第21話
「うぅ……ケツが……」
トイレから出てお尻の穴をきゅっと締める。燃えるような熱さに襲われているのは昨日の激辛麻婆豆腐のせいだろう。
両親は2人で出かけていて1人で留守番。部屋に戻りベッドで寝転んでいると小林から通話がかかってきた。
「や、高橋。お腹大丈夫?」
小林がいつもと同じ淡々としたトーンで尋ねてくる。
「お腹
「や、けつあな確定しちゃったか」
小林が俺の意図を読み取って打ち返して更に続ける。
「ね、高橋。私のせいだよね。さすがに申し訳ないし看病しにいくよ」
「何の看病!?」
「お尻の調子が悪いなら……ゴム手袋とローションがあればいいかな?」
「傷に塩を塗る真似はやめてくれる!?」
「ふふっ……なんてね。けど実際、罪悪感で胸がぺしゃんこになりそうなんだよね」
「特定の部位だけに罪悪感が集中してるの!?」
「や、そこは『ぺしゃんこになるほど胸ないやろー』と言っていただきたかった」
「そんなの気にしたことないから……」
「ふぅん……今度気にして見てみてよ。罪悪感がのしかかってるから」
「う、うん……」
「で、高橋の家ってどこ?」
「この流れで!? 教えないよ!?」
その時、自宅の近くで消防車の音が聞こえてきた。
「や、なるほど。SNSで火事が起こってそうなところを探してみるね」
「怖いんだけど……」
「位置情報を送ってくれるのが手っ取り早い。お腹に優しい私が行って高橋に優しくするから」
「そこはお腹に優しい食べ物じゃないの!?」
「や、キッチンを勝手に使うのはさ。ご両親の目もあるし」
「あー……今、ちょうど出かけてるんだよね。両親」
「……え?」
しばらく黙り込んだ後、小林は電話を切り『住所はよ』とメッセージで急かしてきたのだった。
◆
1時間後、位置情報を頼りに小林がうちにやってきた。
部屋に入ると、勉強机の椅子にちょこんと座った。
「や……来ちゃったねぇ……」
小林が緊張した面持ちで部屋をきょろきょろと見ている。
「ま……まぁ……来てくれたのはありがたいけど……」
「あ、これ。手土産」
小林がビニール袋を渡してくる。「ありがと」と言って受け取り、中に入っていたのは胃腸薬と乳酸菌タブレットと飲むヨーグルト。
「お腹に優しい……」
それ以上でもそれ以下でもない感想を述べると小林がニッと微笑む。
「せめてもの償い。痛いところ、撫でてあげようか?」
小林は撫でるべき場所がお尻の穴と分かったうえでニヤリと笑いながら提案をしてきた。
「頭や腕が痛い時なら嬉しいんだけどね!? 場所が場所だからね!?」
「や、撫でる撫でる」
何を言っているんだという意味を込めて俺は小林をジト目で見る。
本当にやることにはならないと信頼されているが故の会話なんだろうけど、これで本当に小林に背中を向けてお尻を出したらどうなるんだろうか、なんてことを考えてしまう。何にしても双方の信頼で成り立つジョークなんだろう。
「ね、高橋。他に何かある? してほしいこと」
「うーん……」
別に寝込むほど体調が悪いわけではないので、話し相手になってくれるだけでもありがたいのだが。
手持ち無沙汰になってモジモジしている小林をじっと見る。言われてみれば罪悪感がのしかかっていて胸は控えめ。ゆったり目のトレーナーを着ているため分かりづらくはある。これまで気にしたことはなかったけど、言われてみると気になってしまう。
「じゃあ勝手に看病しちゃおっかなぁ。ね、横になってよ」
小林がニヤリと笑ってベッドを指さし、寝転ぶように指示をしてくる。
渋々寝転ぶと、小林が枕元に寄ってきて俺の頭を優しく撫でた。
「ケーツアナよくなれ……ケーツアナよくなれ……」
「そのおまじないやめてくれる!?」
「や、まぁ私の蒔いた種だし」
「ま……そういう見方もあるよね」
「分かんないんだよねぇ……高橋が一ノ瀬さんに食べさせてもらってるのを見たら妙に対抗心が出てきちゃって。理由は不明」
……それは嫉妬なのでは!?
「こ、小林……」
「ん? 何?」
「それってさ……嫉妬?」
「や、確かに座ってるよ」
小林は真顔ですっとぼける。
「それはsit」
「別にお尻からは何も生えてないしなぁ」
「それは尻尾」
「そんなに贅沢もしてないし」
「それは質素」
「ネズミ殺し?」
「殺鼠……って分かって言ってるよね!?」
「や、分かんない分かんない」
小林は笑いながらそう言う。
「主人公っぽいよ、そういう鈍感なとこ」
俺が指摘すると小林はムッとした顔をする。
「じゃ、嫉妬してたよ、してたしてた。スッゴイしてた」
小林が早口でそう言う。よっぽど主人公扱いされるのがいやらしい。
「私はモブだから敏感なんだ。鈍感の反対。高橋も敏感でしょ?」
微笑みながら小林が俺の頭を撫でて尋ねる。
「ケツアナ限定だけどね」
「わ、特殊な免許」
「AT限定とかの話じゃないよ!?」
「ふふっ……そうだよね」
その時、玄関のドアが開く音がした。
「あ……親が帰ってきたかも」
「……え!?」
小林は部屋の入り口を見てアワアワし始める。慌てて布団に潜り込んできて俺の上にうつ伏せに覆いかぶさってきた。急に小林と密着してしまい、緊張から身体が強張る。
「か、隠れるの?」
「や、いきなりご両親に挨拶はハードルが高い……」
布団の中からモゴモゴとした声が聞こえる。
「けど……隠れたところで玄関の靴で誰かがいることはバレてるし、一緒にベッドにいるほうがよっぽど勘違いされそうな……」
「……高橋、冴えてるじゃん」
「小林が冷静じゃないだけだよ!?」
俺がそう言うと小林はベッドの上で頭から布団をかぶったまま起き上がり、俺を見下ろす。少し潤んだ目が妙に艶めかしさを醸し出していた。
「や、男子の部屋に来てるわけで。緊張もするよね」
布団の中に入って暑くなっただけ、と聞いたら答えるんだろうけど、小林の顔は真っ赤になっていた。
そのままはにかんでベッドから降り、椅子にちょこんと座った。
少しして部屋の扉がノックされる。
「晃平ー? 帰ったけどまたすぐにお出かけするからー! 少し遠出するから遅くなるかもー! 夕方には帰ってくるからー!」
母さんが扉越しにそんなことを言ってきて「了解」と返事をする。明らかに彼女を連れ込んでいると勘違いされて気を使われている様子だ。
小林はその言葉を聞いてニッと笑い、自分を指差した。
「高橋、心配しなくても靴はちゃんと揃えてたから大丈夫。地味めな色のスニーカーだし、ご両親も安心してるはず」
「別に靴で偏見を持たれるかどうかの心配はしてないけど……地雷系っぽいピンクのローファーを乱雑に脱ぎ捨てるような人じゃなくて良かったよ」
「や、そういうのがいいならそうするよ」
小林が目を輝かせて前のめりになる。
「だ……大丈夫です……」
「好みの系統があったら教えてよ。参考に――何でもない!」
小林は何かを言いかけてとどまる。
「な……何?」
小林はホッとした様子で笑いながら「主人公〜」と俺をいじってきた。
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