第10話

 小林と2人で帰っている途中、商店街の入り口を通りがかると何やら風船のついた立て看板が置かれていた。『大抽選会開催中!』と書かれている。


 小林はそれを冷めた目で見て「ふーん」と呟いた。


「興味あるの?」


「や、今の反応でそう思えたならだいぶポジティブだよ」


 小林は笑いながら看板から視線を外した。


「こういうの、一度も当たったことないんだよね。小さい頃に参加したイベントの抽選会とか、ショッピングモールのガラガラとか、ビンゴ大会とか」


「そういうもんだよ」


「だよね。けどさぁ……なんか、その度に『私は持ってないな』って思ってさ。主人公ならサクッと一発で一等を当てたりするんだろうね」


 小林は遠くでやっている抽選のガラガラを見つめながら寂しそうに呟く。


「試してみる?」


「や、モブ2人なんてたかが知れてるよ。それに、私は主人公になりたくないんだから、ポケットティッシュがお似合いだし」


「ま……そう言わずにさ」


 看板を見ると、1000円分の買い物や飲食で1枚の抽選券がもらえるらしい。


「小林ー、適当に喫茶店でも入る?」


 俺が目についた適当な古めかしい喫茶店を指差すと小林はコクリと頷いた。


「ん。いいじゃん。放課後にレトロ喫茶デートってことね」


「でっ、デートじゃないよ!?」


 俺が慌てて否定すると小林は俺を挑発するようにニヤリと笑った。


「ふぅん……そうなんだ? けどさぁ……抽選券を貰うためにカフェに入るっていうのもなんか浅ましくない? もっとちゃんとした理由で店に入ってお金を払いたいじゃん」


「それがデート?」


「ん。そう。ま、だから……そっ、そんなに肩肘張らずにさ」


 小林は自分で言っていて恥ずかしくなったのか、顔を赤くして肘を直角に曲げて外に突き出した。


「すっごく肩肘を張ってるじゃん……」


「ほら、行くよ」


 小林はロボットのようなぎこちない歩き方で喫茶店に向かった。


 ◆


 喫茶店の店内は老人だらけ。高校の制服を着た俺たちはかなり浮いている感じがしてしまう、タイムスリップしたかのような古めかしい内装を見渡して小林は「落ち着くね」と言った。


 俺も「そうだね」と返事をしてページが黄ばんで歴史を感じさせるメニューを開く。


 2人で1000円分頼めば良い。だが、コーヒーは490円だった。


「小林、ウィンナーコーヒーにしたら?」


「や、高橋さ。それって自分が安いコーヒーで済ませたいってことだよね。私はホットコーヒーにするから、高橋がカフェ・オ・レにしたらいいじゃん」


 小林は妙に良い発音でカフェ・オ・レと言う。


「……カフェオレ?」と尋ねる。


 小林は「カフェ・オ・レ」と言い直した。


「じゃあ……カフェラテ?」


「ん。カフェ・ラ・テ」


「もしかして、バスコダガマ?」


「それはバスコ・ダ・ガマ」


「そうなると、コバヤシ?」


「や。コ・バヤシ」


「小林はそこで切れるんだ……」


「この辺までが『コ』だよ」


 小林は自分の胸元を指差す。身体を適当に4つに分割してコバヤシの4文字をあてがうと、どうやら胸から下が『バヤシ』になるらしい。


「その理屈で行くとバスコ・ダ・ガマの『ダ』はどこになるの……」


「膝くらいじゃない?」


 小林は興味なさそうにメニューを見ながら答える。


「あ、ねぇねぇ高橋。プリン・ア・ラ・モードもあるよ。飲み物大盛りにして2枚にしようよ」


 俺が頷くと小林は手を挙げて近くを通りがかった店員を呼び止めた。


「カフェラテの大盛りとプリンアラモードと……」


 小林が普通にメニューを読み上げて、俺に注文を促した。


「カフェ・オ・レでお願いします」


 店員が怪訝な目で俺を見てくるも、何も指摘されずに「カフェオレ」と復唱されてしまった。


 店員が離れて行ったところで小林が笑い始めた。


「ふふっ……本当に言っちゃったね」


「むしろ小林が言わなかったのに驚いたんだけど……」


「や、思い出したんだけど、ここにはデートとして来てるわけで。ふざけすぎるのも良くないなって」


「そこが小林のいいところなんだから遠慮しなくていいのに」


「や、高橋は変な人だよね。こんなのがいいところだなんてさ」


「そう? 変だから――」


 好きなんだよね、と言いかけて慌てて口を閉じる。これは小林を俺から見た主人公にしてしまう言葉だし、何よりまだ数日なのでさすがに言えない。


「高橋、どうしたの? 変だから、の続きは何?」


 小林は微笑みながら聞いてくる。怒っているわけじゃなくて、誘い水のように優しく聞いてきた。とはいえ、言えないのでどうしようかと思っていると、その時、テーブルにカラフルなフルーツトプリンの乗った皿が置かれた。


