第14話

 夜、ホテルのビュッフェを3人で堪能した後、部屋に戻って一人で過ごしていた。女子の2人が泊まっているスイートルームの内装が気になるところだが、部屋に遊びに行くわけにもいかず一人で悶々としていた。


 時計を見ると夜の9時。まだ寝るには早い時間。


 ふとスマートフォンを見ると、小林からメッセージが来ていた。


『理栗、寝ちゃった』


「早すぎない!?」


『まだ9時じゃん……』


『ベッドで話してたら寝落ちした感じ』


 なんというかというのがどういうことか分かってきた気がする。


『高橋、ロビーに集合ね。ソファあったでしょ?』


『今から?』


『ん。暇だし、部屋に入ってないからいいよね?』


 そういう問題なのか? と思いつつもロビーへ向かう。


 部屋を出てエレベータホールで下に向かうボタンを押すとすぐに扉が開いた。


 中にいたのは小林。


 ちらっと俺を見るとにっと笑いながら「早いよ」と言った。


「そりゃすぐに部屋を出たけどさ……」


「や、それだと私も楽しみで早く出ちゃったみたいじゃん」


「俺は理由は言ってないけどね」


「あ……」


 小林は顔を赤くするとエレベータの隅に行き、俺の方をじっと見てくる。


「な……何?」


「フライドレッグをテイクされた」


「揚げ足を取った!?」


「ふふっ、正解」


 小林の言葉にタイミングを合わせるようにポーンと一階に到着して音が鳴る。


 2人でエレベータを降りロビーへ向かい、人気のないエントランスホールに設置されたソファに腰掛ける。


「大丈夫かな、遅くに……」


 念の為周囲を確認する。


「大丈夫大丈夫。モブ2人なんて誰も気にしないよ」 


 当然と言えば当然だが、誰もこちらを見ていない。ある意味じゃ、二人だけの世界になっている。


「おっ、無料のコーヒーだってさ。ホスピタリティだね。持ってくるから待ってて」


 小林は座った直後だと言うのにまた立ち上がり、嬉しそうに無料のコーヒーマシンに近づいていった。


 ◆


 小林と話をしたり無言でぼーっとしたりすること数時間。日付を回り、いよいよロビーも人がいなくなった。


「ふあぁ……そろそろ寝よっか」


 小林が伸びをしながらそう言う。


「そうだね」


 2人で立ち上がりエレベータに向かっていると、急に小林が「ぎにゃっ!」と変な声を出して俺の身体にもたれ掛かってきた。


「ど、どうしたの!?」


「あ、あしをひねった……」


「えぇ……大丈夫?」


「ん。歩くのに支障があるくらい」


「大丈夫のラインが低すぎない!?」


「判断ラインは生きているかどうか……って冗談はさておき、割と一人で部屋まで行けるか怪しいんだけど」


「理栗……は寝てるのか」


「ん。高橋、連れてって」


「入口までだよ」


「じゃあ私は部屋の入口で寝ることになっちゃうよ?」


 小林がニヤリと笑ってそう言う。


「ええ……じゃあベッドまで?」


 小林がコクリと頷く。


「これはきんきゅー事態だから。きんきゅーだから仕方ないね」


「声に緊迫感がなさすぎるんだけど……」


 ◆


 小林に肩を貸して二人三脚のように歩いてスイートルームに到着。広々とした部屋にダブルサイズは優に超えていそうなベッドが2つと、ロビーよりも遥かに豪華なソファが置かれていた。


