第12話
テーマパーク内を3人でウロウロすること数時間。さすがに疲れてきたためベンチに3人で並んで腰掛ける。座った瞬間に理栗が「お手洗い〜」と言ってまた立ち上がった。
小林と2人で理栗の背中を無言で眺める。
「ねぇ、小林」
「どうしたの?」
「一緒に行かなくていいの?」
「や、貯水率的にはまだ余裕」
「いや言い方」
小林はふっと笑い少しだけ俺との距離を詰めるように座り直す。
「ま……せっかくのチャンスだし」
小林が頬をポリポリとかきながら照れくさそうにそう言った。
「ちゃ、チャンス……?」
「ん。チャンス」
「何の?」
小林はじっと俺を見てくる。斜に構えたキャラのくせに頭にはしっかりと黒いネズミの耳のカチューシャがついている。
小林は俺の質問に答えようとせず沈黙の時間が流れ、気まずくなってきたので頭のカチューシャをいじることにした。
「今更だけど、小林ってそういう耳とかちゃんとつけるんだね」
「ん。木を隠すなら森の中だから。ま、私は小林だけど」
小林は少し回りくどい言い回しでニヤリと笑う。
「周りがつけてるから自分も付けてるってことか」
「ん。そういうこと。個性なんて出すもんじゃないから」
「なるほどねぇ……ネズミーのキャラクターは好きなの?」
「や、名前を知ってるくらいかな。そういう意味だとネズミーのキャラクターと高橋は同レベルかも」
「一応褒められてるのかな!?」
「グッズは何かしら欲しいかな。スマホケースとかマグカップとか。あ、高橋のね」
「絶対に要らなくない!?」
「デフォルメした高橋のイラストをプリントしたTシャツとか、ステッカーとか。グッズ出せばいいじゃん。私買うよ?」
「ヴィレバンで売ってそうなやつだね!?」
「ふふっ……図書カードで買い占めてあげるよ。私が全部」
小林はありもしないモブキャラ高橋グッズを想像しているのか、笑いながらそう言って続ける。
「や、けどさ、高橋はモブなんでしょ? つまり背景。だから高橋グッズで壁を埋めつくしたって問題ないわけだ。背景だから」
「だいぶ無理矢理なロジックだけど……」
「ま、そう言わない」
小林はそう言ってスマートフォンを取り出し、インカメラで俺と2人の写真を撮った。
「ふふっ……半目だ、半目」
小林が見せてきた写真は2人して半目になっていた。
「ただの変顔写真だ……」
「うーん……変顔だからかな? 高橋って認識してくれないや」
「そういえばAIは背中でしか俺を判定できないんだったね!?」
「ん。そうなんだ。だから……たくさん正面からの写真を撮らなきゃ。AIに高橋を覚えさせるためにね」
「へ、変な理由だね……」
呆れた顔で小林を見ると、ニッと笑った。
「ま、変じゃない理由もあるよ。写真が必要な理由」
小林は顔を赤らめてそう言った。
「へ、変じゃない理由って……」
空気が変わった。そんな雰囲気を感じ取り、ゴクリとツバを飲むと小林は一度唇を噛んで息を吸ってから話し始めた。
「や、色んな高橋の顔をプリントしたマグカップを作ろうかなって」
さっきまでの真面目な雰囲気はどこかへ行ってしまい、いつものジト目で冗談じみた感じで小林が言い放った。
「魚の名前の湯呑みと同じデザインだね!?」
そしてそれもだいぶ変だけど!?
「そ。だからいっぱい写真がいるんだ」
小林はそう言ってパシャパシャと連写で俺の顔の写真を撮り続ける。
角度を変えながら俺の撮影会をしていた小林がスマートフォンをみながらふと首を傾げた。
「どうしたの?」
「や、理栗遅くない?」
「あ……確かに。言われてみれば……」
「ふふっ……絶対に言っちゃダメだよ。2人で遊んでたら忘れてたって」
小林はニヤリと笑って俺の頬をつつき、椅子から立ち上がって理栗が向かっていった方に歩いていった。
◆
小林が女子トイレの中に入って数十秒後、バッテンを作ってトイレから出てきた。どうやらトイレの中にはいなかったようだ。
小林が俺の近くにやってきたところで「いなかった?」と尋ねる。
「ん。いなかった。中で『理栗〜』って叫んだんだけど返事がなかったよ」
「それは返事しづらくない!?」
「や、冗談。そんなに並んでなかったし……どこに行ったのかなぁ……」
小林と2人でキョロキョロと辺りを見渡す。すぐに小林と俺の視線が同時に一点で止まった。
トイレから少し離れたところにあるドリンク売り場。そこに理栗は立っていた。
何やら男に囲まれていて――ってこれヒロインがナンパされているところを助けて仲良くなっていくあるある展開だ! 近づいたら主人公にされてしまう!
「ね、あれってナンパかな?」
小林が目を細めて理栗の方を見ながら尋ねてくる。
「そっ……そうみたいだね……」
「じゃ、高橋の出番だ。彼氏のフリをして助けて、理栗とフラグでも立てちゃいなよ」
フラグクラッシャー小林改め、フラグ建築支援士小林。俺が理栗推しなら的確なアドバイスではあるけれど、それは俺にとっては困る提案だ。
あそこに助けに行けば確実に理栗の彼氏のフリをして助ける展開になるし、それがきっかけで仲も深まってしまう。なぜなら彼女はメインヒロインだから。原作にはない展開だろうと、この先に待ち受けている理栗との甘々生活は容易に想像がつく。
「いっ、いやぁ……どうかな……」
「行きなよ。高橋が一人で行ったら、きっとキミは今日から主人公だよ」
小林は少しだけふてくされたように言った。小林が俺が主人公になることを望んでいない理由は分からないけれど、方向性は合致しているように思った。
「俺さ……主人公になりたくないんだよね。ずっとモブでいたいんだ。小林と一緒にさ」
小林がハッとした顔でじっと俺を見てくる。嬉しそうに口角が上がったり、恥ずかしそうに顔を赤らめたり。
短い時間で色んな表情を見せた小林は「このフラグをへし折るなんてもったいないぞ。ばーか」と言って俺の手を掴んで理栗の方へ2人で駆け出した。
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