第11話

 大型連休の少し前の週末、俺は国内でも随一の人気を誇るテーマパーク、ネズミーランドの敷地内に併設されたホテルの受付に1人で立っていた。


「高橋様……お一人様でご宿泊でお間違えないでしょうか?」


「は、はい。そうです」


「ありがとうございます。お部屋は1122号室、こちらがお部屋の鍵です。お困りのことがありましたら何なりとフロントにご相談くださいね!」


 フロントのお姉さんがホスピタリティ全開の笑顔で、俺がボッチでネズミーランドにホテル宿泊をしてまで楽しもうとしている変態という事実を包み込もうとしてくれている。


 しかも部屋番号は『いい夫婦』。こんな部屋、さっさと埋めてくれ、と思ってしまう。


 俺が1人で『いい夫婦』の部屋に宿泊することになった経緯は次の通り。


 まず、理栗が商店街の抽選会でネズミーランドペア宿泊付きチケットを当てた。


 理栗は相手に俺を指名。何なら俺は小林と行きたいくらいだし、そもそも俺はモブとして生きていたいためこれを固辞。断る方便として親に確認することにした。


『いくら仲が良くても高校生2人でお泊りはダメかなぁ……^^;』


 少し年齢を感じる俺の母親からのメッセージのスクショを理栗に送りつけたところ、理栗からは次のメッセージが返ってきた。


『高校生3人以上ならいいって……コト!?』


 理栗は屁理屈とも取れるアイディアに基づいて小林を勧誘。仲の良い他のヒロイン達を誘わなかったのは、3人組を作るのに友人グループの誰か1人だけを誘うのは角が立つから、という理由。女子って面倒くさい。


 そんなわけで、料金は3人で折半することで親から許可を貰った理栗と俺と小林の3人で宿泊の上、ネズミーランドを2日かけて満喫することになってしまった。


 当然、こんなイベントは原作にはない。何が起こるのかまったく予想のつかない週末になってしまった。


 フロントでの手続きを終えたところで背後からカシャリ、と音が聞こえた。


 振り向くと、頭にネズミの耳をつけた小林が理栗と並んでソファに腰掛け、ニヤニヤしながら俺にスマートフォンを向けていた。


 早歩きで小林と理栗の元へ向かう。小林の私服はモノトーンで統一された大きめのニットに細身のズボン。対する理栗は白いブラウスに淡い色のフレアスカートと清楚系のど真ん中を行っていて、2人はかなり対照的だ。


「今、何か撮ったよね?」


 小林に尋ねると、コクリと頷いた。


「や、思い出にね」


「俺が受付している時の背中なんて容量の無駄すぎない!?」


「おっ、見て見て。ちゃんと高橋って認識してくれてるよ。背中だけなのに」


 小林が興奮した様子で俺の背中に『高橋』と吹き出しが自動でつけられた画像を見せてくる。


「すごっ……なんで背中で分かるんだろう……」


 モブキャラの背中からのショットだけで分類できるほどAIの性能が良いということなんだろうか。小林の隣から覗き込んだ理栗が画面を見て何かに気づいたように微笑む。


「多分だけど……同じような画像が小林ちゃんのスマホにたくさん保存されてて、そこから推測してるのかもね」


「俺の背中の写真が……?」


 小林の席は俺の真後ろ。つまり、普段から写真をたくさん撮っている?