「すごっ……」


「や、ここが見せられないのはもったいなかったから」


「そのために足をくじいたの?」


「や、それはたまたま。けど、ちょっとヒロインっぽくない? やだなぁ。そういうのじゃないのに」


 小林が照れくさそうに呟く。


「モブは凪だからねぇ」


 そこで小林が顎でベッドを指す。空いているベッドに連れていき、小林を座らせたのだが手を離してくれない。


「な……何?」


「私がこのまま高橋の腕を無理矢理引っ張って肩を脱臼するか、おとなしく寝転ぶか。好きな方を選んでよ」


「独特すぎない!?」


「へぇ……じゃ王道がどんなのか知ってるんだ?」


 小林がニヤニヤしながらいじってくる。


「いや……まぁ……うわっ!」


 脱臼はしないくらいの強さで小林が腕を引き、俺もベッドに横たわる。


「小林!? これは緊急事態とは関係なくない!?」


 小林は俺の隣で横になり、ニッと笑って俺の口に人差し指を当ててきた。


「騒いだら理栗が起きちゃうよ? その方がもっとまずい」


「う……」


 それはそう。なので、小林を説得するのに良い材料を使うことにした。


「こ、小林? これは結構主人公……っていうかヒロインっぽいムーブじゃない?」


「や、ヒロインは今寝てるよ」


 隣のベッドで寝ている理栗を暗に示すように小林が囁き、目を合わせたまま手を握ってきた。


「……ね、高橋」


「何?」


「こうやって一緒に泊まる機会、今後もあるかな?」


「共和国的なコンゴ?」


「や、アフリカの国の話はしてないよ」


「船的な金剛?」


「や、戦艦の話もしてない」


「混ぜる的な混合?」


 小林がジト目で俺を睨んでくるも、何かを思いついたように目を見開いて頷いた。


「や、そうかも。混ざり合う的なのも悪くない」


「まぁ……あるかもしれないし、ないかもしれないね」


「つまり、貴重な機会なわけだ」


「それはそうだね」


「ところでさ、高橋。夜のバッフェ美味しかったね」


 急に話を変えてきた!? ほんでバッフェ!?


「ビュッフェ美味しかったよね」


 2人で目を見合わせて同時に笑う。


「バッフェ」と小林が言うと、俺が「ビュッフェ」と返す。


「バッフェ」


「ビュッフェ」


「ふふっ……ローストビーフ、美味しかったなぁ……また食べたいなぁ……今度、お弁当ローストビーフにしようかな」


「傷みそう……」


「ローストビーフのお弁当だよ。お昼まで待てるかなぁ……早弁しちゃいそうだなぁ。痛むのかなぁ……」


 さっきから小林なのにオチがなければ展開も読めないつまらない話が続いている。これはまさか……退屈な話をして寝かしつけようとしている!?


「こ、小林?」


「何?」


「ダラダラ面白くない話をして寝かしつけようとしてない?」


「ふふっ……どうだろうね。ローストビーフ……ローストビーフ……おーやすみーふ、おーやすみーふ」


 小林に頭を撫でられる。それだけで妙に安心してしまい「だいぶ遠いじゃん」というツッコミもふにゃふにゃした言葉になり、そのまま寝落ちしてしまった。


 ◆


「うわわ!? 晃平!?」


 朝、理栗の声で目が覚める。驚いて飛び起きると、隣のベッドで理栗が身体を起こしていた。小林は俺の隣でスヤスヤと寝ている。時計を見ると朝の八時。朝ごはんの時間がそろそろ終わってしまう。


「小林、朝食バッフェの時間だよ」


 俺が小林の身体を揺すると顔をしかめて「……ビュッフェ」と言い布団の中に潜り込んでいった。この人、寝起きが悪いタイプだ。


「で、なんでここにいるの?」


 理栗が怪訝そうな目で尋ねてくる。


「昨日、小林と夜中に話しててそのまま流れで」


「えっ……な、流れで!? そ、そうなの?」


 理栗が顔を赤らめる。


「流れでそのまま、さ」


「……そのまま?」


 理栗が生唾を飲み復唱する。


「そのまま寝ちゃったんだよね。小林に寝かしつけされちゃったんだ」


「あはは! 何それ!」


 理栗は変に疑うこともせずに笑っている。これぞ清純派メインヒロイン。心が洗われる気分だ。


「晃平、朝ごはん行く?」


「うん。けど、小林が起きなくてさ」


「夜ふかししてたのかなぁ?」


「昨日寝たのって12時くらいだったけどね」


「そこから一人で起きてたのかも」


「なるほどねぇ……」


 大してやることもないだろうに。


「小林〜バッフェの時間だよ〜」


 俺が布団を剥ぎ取ると、目を瞑ったまま小林が眉間をシワを寄せて寝返りを打ちながら「ビュッフェ」と訂正してくる。


「小林ちゃ〜ん、ブッフェの時間だよ〜」


 理栗が声を掛けるも小林は「ブッフェ」と復唱するだけ。結局この人の言い方はどれでも良いらしい。


「仕方ないね。晃平、2人でいこっか。私が食べさせてあげるよ」


「俺って別に利き手を骨折してる人じゃないよ!?」


「骨折してなくてもいいじゃ〜ん」


 理栗が俺の方へ寄ってくるとガバっと勢いよく小林が起き上がる。


 寝癖のついた髪の毛を手ぐしで直しながら、寝起きの開いていない目で俺を見てきた。


「おはよ、小林」


「ん。おはよ」


 小林が寝起きのかすれた声で挨拶をしてくれた。


「どこで反応して起きたんだか〜そんなに2人で行ってほしくなかったのかな〜?」


 理栗が笑いながら小林の頭をクシャクシャにする。


「ん……眠い」


 小林は照れくさそうにはにかむ。起きていそうな感じするのだが、なぜか小林はまた布団に潜り込んでしまった。


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