第9話

 放課後、校則を見直す委員会が開催される2年生の教室にやってきた。


 クラス毎に代表が集まっていて、どのクラスの人もいかにも真面目で優秀そうな人が集められていた。


 そういう意味で六波羅はメインヒロインの風格があり可愛すぎて浮いているし、俺はモブキャラすぎて埋もれている。


「やはり他の高校に合わせて女子もズボンを選べるようにすべきです!」


「そもそも制服いる? 要らなくない?」


「あー、そういえばツーブロック禁止なのも意味分かんないよな」


 皆、各々の希望をいうだけでそれを通すためにどうすべきなのかは誰も議論しようとしない。要望だけまとめてもおそらく校長も判断できないだろう。せめて、緩くした場合のリスクと対策くらいはリスト化すべきじゃないか。


「あ、あのー……」


 俺が手を挙げるもモブキャラの俺に見向きする人はいない。


「ってか授業中にお茶飲んだら怒られたんだけど。別に良くない?」


「ピアスつけたーい!」


「ネイルもオッケーにしてもらおうよ!」


 気の弱そうな3年生の委員長が前に立って仕切ろうとしているが皆が好き勝手に意見を言うため全くまとまる気配がない。


「あ、あのー……」


 俺はもう一度手を挙げてみるも、全員がスルー。委員長はガヤガヤと好き放題に出てくる意見をひたすら黒板に書くだけの書記係と成り果ててしまった。


 俺の隣の席で苦笑いして黙っていた六波羅がダン! と机に手をついて立ち上がった。


「ちょっと! 皆一回だまろうか! ここにいる高橋君が今からすっごいいいこと言うから!」


 六波羅!? ハードル上げ過ぎじゃないか!?


 だが、さすがにメインヒロインだけあって、六波羅の魅力から周りの人も言葉に耳を傾けて次第に教室が静かになる。


 視線が徐々に六波羅から俺に移ってきたのでもう一度手を挙げて話す。


「色々な要望が出るのはいいと思うんですけど……せめて校則を緩くした時のリスクや対策くらいはセットで考えた方が先生達も判断できるかなーって……思ったり思わなかったり。それだけです……」


 俺が話すのをやめると委員長がしっかりと頷いた。


「うん……確かにそうね。高木君の言う通りだと思う」


「あ、高橋です」


「確かに! 高柳の意見に賛成!」


「た、高橋……」


「高田君、冴えてるじゃ〜ん」


「あ……はい、高田です……」


 他のクラスの代表が褒めてくれるも名前が誰も合っていない。諦めて高田を受け入れてしまった。モブキャラは名前すら認知されないのか……


「それじゃ、近くの人でリスクと対策についても話し合ってくれる?」


 委員長の合図で皆が各々近くの人と話し始める。六波羅は俺の方に体を向けて椅子を前に出して近づいてきた。


「高田君になっちゃった?」


「名前すら覚えてもらえないよ……けどさっきはありがと。六波羅さんのお陰で意見が言えたよ」


「私は何も。あ、ねぇねぇ、名前と言えばさ。私の名前、知ってる?」


「え? り、理栗だよね?」


 六波羅はコクリと頷く。


「うん、そう。六波羅って呼ばれるより、理栗って呼ばれる方が嬉しいなって」


 名前で呼べということか。正直、六波羅と仲良くなるのはあまり好ましくない。俺は十文字に成り代わりたいわけではないので、このまま主人公ポジションに就きたくはないからだ。


「ふぅん……」


「おーい! たかだー!」


 六波羅がすぐ近くで大きな声をだした。これは勝てない。


「は、はいはい……理栗ね、理栗理栗」


「うん、それでよい」


 理栗はニシシと笑って自分と俺と交互に指差しながら「理栗、晃平」と言う。


「……俺の名前知ってるの!?」


 本来は名前もないモブなのに!?


