第20話

 出店では欧風カレーをチョイス。2人してカレーの皿を持ってテーブルに戻っていたところでふと思い出す。


 このイベントでは、ヒロインの一人である一ノ瀬の趣味で主人公が激辛料理を食べさせられるハメになる。辛さの具合的には、数日は寝込むレベルだったはず。


 本来の主人公の十文字がいない以上、俺が巻き込まれる事はほぼ確実だろう。ここは逃げるしかない。


「こっ、小林ぃ……」


「ん。どした?」


 小林が足を止めて振り向く。


「その……ふ、二人で移動しない? 別のテーブルにさ」


 小林は少し考えてから首を横に振った。


「や、さすがに皆に悪くない?」


 なんだかんだで小林は真人間らしい。これから起こることを知らないからなんだろうけど。


「わ、悪いかなぁ……あは……あはは……」


「ん。クラスメイトだし……というかこれで二人で何処かに行ったらそれこそ付き合ってるって噂になっちゃうよ」


「おっ、俺は構わないよ!? 小林と2人になれるならね!?」


「ふぇぇ!?」


 小林が変な声を出し、顔を赤くする。


「や……まっ、まぁ……やぶさかでもないけど……別に連休は始まったばかりだし……どうせ私は暇だから他の日も会えるし……」


 信じてもらえないだろうから言わないけど、ここで逃げないと俺の連休は終わっちゃうんだよ!?


「せ、せっかくだからね!?」


 小林は「ふぅん……」と言いジト目で俺との距離を詰めてきた。すぐ近くでパチパチと瞬きをしながら、俺のことをじっと見てくる。


「や、高橋。何か変だ」


「へ、変?」


「ん。恋は焦らず、だよ」


 小林は優しく微笑みながら俺の手を取ってテーブルに戻ろうとする。


 違う、そうじゃない。いやそうでもあるんだけどそうじゃなくて!


 激辛対策に何か……ふと横を見るとスパイスのいい香りが漂っていた。インド料理の店が出店しているらしい。インド料理ならラッシーもあるだろう。これだ!


 足を止め、メニュー表をじっと眺めてラッシーを探す。


「え……高橋、カレーにカレーいけちゃうタイプ?」


 小林が振り向き、ドン引きした顔で俺を見てくる。


「ち、違うよ!? ラッシーが飲みたいなってだけだからね!?」


「あんな白くてドロドロした液体を……」


 小林がニヤけながらジト目で俺を見てそう言う。


「小林、これまでに飲むヨーグルトを飲んだことないならそれを言ってもいいよ」


 小林は可愛らしく微笑み、口の前で人差し指を交差させて×を作り、俺より先にレジの方へ向かった。


 ◆


 テーブルに戻ると案の定と言うべきか、真っ赤な麻婆豆腐が置いてあった。


「おかえりなさい! これ、美味しいですよぉ!」


 一ノいちのせ柚子ゆず。ふわっとしたロングヘアにおっとり天然巨乳キャラのサブヒロイン。だが、趣味はかなり激しめで音楽ならメタル、食べ物なら激辛と口調とは裏腹に激情家な一面もある人物。


 そして、その激辛好きの本領を発揮するのが今日。


 他の三人はドン引きした顔で一ノ瀬の方を見る。


「こ……これ……麻婆豆腐……だよね?」


 よく見ると、唐辛子が丸々一本入っていたり、見覚えのない形の赤いスパイスも丸々刺さっている。


「はい! キャロライナリーパー入りの麻婆豆腐です!」


「きゃ……キャロ? リーパー?」


「や、死神じゃん」


 小林がこの後の展開を悟ったのか、ニヤニヤしながら自分のラッシーを俺に渡してくる。


「じゃあ死ぬよね!?」


「そんなことないですよぉ。美味しいですよぉ?」


 一ノ瀬はまったく気にしていない様子でぱくりと激辛麻婆豆腐を口に運び、嬉しそうに頬に手を添える。


「うーん……カプサイシンですぅ……」


 心底、理栗ルートに入って良かったと思う。いや、それも別によくはないが。一ノ瀬ルートだったら見えないところで激辛を食べ続ける日々になっているんだろうか。


「あらぁ……お二人はカレーですか? 辛いもの、お好きなんですかぁ?」


 死神一ノ瀬が俺達をロックインする。よく見ると理栗をはじめとする三人は若干顔を青くして口元を押さえているため全員が死神にやられてしまった後らしい。


「や、案外いけるかも?」


 小林は無表情なままそんなことを言い、口を開けて一ノ瀬の方を向く。


「小林!? やめときなよ!?」


 知らないと思うけどそれは数日寝込むレベルの辛さだよ!?


「や、いけるいける。現に理栗達だって生きてるんだし」


「な、なら俺から食べるよ! 一ノ瀬さん! ちょうだい!」


「あらあらぁ……お好きなんですねぇ」


「別に辛いものは好きじゃないけど……」


「辛いものじゃなくて、ですよ」


 一ノ瀬がフフッと微笑む。じゃあなんだ? と考え始めたところで、一ノ瀬が容赦なく死神のスプーンを口に突っ込んできた。


 味を感じられたのは一瞬だけ。すぐに口の中がヒリヒリと痛みだし、鼻の粘膜が反応して鼻水を出し始める。


「うぉっ……おお……」


 ラッシーを口に含みうがいをすると一瞬だけマシになるが、すぐにまた痛みが襲ってくる。


「や……だ、大丈夫?」


 小林が心配そうに俺の顔に手を添えてくれる。


「ご、ゴバヤジィ……こうなるから……食べちゃダメだよ……」


「ん。分かった」


 小林はそう言って一ノ瀬からスプーンを受け取り、山盛りにした麻婆豆腐を口に運んだ。


「ん。おいひ。あー、辛い辛い。水水〜」


 小林は普段と変わらない澄まし顔でそう言い、水を飲んで口元を拭う。


「え……そ、それだけ?」


 理栗がドン引きした顔で小林に尋ねる。


「や、辛いね」


「もっとこう……『うわぁぁぁ』みたいな」


「や、リアクション芸ができなくて申し訳ない」


 小林は照れくさそうに頭を掻いてそう言った。このモブキャラ、最強すぎるな!?


 尊敬の目で小林をみていると、小林は俺の方を見てニヤリと笑った。そして、何か悪いことを思いついたように楽しそうに鼻歌を歌いながら、スプーンの先に少しだけ麻婆豆腐を乗せる。


「高橋、あーん」


 死神は伝染する。小林も死神と化して俺にキャロライナ・リーパーを振るおうとしてくる。


「だ、大丈夫……」


「ふぅん……一ノ瀬さんのは食べられたのに私からのは嫌がるんだぁ?」


 小林がわざとらしく面倒な女子ムーブをかましてくる。


 だが、推しの小林に食べさせてもらえるチャンスなんて次にいつあるかもわからない。


 少しだけ悩み、ラッシーの残量を確認してからスプーンをぱくりと咥える。


「うおっ……うおお……」


 辛さにのたうち回りながらラッシーを飲み干す。


「や、頑張った頑張った」


 小林は微笑みながら俺の頭をぽんぽんと叩いてくれる。


「辛いのがお好きなんですねぇ」


 一ノ瀬がにこやかに言う。


「だから辛いものは苦手なんだって……」


「や、食べ物の話じゃないよ」


 小林と一ノ瀬は何故か意気投合。「ねー」と二人で言い、パクパクと激辛麻婆豆腐を消費していったのだった。

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