第13話

 小林と2人で理栗と合流し、フラグを立てずにナンパを回避させた後、やってきたのはフリーフォール系のアトラクション。


 目の前には高層ビルを思わせる建造物が鎮座していた。遥か上層部からは「キャー!」と悲鳴が聞こえてくる。


「絶叫マシンって何が楽しいんだろうね。安全が保証されてるんだからハラハラしようがなくない? そもそも事故ったら死んじゃうリスクもあるのになんてこんなことしてるんだろうね」


 小林が元も子もないことを言う。だが、前半と後半で言っていることが噛み合っていないし、いつもより声が上擦っていて早口だ。


「小林ちゃん、怖いの?」


 小林が強がっていると判断したらしく、理栗がイジるようにニヤけながら尋ねた。


「べっ……別に怖くはない!」


 小林らしからぬ慌てた様子。これはまさか……絶叫マシンが苦手なのか!?


 小林は一人で入り口に向かって歩き出した。慌てて小林に追いついて腕を掴んで引き止める。


「ま、待ってよ! 怖いのに無理して乗らなくても大丈夫だから!」


「や、怖くないよ。私が怖いのは地震雷火事親父だから。ぜっ……ぜぜ、絶叫マシンは入ってないからね」


「声が震えてるけど……」


「余裕だよ、余裕」


 小林はそう言って右脚と右手、左脚と左手を同時に前に出して歩いていく。その後ろ姿を理栗と2人で見つめる。


「絶対に怖がってるよね、小林ちゃん」


「まぁ……直前でリタイアもできるだろうし。とりあえず並ぼうか」


 入り口の看板に表示されている待ち時間は180分。これに乗ったら今日は終わりみたいなものだろう。


 ◆


 並ぶこと2時間と少し。思ったより早く列が進み、次の回でいよいよアトラクションに乗れるところまでやってきた。


 小林は俺の肩を掴んで立ち、プルプルと膝を震わせている。


「こ、小林? 本当に大丈夫? 膝がゼリーくらいプルプルしてるけど……」


「だ、大丈夫。私スライムだから。ぷる」


 取ってつけたように語尾を変えている。こんな時もボケることを忘れないホスピタリティは見習いたいところだが、さすがに無理してまで乗るものでもない。


 理栗と目を合わせ、お互いに「まぁ最悪リタイアでいいか」と認識を合わせるように頷く。


「小林、一緒に降りよっか。俺も怖くなってきちゃった」


「や、高橋に怖いものはないぷるよ」


 小林は俯いたまま早口でそう言った。


「この状況でよく俺を勇気づけてくれるね!?」


「わ、私は余裕だから……ハースーハースー……」


「小林、先に吸わないと。スーハースーハーだよ」


「あ、そうだった」


 だめだこの人、もう緊張で色々とおかしくなってきている。


 その時、前の組が終わり俺達の組が呼ばれた。


「あっ……あっ……」


 小林が妙にセンシティブな声を上げる。


「や、やめとく? 今が最後のチャンスだよ」


「ん。行く。行くったら行くよ」


 小林は両手で頬を叩き、気合を入れて顔を上げた。


 そのまま係員に案内されて椅子に並んで座る。


 理栗、俺、小林の順番で座り、安全バーを降ろすと小林が「うひぃ……」とまた小さく悲鳴を漏らした。キャラ的に絶叫マシンが苦手だといいづらかったのかもしれないし、悪いことをしてしまったと若干後悔する。


「下向いてたらすぐに終わるよ」


 小林の手を握ると、コクコクと俯いたまま頷いて小林がなんだか深呼吸をした。


 そんな感じで焦らされるように準備が終わるのを待っていると、部屋の照明がふっと消える。


『恐怖の館へようこそ……』


 ねっとりとした低音ボイスが部屋中に響き渡る。モーター音がして徐々に上がっていっている感覚がわかり、それがまた気分を高めていく。


「うわぁ……来るかな? 来るかな?」


 俺の左にいる理栗は俺の腕に抱きついてきて、楽しそうにそう言う。


「あ゛っ……お゛っ……だがばじっ……」


 右側からは小林の声にならない悲鳴が早くも聞こえ始め、手をぎゅっと握ってきた。まだ何も始まっていないというのに。


 しばらく焦らしが続き、ガコン、と音がして一気に自由落下を始めた。周囲の人が一斉に「キャー!」と悲鳴を上げる。


「うおー! やばー! たのしー!」


 理栗はポジティブすぎるくらいにポジティブに楽しんでいる様子。俺の腕に抱きついて胸を押し当てていることだけが気になるけれど。


「お゛っ……お゛っ……やばっ……あ゛っ……これ……お゛っ……たかっ……ばじ……」


 小林がオホ声に似た声のだし方でアトラクションを満喫している。こんなところで小林のオホ声を聞くことになるとは……


 とはいえ、俺にはどうすることも出来ず、普段のクールで滅多に取り乱さない小林とのギャップについ顔が綻んでしまっていたのだった。


 ◆


 フリーフォールのアトラクションが終わり、出口から吐き出されるように3人で出る。


 小林は腰が抜けてしまったらしく、俺の肩にもたれかかったまま引っ張るように歩いている。


 近くのベンチまで移動して小林を座らせると、理栗は「お水買ってくるね」と言って近くの売店に向かった。


「小林……大丈夫?」


 小林はいつもの飄々とした表情で頷く。


「ん。もう大丈夫。なーんかまだ揺れてる感じはするけどね」


「そっか。無理しなくてよかったのに」


「や、あそこでリタイアしたら、ただ2時間も並んでただけの無駄な時間になっちゃうし。それに……高橋がいるから何とかなるかなって思ってた」


「何とかなった?」


「何ともならんかったね」


 小林は目の前にそびえるフリーフォールのアトラクションを見つめながら笑いそう言った。


「ね、高橋」


「何?」


「よくさ、吊り橋効果って言うじゃん?」


「あぁ……恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いしちゃうやつね」


「ん。そう。私は吊り橋効果なんて信じてないけど、もしあるとしたら確実に高橋に恋してるレベルで心臓がバクバクしてた」


 小林はニッと笑って一人で自分の手をニギニギする。


「まぁ……恋というか……なんというか……」


 オホ声と錯覚するくらいの声を出していた小林。もはや性行為レベルの声を出してましたよ、とは言いづらい。


 苦笑いをして誤魔化していると、小林が隣から手を伸ばしてきて、俺の手を握ってきた。しばらく


「ん……ギリギリさっきの方が勝ってる。接戦だ」


 小林は空いている手を胸に当ててボソッと呟いた。


「まだ結構余韻を引きずってるんだ……」


 俺がそう言うと小林がジト目で見てくる。


「高橋、そういうとこ主人公っぽいよ」


「……褒められてる?」


「ん。ギリギリ褒めてる」


「ディスとの境目なんだ!?」


「ふふっ……そうだよ。私にとってはギリギリ悪口との境目だから、主人公は」


 小林は意味深に微笑み、理栗が戻ってきたタイミングで手を離した。


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