってる?」


「製造上の都合とか?」


「転がしやすい上に六択まで対応できるからだよ」


「もしかして運に頼ろうとしてる!?」


「ビギナーズラックってあるじゃん?」


「確かにこの高校で受ける最初のテストではあるけども」


「ま、見せてあげるよ。私の運の良さを」


「運が良いと主人公みたいだよ」


「じゃ、平均くらいで」


 小林は恥ずかしそうにはにかむ。


 そこで先生がテスト用紙を持って教室に入ってきたので俺も前を向いた。


 ◆


 一コマ目の試験は世界史。暗記が重要な科目だが、先生の気遣いで用語が選択肢で用意されているパターンもよくある。


 だが、答案用紙を見て絶句する。問題が全て記述式だ。


 鉛筆を転がす意味が全くないテストの作りに、小林は俺の背後で真っ青になっているのかも知れない。


 テスト開始から数十分が経過すると、背後からカラカラと鉛筆を転がす音が聞こえた。紙の上でやっているらしく、音はほとんど聞こえない。


 それにしても、記述式のテストでどこに鉛筆を転がす要素があるんだろうかと不思議に思いながら見直しを続ける。


 その時にふと気づく。小林はほとんど寝ていないと言っていたのに寝癖がついていた。あれはどういう仕組みなんだろうか、と気になり始める。


 テストが終わったら聞けばいいか。


 ◆


 試験が終わり、次の現代文の試験までの空き時間に小林の方を振り向く。小林はノートを閉じて俺の方を見てきた。


「あ……勉強してるなら大丈夫。大した話じゃないよ」


「や、高橋との雑談よりプライオリティの高い試験はないから」


「あるよ!?」


「ふふっ……価値観次第だね。で、何?」


「あー……質問が2つ」


「なら、一つだけ答えてあげる」


「プライオリティ高いんじゃないの!?」


「ふふっ……高い高いだねぇ」


 小林に翻弄されながら質問を考える。聞きたいことは2つ。寝癖の件と世界史のテスト中に鉛筆を転がしていた件だ。どっちも気になる。


「じゃあ……寝癖さ、なんでついてるんだろうって。寝てないって言ってたのに」


 小林は一瞬だけ真顔になり、すぐに笑い出した。


「テスト中に私のこと考えてたの? ダメだよ。集中しなきゃ」


 小林は微笑みながら指摘してくる。とはいえかなり恥ずかしい話で赤面する。『テスト中も頭から離れませんでした』と宣言しているに等しいのだから。


「目の前……っていうか目の後ろだけど……後ろに突っ込みどころの塊がいるからさ」


 俺が強がるためにそう言うと小林は首を傾げながら後ろを向いた。


「小林だよ!?」


「や、突っ込める穴は頑張って2つかな。たくさんあるわけじゃないよ」


 小林が俺の方を向きながらそう言う。こんな流れになるなら照れ損だった。


「小林、寝てくれる?」


「や、平常運転だから。それで、質問に答えると、勉強しながら指に髪の毛を巻きつけてたんだよね。で、クセがついちゃったと」


 理由がしょうもなさすぎて鉛筆を転がしていた件を聞けばよかったと後悔する。


「小林……今のって回答にカウントされる?」


「ま……いいでしょう。しょうもないからノーカウントね。もう一つは何?」


「記述式ばかりなのに鉛筆転がしてなかった?」


 俺が尋ねると小林は顔を真っ赤にして「あはは……」と誤魔化した。こっちは掘る意味がありそうな反応だ。


「まっ……まぁ……運試しというか……」


 小林が試験の問題用紙をさり気なく片付けようとしたので、バン! と机に手を置いて紙を固定する。


「世界史の問題用紙に何か――ん? 何これ?」


 問題用紙の隅の余白部分に正の字が3つ書かれていた。その上には『好』と『普通』と書かれていて、正の字は『好』の下に書かれていた。


「……ハオ?」


「ふふっ……そっ、そうだよ! ハオだよ、ハオ」


「ハオが15なの?」


「や、これ2択で運試ししてたんだ。ハオと普通の2択で、15連続でハオが出たんだよね」


「それすごくない!?」


「うん。すごかった」


「で、ハオの意味は? ……ん? TとK……」


『好』の近くにはTとKの文字も小さく書かれていた。


 小林は「うぐぐ」と言い問題用紙を無理やり回収して机の中に突っ込んだ。


 身の回りでTとKに相当する言葉は……


「……高橋と小林?」


「こっ……これは特定の個人を指しているわけではなく……ただ単に概念として誰かが誰かを好いていると仮定して鉛筆を転がしてみたら連続で好きが出たから何か意味があるのかなって思ったり思わなかったり……」


 小林が早口でそう言う。なんだ、ただ花占いみたいなことをしてただけか。


「ハオじゃなかったんだ」


「やっ、そこ!?」


 中身は誰でも良いのだけど、それよりも15回連続でコインの表を引いたようなもので、その確率の低さに興味が向いた。


「確率もすごいよね。2の10乗分の1って何%なんだろ。計算してみようよ」


 次のコマも余裕なので小林の問題用紙で計算を始める。


 小林は頬杖をつき、そんな俺を見ながら「その鈍さ、主人公っぽいじゃん」と言った。


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