第17話
ストレッチを終えた後、体力テストが始まった。二人一組で計測するため、ストレッチの流れで小林とペアになった。
外で実施した立ち幅跳びとハンドボール投げはお互いに平均値くらい。どちらも運動能力に秀でているなんて設定はないので、モブらしく標準程度の性能らしい。
体育館に移動して残りの握力や反復横跳び、長座体前屈なんかの測定が始まるようだ。
「や、恐ろしいくらいに平均値だね」
準備の間に小林が紙とにらめっこしていた。何をしているのかと思えば、自分と俺の数値をそれぞれ男女の平均と比較していたらしい。
「そんなもんだよね」
「ん。平均あれば十分だよ。何十メートルもボールを投げ飛ばせたところで何? って言ってやりたいね」
小林が自分を正当化する。ちなみに小林は1回目は投げる瞬間にずっこけてしまい記録は1m未満で計測不能。その事はすっかり記憶の彼方に追いやったようだ。
そんな感じで二人でダラダラと話していると先生が「やるぞー」と合図をした。
「じゃあ上体起こしからやるぞ。全員同時に測るから、先にやる方を決めてくれ。相方は補助で足を押さえるんだぞ。動きはこんな感じだ」
先生はいつの間にか十文字を捕まえて見本を見せるために自分の足を押さえさせていた。
「頼むね、相方君」
小林が早速先生の言葉尻を捕らえてニヤニヤしながら俺にそう言ってきた。
「はいはい」
「たまに恋人を相方って呼ぶ人いるよね。あれってなんなんだろ」
「別に好きに呼ばせとけばいいじゃん……」
「相方に会いたカッカ……」
小林は噛んでしまったのが恥ずかしいのか、そこで会話を勝手に打ち切り、その場で膝を立てて寝転んだ。
「相方、足押さえて。力が制御できないから」
小林が体育館の床をトントンと叩いて俺を呼ぶ。
「どうせ平均値のくせに」
「や、それはそう」
小林の脚を自分の脚で挟み込むように胡座をかいて座り、膝のあたりまで固定する。
「それじゃ……スタート!」
合図と共に小林が自分の後頭部に手を添えたよくあるポーズで上体を起こした。小林の顔が一気に接近してくる。
身体を起こした小林が俺の方をじっと見たまま静止する。
「……ん? 小林、戻らないと」
「や、そうだった」
小林が真顔のまますーっと戻っていく。次に上体を起こすタイミングで手で自分の顔を覆った。
「やりづらくないの!?」
「や、必死な顔を見られたくなくて」
「そこー! ふざけてやるなよー!」
小林の顔面隠しがすぐに先生にバレる。ストレッチの件もあり、俺たちは先生にマークされてしまっているようだ。
小林は渋々手を外し、顔に赤くして何度か身体を起こした。視線は俺から少し外していて正面を向いていない。
「俺……口臭い?」
小林がぶはっと吹き出し、寝転んだ状態で笑い出した。
「ふふっ……違う違う……臭くないよ……ふふっ……お腹いたっ……腹筋が鍛えられるぅ……」
ツボに入ってしまったらしく、小林が身体を起こさなくなる。先生ももはや諦めたのか何も言ってこない。
「はいそこまでー。記録用紙に結果を書いてくれー」
俺は用紙に10回と記載する。小林はそれを見て愕然とした表情を見せた。
「じゅっ……10段階評価で2だ……平均どころじゃない……」
「まぁ……後半ほとんど動いてなかったしね……」
「高橋、たらればの話をしよう」
「たられば?」
「もし、私が高橋のことにまったく興味がなくて、無視してずっと腹筋を続けていたら何回だったと思う?」
「まぁ……このペースだと16回ぐらい?」
「ちょっとアホ毛を生やす形でこの0を6に書き換えることは……」
小林がウィンクをしながらそう言う。実際、計測中に話しかけて邪魔をしてしまったのは否めないので、ペンを持ち、さりげなく0にアホ毛を生やして6にする。
「手が滑った」
「おっ、悪いね。実際、相方が高橋じゃなかったらこのくらいはいけてたはずだよ、うん」
「俺のせい!?」
「あ……悪い意味じゃなくて……なんかこう……こんなに近づくとパフォーマンスが低下するというか……」
小林は恥ずかしそうに照れながらそういった。言い方的にも俺を責めているわけではだろうから「なるほどね」と言って頷く。
「本当は私のソックスパックを発揮したかったんだけどなぁ」
小林が俺とポジションを入れ替えながらそう言ってきた。
「靴下でも梱包してるの……? ってか絶対セックスパックって言うと思ったよ……」
「や、私の言いそうなことがシミュレーションできるんだ? 理解度高いじゃん」
「理解してもその上を行かれるんだよなぁ」
「ふふっ……そうなんだ」
小林が俺の脚を固定して膝の上に顔を乗せてきた。
「それじゃ、スタート!」
先生の合図で身体を起こす。
すると、小林の顔に一気に接近する。すぐ近くで見ると、目も大きく、モブとは言いつつもやっぱりなんだかんだで可愛いと思わされる。
「う……」
二回目では顔を逸らしてしまった。これは小林の気持ちがよくわかる。真顔で続けるのは無理だし、パフォーマンスは発揮できない。いい意味でペア選びを間違えたと思った。
「こらー、高橋ー。ちゃんと相方の目を見ろよー」
小林が先生の口調を真似しながらニヤニヤ顔でそう言う。
「はっ……はっ……むっ……無理だって……」
「わ、ちょっとエッッッな声出すじゃん」
「小林!?」
そこでツボに入ってしまい俺も動けなくなる。
「はいそこまでー。記録を書いてくれー」
先生の合図と同時に足の固定をやめて二人で並んで座る。小林は紙に『23』と書いた。確実にそんなに行っていないので、首を傾げる。
「や、まぁ相手が私じゃない場合の見込みだね」
「評価は5……平均だ……」
小林はニヤリと笑い「我ら、平均の王」と呟いた。
「
「ふふっ……平キング……何それ……ふふふっ……」
小林がツボに入りその場で俯き、肩を震わせる。
「小林!? 大丈夫か!?」
先生が小林の異変に気づき、声をかけてくる。
小林は体調不良と思わせないため、伏せたままサムズアップをして先生に無事を知らせた。
「ちょっと主人公っぽいよ、それ」
小林の隣でぼそっと囁く。
「や、仕方ない」
小林は俯いたまま朗らかに答えた。
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