「もちろん」


 理栗は屈託のない笑みを浮かべて頷いた。


 ◆


 教室に戻ると、小林が自席で読書をしていたり、ヒロイン達が理栗を待っていたりした。


 教室の出入り口で「じゃーね。晃平」と言って理栗が手を振って友達のところへ小走りで向かっていった。


「うん、理栗もお疲れ」


 俺は自分の席に後ろ向きで座って小林の方に身体を向ける。


「小林〜聞いてよ〜」


 本に栞を挟んで脇に置いた小林は顔の左半分がニヤけ、右半分が怒っていた。


「感情がハーフ&ハーフになってるよ!?」


「や、なにそれ」


 小林が左側の口角だけをあげて笑う。声のトーンからして本当に自覚がないらしい。


「ま、けど心当たりはある」


「そうなの?」


 小林は顔の右半分を指差しながら「理栗? 晃平?」と尋ねてきた。


「あ……な、なんか流れで……」


「ふぅん……流れで、ねぇ……」


「小林って名前なんなの?」


「ヤバ子」


「小林ヤバ子……回文じゃん」


「そ。回文なんだ。ま、私達はいいよ。小林と高橋で」


 小林は怒りの原因を表に出したからか、右半分の怒りが消え、左半分と統合されるように顔中が笑顔になる。その挙動だけ見ると『ヤバ子』だ。


「……で、笑顔の理由は?」


 小林はまた嬉しそうに「ふふっ」と言い、机にぐでーっと身体をつけるように寝そべって俺を見てきた。


「真っ先に私に話しかけてくれた」


 上目遣いで嬉しそうにそんな事を言われるので、顔が赤くなるのがわかる。


「そっ……そんなことで……」


「そんなことが嬉しいんだよ。あ、そういえば何か言いたそうじゃなかった?」


「実はさ……俺があまりにもモブすぎて皆名前を間違えまくるんだよ」


 小林は真顔になり、ワンテンポ遅れて爆笑し始めた。


「ふっ……ふはっ……な、なにそれ……ヤバ……ヤバ子だヤバ子……」


「いやでも本当なんだって。高田とか高柳とか、全然かすってなくない!?」


「ふふっ……大変だね。その点、小林はいいよ。間違えるパターン、無いから。高橋も小林になってみる?」


「そうなったら小林が俺を呼ぶ時も小林になるんだよね?」


「そうなるね。小林と小林が話してるんだから」


「……分かりづらくない?」


「名前って大事だね。ヤバ子と晃平って呼ぶようになっちゃいそう」


 小林はヤバ子と言いながら俺を指差し、晃平と言いながら自分を指差した。


「さりげなく名前をスイッチしてヤバ子を押し付けないでくれる!? 大体ヤバ子って何!?」


「弓矢の矢に、羽毛の羽で矢羽子」


「ヤバネコじゃん」


「コバヤシヤバネコ。にゃん」


 小林は真顔でネコの手を作り、似合わない可愛らしい仕草でそう言う。


「で、ヤバ子の名前は何なの?」


 小林は無言で教卓に置かれている名簿を指さした。


 本人の口からいうつもりは無いらしいので、立ち上がって名簿を見に行く。


 原作はおろか、どこでも決められていなかった小林の名前を見ることになる。小林は小林、そういう固定観念に囚われていたので妙に緊張してしまう。


小林こばやし恋鞠こまり


 いや、名前可愛いんかい。


 チラッと小林を見ると恥ずかしそうに俯いていた。名前のジャンルが自分のキャラと合っていないから呼ばれるのが好きじゃないとか、そういうことなんだろう。


 席に戻って「ヤバ子だったね」と言うと小林はふふっと笑う。


「でしょ? だから小林でいいんだ」


「了解。可愛い名前だと思ったけどね」


「ま……わ、私には可愛すぎるというか……」


 やっぱりそういうことか。


「あ、ねぇ高橋」


「何?」


「理栗にはなんて言ったの?」


「何が?」


「名前の感想」


「いや……何も言ってないけど……」


「ふぅん……そっか」


 小林はこれまた嬉しそうにはにかむと、今度は顔の右半分が緊張したように引きつりだした。


「な……何? 大丈夫?」


「ううん。なんでも。けど、私は暇してたから高橋と一緒に帰ってあげてもいいよ。寄り道もしてあげないこともない。割り勘で何か買い食いをしたい感じもしている」


 回りくどい言い方! 顔の右半分の表情はもとに戻ったのでこれを言うために緊張してたのか!?


「じゃ……じゃあ一緒に帰る?」


 小林は「うん」と普段と変わらない落ち着いたトーンで言いつつも、今日一番の笑顔で頷いたのだった。

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