第15話
小林、理栗とネズミーランドに行った週末開けの月曜日、2日間の疲れを引きずって登校すると、小林が先に登校していた。
「おはよ〜」
俺が小林に声をかけながら席に着くと、小林が顔を上げた。朝から眠気に負けて寝ていたのか、目が半分くらいしか開いていない。
「ん。高橋、おはよ……」
「眠そうだね……」
「や、昨日も帰ったの遅かったから。2日連続でパレードなんて見るかね……ほぼ同じだったし……」
二日目も理栗は絶好調でテーマパーク内を闊歩し、夜まで遊び倒して帰宅。
俺の場合は昨晩家に着いたのが10時間くらい前の話になるので、確かにまだ疲労は抜けていない。
二人でまったりと「ふぅ」と息を吐く。それと同時に教室の前方から理栗が入ってきて俺と小林がに「おっはよー!」と挨拶をしてきた。
「お、おはよ……朝から元気だね……」
「え? そうかなぁ?」
理栗はニコニコしながら教室の中心に向かい、そこに席のある友人と話し始めた。
その様子を小林と2人で壁際から眺める。
「バイタリティが主人公だなぁ……」
小林が感心したようにボソッと呟く。
「そこに主人公とか関係ある!?」
「ヘトヘトになってる主人公ってあんまりいなくない? 大体ハツラツとしてるじゃん」
「まぁ……言われてみれば」
「だから私達はモブだよね。ヘトヘトモブ」
「俺も?」
「ん。ヘトヘトでしょ?」
小林が自分の席に肘をつき、頭を載せた。
「まぁ……正直ね」
俺も小林の席に肘を置いて同じポーズを取り、教室の中心を眺める。
何やら後方が騒がしくなり、小林と同時に教室の後ろを見る。
色黒でツーブロックのいかにもモテそうな男子が教室に入ってきていた。見覚えのない人だが、サッカー部のクラスメイトが会釈をしているので先輩なんだろう。
朝練終わりなのかユニフォームを着ていて、背中には「Vitality」と書かれている。その人は真っ直ぐに理栗の方へ行って話しかけだした。
「バイタリティって……変な名前だね。漢字でどう書くんだろ」
小林が真顔でボソッと呟く。
「名前ではないんじゃないの……部活のチーム目標とかじゃないかな」
「けど、あれを見せられて今ここであだ名をつけるとしたらバイタリティ先輩だよね」
「略してバイセン?」
「ふふっ……それいいね。理栗の知り合いかな?」
「それは知らないけど……」
ちらっと理栗の方を見ると、明らかに興味なさそうな顔で応対をしていた。
チラッと目が合うと、理栗が俺を手招きしてくる。
これ、絶対に面倒なことに巻き込まれるやつだ、と直感した。
俺はモブキャラなんだから、大人しく隅っこで小林とバイタリティ先輩のことをいじってたいのだけど、メインヒロインはそれを許してくれないらしい。
渋々立ち上がって理栗の方へ向かう。
「理栗、どうしたの?」
「今日さ、校則を見直す委員会の集まりに向けて準備する予定だったよね? この人、サッカー部のキャプテン。部員からの要望でサッカー部のマネージャーをしてほしくて、暇なら見学に来てくれって言われたんだけど予定あるよね? 私達」
理栗の表情やトーンから察するに、バイタリティ先輩が誘いに来て断る方便を探していたというところだろうか。校則を見直す委員会の話なんて何もしていないのだから。
「うん。面倒くさいけどやらないといけないから、放課後は開けといてよ」
俺がそう言うと何故かバイタリティ先輩が俺を睨んできた。理栗が「またいつか、行けたら行きます!」と断り文句を言ったので、俺も軽く会釈をして席に戻る。
席に座ると同時に小林が「なんだったの?」と聞いてきた。
「バイセンはサッカー部のキャプテンなんだってさ。部員から理栗をマネージャーにしたいって言われて誘いに来たけど、理栗は興味がないから校則見直し委員会をダシに断った、という経緯でした」
「なるほどねぇ……なーんかさ……皆、自分起点じゃないんだね。他人起点」
「どういうこと?」