 小林は、俺と理栗の頭の中にある仮説の検証をさせるつもりはないらしく「部屋、行こうよ」と言って立ち上がる。


「高橋の部屋、何番?」


「1122」


「わ、いい夫婦じゃん。誰と泊まるの?」


 小林は即座に番号の語呂合わせに気づいてニヤリと笑う。


「1人だよ!?」


「ふぅん……後で理栗と遊びに行くよ」


「ダメだって。約束してるじゃん」


 それぞれの親が了承する前提になった条件がある。それは、お互いの部屋には行かないこと。もっともな条件ではあるけれど、それを守るかどうかは俺達の良心にかかっている。


「ま、たまたま突撃した部屋が高橋の部屋だったってだけだよ」


「ホテルで他の部屋に突撃しちゃダメだよ!?」


「ま、私達の部屋は最上階のスイートルームらしいから、わざわざ他の部屋に行く必要はないんだけどね」


 理栗が嬉しそうに微笑む。


「そんなに豪華なの!?」


「うん。なんか、私達の部屋がダブルブッキングしちゃってたらしくて。代わりに空いてる部屋にしましたってことでアップグレードされちゃったんだぁ」


 理栗はなんてことないように言うがこれもかなりの幸運ではある。相変わらずのメインヒロイン力だ。


 惜しむらくは相手が小林推しの俺のため、いくらスイートルームだろうとフラグは立ちようがないということ。


「じゃ……荷物を置いて20分後にまたここに集合でいいかな?」


 俺がそう言うと2人も頷いてカバンを手にする。


 そのまま3人でエレベータに乗り込み、俺の部屋のある11階と2人の部屋のある16階のボタンを押した。


 止まることなく11階に数十秒で到着。


 エレベータを降りて振り向き「また後で」と言って手を振ると小林は真顔のまま、理栗はにっと朗らかな笑顔で手を振り返してくれた。


 ◆


 エレベータの扉が閉まり、11階から16階に向かい始めた。


「ね、理栗。私も呼んでくれたのは嬉しいけどさ、ぶっちゃけ高橋のことどう思ってるの?」


 2人きりになった瞬間に気になっていたことを理栗に単刀直入に尋ねる。


 理栗は顔を赤くしながらも「うーん……」と俯いて答えを濁した。


「気にはなるけど……まだ友達だよ、友達。だから一緒に行きたいなって思うわけで」


 照れくさそうに話す理栗の横顔からは何となく恋の匂いがする。この世界にヒロインがいるとしたら理栗は主役のヒロインにぴったりなんだろう。


「ふぅん……そっか」


「小林ちゃん……仲いいよね。晃平と」


「モブ仲間だから」


「モブ?」


「そ。私も高橋も地味で隅っこにいるだけの背景。だから馬が合うんだ」


「そっかぁ……けど、小林ちゃんにとって晃平はモブじゃないんだよね?」


「や、モブは――」


 モブはモブ、と言いかけて理栗の言うことにも一理あると思った。クラスのカーストや一軍二軍みたいな概念を気にせず、私の主観で見れば高橋はモブなんかじゃない。いの一番に視界に入る――


「や……な、なんか良くないや。私は主人公にはなりたくないし……日陰がいいや」


 理栗は私に穏やかな視線を投げかけてくる。


 16階に到着するとポーンと音が鳴った。機械的な音ではなく、柔らかい木琴のような音で細かいところにホスピタリティを感じる。


 エレベータを2人で降りて部屋に向かう。廊下は柔らかい絨毯が敷かれていて、歩く度に沈むようだ。それが自分の気分とリンクしている錯覚に陥る。


「ねぇ小林ちゃん。さっきの主人公になりたくないって、どういう意味なの?」


 理栗が不思議そうに尋ねてくる。


「……誰かに見られたり、求められたり、望まれたり。そういうのってしんどいなって。だから背景みたいに隅っこにいたいんだよね」


 理栗は「ふぅん……」と理解したのかしてないのか、わからない表情で上を向いた。


 そして、少しして私の方を見て、悲しそうな顔をしながら頬ずりをしてきた。


「小林ちゃん、こんなに可愛いのにもったいないよぉ!」


「ちょちょ……離れて離れて……」


「ま、見て欲しい人に見られてないって意味だと、私もモブキャラなのかもね」


 理栗は私に頬ずりをしたままボソッと呟いた。


「理栗……」


 理栗が離れていき、ニッコリと笑って部屋の前に立ち、扉を開けた。


「なんてね。けど……もっと見てくれたら良いのになぁ……なんて我儘を言ってみたり」


 理栗にとって私はライバルですらないのかもしれない。あくまで高橋との1VS1。そりゃそうか。所詮私は背景、モブなのだから。自分もそれを望んでいるのだから。それなのに、妙にモヤモヤするのは何故なんだろう。


 ◆


 片付けを終え、ロビーに集合してテーマパークの入り口に向かう。


 俺を挟む形で左を理栗、右を小林が歩いている。


 正面を向いて歩いていたのだが、やがて首筋が妙に痛んできた。


「いたた……」


 左の方を向くと痛みが紛れる。


「ど、どうしたの!? 大丈夫?」


 理栗が心配そうに俺を見てくる。


「う、うん……大丈夫……だけど正面は――いだだ! 左を向くと楽になるなぁ……」


「あはは! 何それ! 仕方ないから私の方を見てればいいよ」


「高橋、右は?」


 小林に言われるがまま右を向いてみるも、痛みに耐えかねて左に首を戻す。


「痛いです……」


「や、そっか。仕方ないね」


 小林は俺の右から離れて回り込み、理栗を真ん中にする形で理栗の更に左隣に立った。


 そこから俺を覗き込んできて、ピースサインをする。


「ま、私は背景だから。じっくりと理栗のことを舐め回すようにエロ目で見てればいいよ」


「わ、変態的な視線が向いてる〜」


 理栗も小林に乗っかってケラケラと笑う。


「そんなことしないよ!?」


 しかし不思議だ。急に首が痛みだすなんて。筋肉でもつったんだろうか。


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