第18話
連休前に開催された2回目の校則見直し委員会の会議は担当の先生の一言で紛糾していた。
「こ、この委員会の趣旨って前時代的な校則を見直すためのものですよね……? それなのに恋愛禁止の是非を議論しろってどういうことですか……?」
委員長が眉間にしわを寄せて担当の女性の先生に尋ねる。
「いやぁ……校長が言ってたのを教頭から教えられて、私に落ちてきてるからさぁ……意図はさっきも言った通りで学生の本分は学業だから男女の――じゃなくて性別を問わず恋愛を学校に持ち込むのはいかがなものか、って話らしい……」
委員会を担当している先生は年齢的にはまだ20代後半か30歳そこらに見える。だから生徒から賛成されないのは分かっていて、上からの命令に従っているんだろう。
同性同士の恋愛にも配慮をする現代感と、恋愛を禁止しようという前時代感が混ざり合うカオスな議題だ。小林なら何て感想をいうんだろう、なんて事を考えてしまう。
「晃平、反対だよね?」
教室がわーわーと騒がしくなってきたところで、隣から理栗が俺と二人で話す声量で尋ねてきた。
「うーん……まぁ……時代錯誤だよね」
「理由はそれだけ?」
理栗が微笑みながら尋ねてくる。
「それだけって……他に何かある?」
「好きな人がいる……とか?」
「まっ……そ、それはそれとして……」
理栗が笑いながら俺の顔を指さす。
「あー、顔が赤いー」
この話題になると顔も赤くなる。
何故なら、原作ではここから理栗ルートに突入するから。十文字と理栗は敢えて付き合うことで抵抗し、恋愛禁止の意味のなさを校内に知らしめる。
つまり、このままいくと理栗ルートに突入することは間違いない。
「ま……まぁ……流石にこんな意味不明な話は通らないよ」
「だよねぇ……けど、仮にそうなっちゃったとしても私は口が固いタイプだよ? 友達のフリの演技もそこそこできる気がする」
「な……何の話?」
理栗は俺の方を見てニッと笑い「何の話かな?」ととぼけて言った。
◆
会議が終わり、放課後の教室に戻ると小林が一人で読書をしていた。
俺と理栗が戻って来るとすぐに本を閉じる。
「ん。おかえり」
「ただいまー。小林ちゃ〜ん、今日も疲れたよぉ……癒やして癒やしてぇ……」
理栗が小林を背後から抱きしめて頬ずりをする。
「やっ……ど、どうしたの?」
「古めかしい校則を緩くする委員会のはずなのに、恋愛禁止の校則を校長が作ろうとしてて、今日はその話をずーっとしてたの」
「ふぅん……恋愛禁止ねぇ……私たちって握手券で稼ぐタイプのアイドルグループだったっけ」
小林が首を傾げながら皮肉たっぷりにそう言う。
「私達、アイドルなの!?」
「じゃ、俺もアイドルだね」
俺がそう言うと小林と理栗が同時に「推す!」と言って前のめりになったので、苦笑いをしながら後ずさる。
「ま、けど何をもって恋愛禁止をするかだよね。普通に考えて難しすぎない? 好きになったらダメなのか、一緒にいるだけでダメなのか。付き合ってても友達だって言い張ればいいわけで誰がそれを判断するんだろうね」
俺がそう言うと二人が頷く。
「ん。だよね。線引きが難しい」
「ちなみにぃ……晃平と小林ちゃんは?」
理栗がぶっこんできた。
「「……え?」」
小林と同時に声を出してそのまま見つめ合いながら固まる。
「やっ……ゆっ……友人……じゃないかな?」
小林が顔を真っ赤にしながら俺に同意を求めるように尋ねてきた。
「そっ、そうだね!?」
「けど、一緒にお泊りしたよね?」
理栗が何故か俺達を問い詰めてくる。
「それは理栗もだよ!?」
「そうそう! だから、それってセーフなの? アウトなの? って気になっちゃって」
「や、私と高橋は良い友人だよ。仲の良い友人の一人」