「や、だって部員がーとか言ってるけど絶対にバイセンが理栗と仲良くしたいだけじゃん? それに……ま、理栗も自分が嫌だなんて言えないか。角がビンビンに立っちゃうもんね」
爽やかな朝にちょっとした下ネタが挟まるのがなんとも小林らしい。
「小林は『嫌だ』って面と向かって言いそうだよね……」
「ん。そうだね」
自分が思うことがきちんとあって言える小林の方がよっぽど主人公っぽい、なんて言っても本人は喜ばないか。
そこで会話が途切れ、ぼーっと考え事をしていた小林が「ねぇねぇ」と話しかけてきた。
「今日のお昼、一緒に外で食べようよ。中庭とか。精霊さんがそうしなよって言ってる」
「他人起点の中でも一番やばいジャンルだよ!? せめて実在する人にしなよ!?」
「ん。ま、実際のところは私がそうしたいから誘ってる。どう?」
小林は少しだけ顔を赤くしながらそう言った。
「小林に誘われたから行こうかな。誘われたからね」
冗談めかして答える。
「わ、他人起点だ〜おやすみ〜」
小林は眠気に耐えるように優しく微笑むと、そのまま寝るために顔を伏せた。
◆
昼休み、売店でサンドイッチと飲み物を買って中庭にやってきた。
4階建ての校舎にぐるりと囲われた中庭は手入れされた芝から春っぽい匂いが漂っていた。
そして、草と同じくらいの人だかりも中庭にいて、過剰なくらいに歪んだギターの音からも穏やかな昼休みが過ごせる環境ではないことがすぐに分かった。
「ん。なんだろ……」
「軽音楽部の勧誘ライブじゃない?」
「ふぅん……」
小林はステージの上が気になるのか、その場で背伸びをして左右に身体を揺らして前を塞いでいる群衆の頭部の隙間を見つけようとしている。
「気になる? 2階から観てる人もいるみたいだよ」
俺が校舎を指差すと小林は首を横に振って離れたところあるベンチを指差した。
「や、あそこでいいかな」
「了解」
2人でベンチに向かい、バンドの演奏を聞きながらゆったりと腰掛ける。
「高橋がバンドをしたらポジションはベースかドラムかな?」
「可能な限りモブっぽいところを攻めてきたね!?」
「ふふっ……そうだよ。ま、私はそもそもステージには立ちたくないけどね。人に見られながら――ん? あの人さっき教室に来た人じゃない? バイブレーション先輩」
小林が何かに気づいてステージを指差す。その先にあるステージでは、朝に理栗をサッカー部のマネージャーに勧誘しに来た、通称バイタリティ先輩がバンドのボーカルとしてマイクを握っていた。
「バイタリティ先輩ね」
「あ、それそれ。なんだっけ? ハンドボール部のリーダー?」
「サッカー部のキャプテン。全部違うじゃん……」
「や、興味ない事は覚えられなくて。けど……すごいね。サッカー部でキャプテンして、更にバンドのボーカルって。主人公じゃん」
「確かにね……バイタリティの名前は伊達じゃないや」
「ね。本当に。サッカーの試合にフルタイム出場できる体力だけ分けて欲しいや。後輩の女子にいきなり話しかけにくる厚かましさとかバンドのボーカルでステージに立つ承認欲求とかは要らないけど」
「体力お化けの小林とヒョロヒョロのイケイケ承認欲求モンスターができちゃうんだけど……」
「や、それならどっちかと言えば前者の方がバケモノ感ある」
「言えてる」
俺が同調すると小林が「こら」と可愛い声で注意しながらべしっとツッコミを入れてきた。
「あ、ねぇ高橋」
「何?」
「テスト」
小林がニッと笑い、自分を指さす。
「私の名前、覚えてる?」
「恋鞠」
即答すると小林が目を見開く。
「わ、すご。興味のないことも覚えられるタイプ?」
「興味のあることはきちんと覚えてるタイプ」
「なるほどね」
小林はニッコリと笑って満足気に頷く。
その直後、真顔に戻りながらサンドイッチの包装を剥ぎ取ると、冷めた目で「バイセン、そんなに歌うまくなくない?」と言って昼食を食べ始めたのだった。
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