第22話

 連休が終わると、学校中の雰囲気が一気に中間テストの様相を呈してきた。


 午後最初の授業が終わったタイミングで後ろを向くと小林がウトウトしていた。


「……はっ」


 小林は寝落ちしかけていたが意識を取り戻し、俺と目が合う。ウトウトしていたのを見られたのが恥ずかしかったのか、小林が眠そうな目に一生懸命に力を込める。


「高橋……見た?」


「うん。ガッツリ見た」


「や、もうお嫁に行けないね」


「寝顔だけで!? 寝室は別にするタイプ!?」


「や、それは相手次第かなぁ」


 目の開いてきた小林は机に頬杖をついてニヤリと笑い俺を見てくる。


「なるほどねぇ……」


「ん。相手次第」


「そうなんだ」


「ん。相手次第」


「無限ループ入ってる?」


「ん。相手次第」


「相手って誰かなぁ……あはは……」


「ん。相手次第」


 ダメだこれ、終わらないやつだ。『相手』が誰なのかは知らないけど俺の話をしないと抜けられない。


「おっ、俺は……まぁ……どっちでも……」


「じゃ、仮に、万が一、一旦、取り急ぎ、この場限り、ひとまず、一応、私と高橋で仮置きするなら寝室は一緒だ」


「すごいヘッジしたね!? 1個つけてくれたら勘違いはしないよ!?」


「1個もつけなかったら勘違いするんだ?」


 小林が俺の揚げ足を取ってニヤニヤしてくる。


「言ってみれば?」


「高橋と結婚したら寝室は一緒だね」


 小林はふふっと笑ってダイレクトに言ってきた。


「う……ちゃんと仮置きしてくれる!?」


「だからヘッジしたのにぃ――ふわぁ……眠い」


「まだ今日時点では寝室は別だからね」


「……まだ、ね」


「またそうやって揚げ足を取る……」


 よく見ると小林の目の下には結構なクマができていた。


「昨日、遅くまで勉強してたの?」


「や、配信されてるバラエティを見始めたら止まらなくて。テストに役立ちそうだし勉強も兼ねてるよ」


「何の番組?」


「移動手段が路線バスの旅番組」


「絶対に役立たないよね!?」


「や、まぁそれはテストを受けてみないと分からないよね」


「どうだか……」


「ふあぁ……ねむ。おやすみ、高橋」


 小林は眠気がピークに来たらしく、そこで会話を打ち切って机に突っ伏する。小林のつむじをじっと見るも、一分もせずに飽きてしまい前を向いて次の授業の準備を始めた。


 ◆


 放課後、一人で帰ろうと荷物をまとめていると後ろからツンツンと背中を突かれた。振り向くと小林が血走った目で俺を見ていた。


「ひっ……」


「ね、寝られなかった……」


「先生に集中砲火されてたもんね……」


 最後のコマで小林は最初の挨拶の直後から睡眠という不良ムーブをかました。結果、先生に目をつけられてしまい、事あるごとに小林に話を振るという、目立ちたくない本人としても不本意な時間を過ごすことになっていた。


「や、本当に」


「あ……で、何?」


 まさか勉強会のお誘いか? と少し期待してしまう。


「一緒に帰ろうよ」


「いいけど……駅まで? 電車の方向違うよね」


「や、バス旅を見てたらバスに乗りたくなっちゃって」


「まぁ……いいよ。バスでも乗り換えすれば帰れるし」


「ん。じゃ、バスで」


 小林は眠そうな半開きの目で笑い、ふらふらしている小林と2人で教室を出た。


 ◆


 小林と2人でバスに乗り込む。丁度最後列が空いていたので、窓際に小林が座り、その隣に座る。


「ん……私、バス停20個くらい先だ。高橋は……7個先だね」


 小林がアプリで降りるバス停を調べて教えてくれる。


「了解」


「ま、すぐだね、すぐ。旅なんて言えるような代物じゃ……ふあぁ……眠い」


 小林が目をこすりながら窓ガラスにもたれかかる。


 小林が窓ガラスから前方を見て「渋滞してるね」と言った。


「結構混んでそう?」


「ん。良い渋滞もあるんだね」


「そんなのある!?」


「ふふっ……あるんだよね、それが」


 小林はフニャッとした顔で笑う。


「や……けどずっとこれは眠くなっちゃうな……」


「寝てればいいじゃん。起こしてあげるよ」


「やー……高橋が先に降りるじゃーん……」


 バスの揺れも相まって小林は眠気の限界を迎えたらしく、喉を絞った声でそう言う。


「俺が降りる時に起こすよ」


「なら……ありがたく……」


 許可をもらうまでの僅かな理性で起きていたらしく、小林はそのまま眠りについた。


 規則的に小林の身体が小さく動いる様子はループ再生の動画を見ているようだ。髪の毛のかかった無防備な寝顔はずっと見ていられる。


 完全に寝入った小林が今度は俺にもたれかかってきた。


「んん……降りちゃやだぁ……」


 小林がかわいらしい声で寝言を呟いた。


 これは降りるに降りられないな!?


 少しだけ身体を小林の方に傾けて『人』の形で支え合う。こんなの、小林にバレたらまたけちょんけちょんにイジられるんだろう。


 念の為に起きていないかチェックをする。


「メインヒロインの小林さん、起きてますかー?」


 俺が小さい声で囁くも小林は寝息を立てている。貴重な時間は長い方が良い。だから、渋滞も案外悪くないのかもしれない。


 暇つぶしにポン、と軽く小林の頭を軽く叩いてみるも反応はない。


 暇だ。


 俺もぼーっとしているとさすがに眠くなってきた。


 小林に少しだけ頭を傾けて目を瞑る。五感が一つ閉じられるだけで、触覚や嗅覚なんかが鋭くなったように思えた。


 小林に触れているところは妙に敏感になっているし、特に香水はつけていないだろうけど石鹸のようないい匂いがする。


 こんな考えも読まれていたら大変だ。努めて平常心を保ちながら眠りについた。


 ◆


「や……どこ? ここ」


 小林と2人、夕日が眩しい駐車場に降り立った。2人して寝てしまった結果バス停を乗り過ごし、終点の車庫まで来てしまったらしい。


 駐車場には何台も同じラッピングのバスが止まっていて、日頃の疲れを癒しているようだ。


「どこだろうねぇ……」


 スマートフォンで地図を確認すると歩いて少し行ったところに電車の駅もあるようだ。


「駅まで歩いて電車で帰った方が早いかも」


「そうしよっか」


 小林は駅のある方向を向いてぐーっと背伸びをした。


「んー……よく寝たよく寝た。普段より快眠できたかも。ね、高橋。私、変なこと言ってなかった?」


「何も言ってなかったよ」


 寝言の「降りちゃやだぁ」は脳内のレコーダーに録音済み。だがそれは言わないでおくことにした。


 2人で駅に向かい始める。


「ね、高橋」


「何?」


「私、高橋が隣にいても快眠できるらしい」


「そ、そうなんだ……」


「寝室、一緒にしても大丈夫そうだね」


 小林がニッと笑ってそう言う。


「ま……老人ホームは相部屋かもね」


「や、大分先ですなぁ」


「というか、ネズミーランドで一緒に寝てたし……」


「や、それは一応公式な記録にはしていない。部屋には行かないって約束だったからね」


「変なところで真面目だね……」


「や、いい旅でした。あの時も、今日もね」


 小林はニッと笑うと俺の頭をポン、と軽く叩いて先に向かった。


 ──────────────


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