第16話
体育の授業の冒頭。クラスのみんなが校庭に集まり、バラバラと立って先生の指示を待つ。
「それじゃ、ストレッチからやるぞー。フレキシブルにツーマンのペアを作ってくれー」
自由に2人組みを作ってくれ、をカタカナで言い換えるとこんな感じらしい。
こんな何気ないシーンだが見覚えはある。
うちのクラスは男子15人、女子15人の30人。原作では、十文字と理栗がペアを組むことで残りの14人ずつで男子と女子だけでペアを作る事ができるようになった。
だが、この世界の十文字は明らかにモブのままで、理栗とはほとんど会話をしていない。
とはいえ、俺がモブとして小林と楽しく過ごすためにもここは2人が組むという奇跡に期待するしかない。
マジで主人公頼むぞ……と思いながら、男子の相手を探して辺りを見渡すと、俺のすぐ目の前に小林が来ていた。視線が明らかに俺を捉えている。
「やっほ、高橋。組もうよ」
小林がにっと笑ってそんな提案をしてきた。この人は相変わらずのフラグクラッシャーだな!?
俺と小林が組んだらそれだけで男女比が整ってしまう。
「あー……あはは……じょ、女子の方がいいんじゃないかな? 体格差もあるしさ」
「や、けど15人ずつだから誰は男女で組まないといけないし」
「そ、そうだけど……」
「大丈夫だよ。ちゃんとトイレに行った後は手を洗ってるから」
小林が手をすり合わせるジェスチャーをしながらそう言う。
「別にそこを気にしてるわけじゃないよ!?」
状況を確認するため理栗の方をチラッと見る。俺の願いも虚しく、理栗はサブヒロインの一ノ瀬と組んでしまった。
小林は何かを察したように「あっ……ふぅん……」と喉を鳴らしてジト目で見てきた。
「残念。理栗は女子と組んじゃった。私で妥協しときなよ?」
ふふっと笑い、小林がそんな提案をしてくる。
「妥協っていうか……むしろ本命というか……」
「わ、めっちゃ取り繕うじゃん」
小林がニヤニヤしながら冗談めかして言ってくる。怒ったりはしていないようだ。
「そっ、そういうわけじゃ――」
「ほらー! そこー! いつまでもくっちゃべってないでストレッチを始めるんだぞー!」
先生に見つかり、俺達にクラスメイトの視線が集まる。
モブ2人は視線が集まることに慣れていない。2人して照れて顔を伏せながら向かい合った。
◆
小林と2人でお互いの肩に手を置き、上半身を倒すストレッチを始めた。
身体を伸ばすたびに小林が「んっ……」と少し艶めかしい声を出すのは癖らしく、その度に妙に緊張してしまう。
「ね、高橋」
小林がストレッチ中に声をかけてきた。
「何?」
「高橋ってさ、私が思ってるより理栗のことがお気に入りだったりする?」
「小林の想定がどのラインか知らないけど……」
「や、それはそうだね。うーん……じゃ、ちょっと現実離れしてるけど、ここがギャルゲーの世界だとして、私と理栗のどっちを攻略したい? ちなみにハーレムエンドはないものとする。1人だけを選んで」
ドキッと心臓が跳ねる。まさか小林も……いや、それはないか。単に小林が独特な例えにギャルゲーのことを持ってきているだけだろう。
「断然小林かな。メインヒロインに興味はないし」
「や、まぁモブ気質の私が攻略対象かどうかはさておきだけど、嬉しいね」
そこで上半身のストレッチが終わり、身体を起こす。小林は顔が真っ赤になっていた。
「顔、赤すぎない!?」
「あっ、暑いなぁ……暑い暑い……」
小林はそう言ってジャージを脱いで腰に巻いた。腕はよく見ると鳥肌が立っている。
「今日は結構寒い日だと思うけど……」
「ん、確かに。寒くなってきた」
小林は顔を赤くしたままジャージを着直す。
「何してんの……」
「ジャージを脱いで、腰に巻いて、また着ただけだよ」
小林がふふっと笑いそう言って俺に背中を向ける。
「あ、ねぇ高橋。あれやろうよ。腕組んで持ち上げるやつ」
小林の提案に頷いて、背中を合わせて腕を組む。どちらが先に持ち上げるか決めていなかったため、そのまま時間だけが過ぎていく微妙な間ができてしまった。
「……うおっ!」
小林が気合を入れて俺を持ち上げようと腰を曲げた。脚が浮かないくらいで負荷を調整しつつ背中を伸ばす。
「うん。もう大丈夫」
俺がそう言うと小林が上体を戻し、今度は俺が小林をもちあげる。
「おー……高橋って案外大きいよね。舐めたこと言ったら体格差を活かしてシバかれちゃうんだろうなぁ」
小林が俺の背中にのって空を見上げながら呟いた。
「今日時点で五体満足な時点で大丈夫だと思うよ」
「ふふっ……確かにね。空、青いなぁ。土台になってる高橋には見えないけどね。残念だね」
「シバいていい?」
「喧嘩っ早いなぁ」
小林は俺の背中に乗ったままケラケラと笑う。
「俺が見てる地面は……砂って何色なんだろ」
「や、砂色でいいんじゃない? 白でもないし、茶色でもないし」
「なるほどね。ちなみに空を見上げてる小林には見えてないと思うけど、今はゲーミング地面になってるからレインボーに光ってるよ」
「え? 気になる。降ろして」
「嫌だ」
「おーろーしーてー」
小林が背中でジタバタするも、がっちりロックをして下ろさない。
「こらー! そこー! いつまでやってるんだー!」
また先生に怒られてしまった。慌てて小林を降ろし、2人で下を向く。
「高橋……地面、砂色じゃん。ゲーミング地面はどこにいったの?」
先生が全体に指示を出している中、小林が隣でボソッとつぶやいた。
「何の話?」
俺がすっとぼけて笑うと、小林は「いつかシバいてやる」と眉間にシワを寄せて俺の方を睨んできたのだった。
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