小林はニヤリと笑って答える。
「いやそれ、芸能人の交際について取材を受けた事務所が言うやつ」
「プライベートの事は本人に任せてる」
「それも事務所がいうやつ」
俺がツッコむと小林は嬉しそうにはにかんだ。
「ふふっ……私達、アイドルだからね」
小林がいつものように楽しそうに一人でボケて回る。
「ふぅん……息はピッタリだ。それに、いつも一緒にいるけど?」
理栗がジト目で尋ねる。
「や、単に私に友達が少ないだけ」
小林もジト目で応戦する。
「そんなぁ! 私もいるよぉ!」
理栗は笑顔でまた小林に抱きついて頬ずりをする。
理栗の意図が分からない。ただ小林とのことをアシストしようとしてくれているのか、それとも別の何か考えがあるのか。
「ま、何にしたって、どうせ皆反対するからそんなの実現しないよね」
小林が理栗を押し返しながらそう言うと、理栗が小林の肩に顔を載せて「私は賛成」と言った。
「……え? そうなの?」
理栗は穏やかな笑顔で頷く。
「うん。だって興味のない人に連絡先を聞かれたり、いきなり告白されたり。そういうのがなくなるなら割とハッピーだったりもする。告白は校則違反です! ってなるわけだし」
清楚系美少女のメインヒロイン故の悩みもあるんだろう。理栗は俺の方をじっと見ながら「それにね」と言う。
「私の好きな人が別の人を好きでも、そのままで止まってくれる。それ以上進まずに、ね」
理栗は自分の考えを吐露しながらも一瞬たりとも俺から目を離さない。これはひょっとして本当に理栗ルートに入ってしまったんじゃないか、なんて考えが頭をよぎる。
「それ、理栗は恋愛してるじゃん」
小林はもっともな指摘をした。
「確かに! ま……勝手に想うだけならセーフじゃないかな?」
「や、校長がエスパーかもしれない」
「むぅ……」
理栗はこめかみに指を当てて何かを念じ始めた。
「な……何してるの?」
俺が恐る恐る尋ねると理栗はパッと晴れやかに笑った。
「テレパシーを送ってみた。届いてるかな?」
「だ……誰に?」
「さてさて。誰でしょうか? 私はもう帰るね。ばいばーい!」
理栗は場を荒らすだけ荒らし、カバンを持って一人で教室を後にした。
残されたのは俺と小林の二人。小林は理栗の去った教室後方のドアをしばらく見つめ、やがて真顔で俺の方を向いた。
「ね、高橋」
「何?」
「理栗がテレパシーを送った相手って誰なんだろうね」
多分、俺。
とはいえ、俺は可能な限りモブとして生き続けたい。このまま理栗ルートに入ってしまったら主人公化するのと何ら変わりないことになってしまう。
まだ抗うことはできるはず……できるよね? できないかな? 不安だな? モブ男子とメインヒロインならメインヒロインの方が強そうだな?
「だっ……誰かなぁ……あは……あはは……」
「お、これは受信してそうだね」
小林はニヤリと笑って肩を竦める。
「ど、どうかな……」
「高橋、頭にアルミホイルでも巻いてるの?」
「巻いてないよ!?」
「じゃ、受信できるはず」
小林はジト目でニヤけ、怪しく指を動かしながら「電波送信中」と連呼する。
「何してるの……」
「私も送ってみた。届いたかな?」
「読まずに食べちゃった」
「じゃ、今度は本当にお手紙でもしたためてみようかな。次は食べちゃダメだからね」
小林は微笑みながらそう言う。小林のテレパシーの送信相手、手紙の送り先は誰なんだろう。俺だと良いのだけど。
ちょっとした期待を込めて「シロヤギさん?」と小林を指さして尋ねてみる。
小林は「もー」と言って顔を赤くし「クロヤギさん」と俺を指さして答えた。
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