第8話

「あっつ……」


 4月だというのに、今日は6月並の気温らしい。登校後、首元の暑さに耐えきれずにネクタイを緩める。


 ブレザーも脱いでしまいたいけれど、汗ジミが気になってしまい脱がずに席について顔をノートで扇ぐ。


「高橋、おはよ」


 ガラガラと椅子を引いて後ろから小林が声をかけてきた。


「おはよう。今日暑いね……」


「ん。そうだね」


 小林はちっとも暑いと思ってい無さそうな真顔で頷いた。顔も汗一つかいておらず涼しい顔をしている。


 そんな小林は俺を見て目を見開いた。


「あ! 高橋、ネクタイはちゃんと締めるのが私の好みのスタイルだから」


 小林はそう言いながら前のめりになって俺の首元に手を伸ばしてきた。キュッとネクタイを引っ張って緩めていた首元を整えた。


「あ……暑いんだけど……」


「お洒落はガマンだよ」


「その言葉って薄着の時に使うことが多くない……?」


「冬にミニスカート履いたりね。高橋もミニスカート履いたら? 暑いんでしょ?」


「涼しくはなりたいけど変態になりたくはないかな!?」


 小林と話していると妙にカッカしてしまう。またネクタイを緩めるために首元に手を持っていくと、小林がまた手を伸ばしてきて俺の手を制した。


「ネクタイを緩めてる男子、あんまり好きじゃない」


「なんで?」


「主人公っぽいじゃん?」


 小林はニヤリと笑う。自分の性癖を開示しているのに全く照れていないのは何とも小林らしい。


「なら仕方ない」


 小林の要望を叶えるために笑ってネクタイを締め直す。俺はモブキャラ高橋。個性なんて出すもんじゃない、と改めて自分の立場を再認識した。


 ◆


 朝のホームルーム。担任の先生が「面倒な話があるー」と切り出した。


「最近は女子でもズボンタイプの制服を選べたりするだろう? 後は下着や靴下の色なんかも校則で指定されてたりする。そういう、古めかしい校則を生徒も交えて見直したいと校長が言い出した。ついては各クラスから代表を男女1人ずつ出さないといけない。誰かやりたい人はいるか?」


 これは原作にもあった展開だ。ここで六波羅が立候補し、相方に十文字を指名する。その活動の中で距離が縮まる……というものだ。


 そういえば六波羅が校則に違反していないことを証明するために十文字に下着の色を見せるイベントもあったな……なんてことを思い出す。


 まぁ、何にしても俺には関係のないこと。頬杖をついてリラックスし、六波羅が立候補するのを待つ。


 だが、この世界線の六波羅は一向に動かない。よく考えたら六波羅は十文字とほとんど絡んでいないので、立候補して指名するほど十文字に気持ちが動いていないのかもしれない。


「誰もいないのかー? いないなら先生が指名するぞー」


 六波羅は尚も手を挙げない。


 まぁ、俺が選ばれることは――


「おっ、高橋ー。今日は暑いのに真面目にネクタイを締めて偉いな? どうだ? 適任じゃないか?」


「えっ……」


 これは……小林が俺にネクタイを締めさせたからなのか!?


 そもそも、新しい校則を作るならむしろ制服を着崩している人の方が向いているんじゃないか、と言いたくなるが教室中の視線が俺に集まり「受けろ」と伝えてくる。


「は……はい……やります……」


「おお! そうか! じゃあ女子は――お! 六波羅、やってくれるのか?」


 全員が教室の後方にある六波羅の席を見た。六波羅は真っ直ぐに手を挙げていて、先生の言葉に笑顔で頷いた。

 

 ◆


 休み時間、後ろを向いて小林に話しかける。


「俺が選ばれたのって絶対に小林がネクタイ締めたからだよね?」


「や、それはさすがにバタフライエフェクトじゃん?」


「言いがかりをお洒落に言い換えてる!?」


「ふふっ……伝わって嬉しい」


 小林は言葉通り嬉しそうにはにかむ。


「ま、けど……ちょっと羨ましいや。私も手を挙げたかったけど……ああいう場面で前に出る勇気はないし」


「今からでも変わってもらえば?」


「や、大丈夫。それよりさ、高橋。校則の下着の色に黒とピンクをねじ込んでおいてよ。今って白かベージュしかダメなんだよね。だから私は今この瞬間も校則違反しちゃってる。バレてないけど」


 つまり……白でもベージュでもない……黒とピンク……頭の中で小林の下着の色を次々と想像し始めてしまう。


 小林は俺を見てニヤニヤし始めた。


「高橋分かりやすすぎ。今絶対に脳内で着せ替えしてたでしょ?」


「しっ、してないよ!?」


「ふぅん……知りたい? 黒がピンクか」


 知りたい。


「知りた……くないよ!?」


 ギリギリ理性が否定してくれた。小林はそんな俺を見て楽しそうに笑っている。


 2人で話していると、俺の隣の席の椅子が空いていたので、そこに六波羅が座った。


「やーやー高橋君。面倒な事になっちゃったねぇ」


 六波羅は笑いながらそう言う。メインヒロインだけあって、雰囲気は清楚そのもの。吐息にすら綺麗な色がついていそうだ。


「六波羅さんは自分から飛び込んだようなものだけどね……」


「それはそう」


 六波羅はニシシと笑う。


「小林ちゃんはどうにかしたい校則ってある?」


「今まさに高橋とその話をしてたんだ。下着のやつ」


「あー……さすがに古いよねぇ……ま、先生は確認してないし誰も守ってないでしょ。私は――あ」


 六波羅が口を押さえて顔を赤くして俺を見てくる。


「別にそれだけ言われても何も想像しないから……」


「ふぅん……私の時は想像してたのにね」


 小林が机に頬杖をついてニヤけながらそう言った。どことなく勝ち誇った表情をしている。


「そっ、そうなの!?」


 六波羅が驚いて目を開いた。


「してないから……」


「うぅ……」


 六波羅は俯いて何かを考え込む。やがて覚悟を決めたように顔を上げてキッと鋭い目つきで俺を見てきた。


「みっ……水色!」


「えっ……?」


 俺が戸惑っていると、六波羅は顔を真っ赤にして息を吸った。


「今日は……み、みじゅいろ! カーキとピンクと黒もあってローテしてる!」


「あー……う、うん……?」


「あのね高橋。今ね、理栗は今の下着の色と手持ちの色を全部ぶちまけたんだよ」


 小林が真顔で解説をしてくれた。


 しまった……小林とこんな話をしていなければ六波羅が実際に見せてくれたかもしれないのに……いや、六波羅は校則を守っていることを証明するためにパンツを見せるイベントがあったはずだ。


「あ……あれ? 六波羅さんって校則守ってると思ってたよ……」


「う……ほ、本当は白……です……」


 六波羅が俯いてそう言う。なんだったんだ、この一連の嘘は。


「わ、エスパーじゃん。エスパーっていうか……下着透視の名人?」


 小林が感心した様子で俺の肩を突いてくる。


「高橋に名人ってつけると別人になっちゃうから……」


「や、それはそう」


 小林とニヤリと笑い合う。小林は「ね、理栗」と言って六波羅の方を見た。


「な……なに?」


「黒とピンク、ねじ込んできてね」


「う、うん! 任せて!」


「そもそも色で制限かける必要ないでしょ……」


 俺がそう言うと女子2人は力強く頷いたのだった。

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