「お待たせしました〜。カフェラテとカフェオレと、自家製プリンアラモードです」


 注文した品の到着により、小林の興味がじっとプリンアラモードに注がれる。


 案外甘いものが好きなのかもしれない。


「ね、高橋」


「何?」


「『自家製プリンアラモード』ってさ、どこもそうじゃない? むしろそれをやめたらただ買ってきてるだけになっちゃうよね」


「た、確かに……」


 ふと気になってメニューを開き直す。そこには小さく『自家製プリンの』と書かれていた。


「本名は『自家製プリンのプリン・ア・ラ・モード』らしいよ」


 メニューの該当部分を指差しながら教える。


「よかった、私の親はまともで」


「娘に『自家製プリンのプリン・ア・ラ・モード』なんてつける人はいないよ!?」


「ふふっ……そうだよね。けど響きもいいし改名してもいいな。『プリン・ア・ラ・モード小林』に」


「呼ぶ時にいちいち『アッラッ』って切るの面倒なんだけど……」


「けど、私はもうプリン・ア・ラ・モード小林だから。小林って呼んでも反応しないよ?」


 小林は笑いながらそう言って、カフェラテに砂糖を多めに入れる。やはり甘党気質らしい。


「小林〜」


 俺が名前を呼んでも小林は反応せずにカップを口にする。


「小林〜」


 俺が名前をもう一度呼んでも小林は反応せずにプリンをスプーンで切り取る。


「コ・バヤシ」


 俺が3度呼ぶと小林は「ぶふっ」と吹き出した。


「や、お得だ、お得」


「何がお得なの?」


「改名したら高橋が私の名前をたくさん呼んでくれるから」


「それってお得なのかなぁ……」


「お得だよ、私にとっては」


 小林は俯きがちに微笑む。これは照れているのか!? なんなんだ!? わからんぞ!?


「ぷ……プリンアラモードみたいなこと言ってるね」


 混乱してしまい、良くわからないことを口走る。


「や、ごめん。さすがに私もそれは拾えないや。糖分とって頭の回転を良くしたほうがいいかもね」


 小林は真顔でそう言うとスプーンでプリンをすくい、俺の口元に持ってくる。


「あーんだよ、高橋」


 小林がニヤニヤしながら俺に口を開けろと促してくる。


「プリンアラモード小林とアーンダヨ高橋のコンビか……」


「ふふっ……それやばっ……」


 小林のツボに入ったのか、スプーンをその場に置いてお腹を押さえて笑い始めた。


 ◆


 喫茶店で小一時間くつろいで、抽選会の会場に向かう。


「なんだろ……ちょっといいやつが当たる気がする。根拠はないけど」


 小林は気分がいいらしく、そんな事を言った。


 特に並んでいないので、受付の人に券を2枚渡して。小林が1回回す。


 出てきたのは白い玉。ハズレだ。


「ま、こんなもんか」


 小林は真顔で呟く。


「そりゃそうだよ」


 俺も1回回す。それでも出てきたのはハズレの白い玉。


「ま、所詮モブはモブ、か」


 小林は奇跡に期待していたのか、少しだけ残念そうに呟く。


「それでいいと思うけどね。別に。モブにはモブなりの楽しみがあるんだから」


「おっ!? 晃平と小林ちゃん?」


 ポケットティッシュを受け取りながら小林と話していると、背後から女子の声がした。


 振り返ると買い物袋を持った理栗が一人で立っていた。


「理栗、やっほ」


 小林が少しだけ俺との距離を詰めて俯きがちに挨拶をする。


「あ……回すの?」


「うん! 晩御飯の買い出ししてたんだぁ」


 理栗は一人で暮らしている設定。そのため、買い物も毎日自分でしている。


 とはいえ、抽選会のイベントなんて原作にはなかった。


 だから理栗もティッシュをもらって終わりだろう、なんて考えながら場所を譲る。


 理栗が俺の方をちらっと見てにっと笑い、ガラガラを回す。


 コロン、と出てきたのは金色の玉。


「おっ……おめでとうございまーす! 一等! 一等でーす! 『ネズミーリゾート宿泊券付きペアチケット』でーす!」


「わっ! やった! 当たった!」


 理栗は嬉しそうに飛び跳ねて俺と小林に抱きついてきた。


 メインヒロインは豪運すぎる!

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