第7話

 放課後、真っ直ぐに帰宅しようと校門を通ったところで、校庭を囲う柵の前で小林が壁に背中からもたれかかって立っていた。


 誰かを待っているんだろうか、なんて思いながらその前を通ると、小林が俺の腕をガシッと掴んで引き止めてきた。


 驚きながら振り向くと、小林がニタニタと笑いながら俺を見ていた。


「こっ……怖いんだけど……」


「や、最上級に嬉しい時はこうなるんだ」


「何それ……」


「私はここで高橋を待ってた。で、一人なら声をかけようと決めていて、逆に誰かと一緒ならモブとして背景に徹するつもりだった」


「その割には門を出たときから気づいてたけどね」


「や、人は見たいものを見るんだよ。背景かどうかなんてその人の価値観次第」


「じゃ、小林は俺から見たら主人公?」


「や、それは荷が重いや」


 小林は俺の腕から手を離して隣に立って歩き出す。


「小林の家はこっち?」


「ん。そうだよ。高橋の家はこっち?」


 小林はそう言って地面を指さす。


「俺はモグラじゃないよ……」


じゃなくて、ってね」


 小林はちっとも面白くないギャグを言い、満足気にニヤける。


「ま、結局のところモブかどうかなんていうのは相対的なものなのかもね。好きな人ができるってそういうことなのかな? その人だけが主人公で、周りは皆モブに見えちゃう、みたいな」


 小林が妙に真面目なことを言うので考え込んでしまう。


「まぁ……そうなんじゃないの? その理屈で行くと小林は誰かに好かれると困っちゃうね。無理やりその人の中で主人公にさせられちゃうんだから」


「や、本当にそうだ」


 小林はそう言いながらチラチラと俺を見てくる。


「けど……ま、そうでもない人もいるかも」


「どっち!?」


「どっちかなぁ。主人公っぽいじゃん、そういうとこ」


 小林はニヤニヤしながら正面を向いて遠くを眺め始めた。


「……ん? あれなんだろ」


 小林が指差した先にいたのは一組の男女。片方はビシッとタキシードを着て、もう一人はウェディングドレスを着ていた。その近くにはカメラマンもいる。


 学校への通り道にある、文化財に指定されている古い建物を背景に前撮りでもしているんだろう。


「結婚式の前撮りかな」


 俺が予想を口にすると小林も同調して頷く。


「なるほどね。けど……もう少し後ろにいけないもんかな……」


 建物を大きく背景に入れたいのか、歩道と車道の際に2人が立っている。写真への写り込みを避けるために人が迂回しているようだ。


「本当だ……ちょっと通りづらいし迂回する?」


「や、正面突破だよ。ちょうどいいじゃん、私達ってモブなんんだし。良い背景になるよ」


 小林はニヤリと笑って俺の手を掴んだ。手を繋いだまま真っ直ぐ歩き、写真を撮っているカップルの後ろを背筋を伸ばしたまま通り過ぎた。


 当然写真に写り込んだだろうけど、カメラマンは気にせずシャッターを切っていたので問題なさそうだ。


 そんな様子を見ながら、少し離れたところで小林がニヤリと笑って口を開く。


「いい写真になったんじゃない?」


「まぁ……どうかな……」


 前撮りをしている2人からしたら背景に知らない高校生が写り込むなんて願い下げだろう。


 けれど、我が道を行く小林がどうにも格好良く見えた。


 ◆


 翌日、休み時間にぼーっとスマートフォンをイジっていると背後から女子達の声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ! これって小林さん?」


「んー……あ、そうかも」


 小林が返事をして俺の背中を突いてくる。


「どうしたの?」


「これ。昨日の前撮りしてた人じゃない?」


 小林が指差したスマートフォンの画面にはとあるSNSの投稿が表示されていた。


 見覚えのある文化財の建物を背景に仲睦まじく笑顔で立っている男女。その後ろには制服を着て手を繋いだ小林と俺が写り込んでいた。幸せそうな夫婦と俺達の対比が妙にエモさを醸し出している写真に仕上がっていた。


 添えられたコメントは『今と昔』というシンプルなもの。どうも俺と小林を昔の自分達に重ね合わせて表現しているようだ。


 そのちょっとしたエモさが理由なのか、その写真がかなりバズっている様子。


「え!? じゃあ2人って……」


 女子達がロマンスの匂いを嗅ぎつける。


「や、何もないよ。ただ手を繋いで歩いてただけだし。ね? 高橋」


「小林さん!? 手を繋いで歩いてたってことはつまり……って推論できちゃうんだよ!?」


「や、高橋どうしたの? 急にさん付けとかよそよそしいじゃん」


「えっ!? じゃあやっぱり2人って付き合ってるの?」


 はい来た。もうこうなったら言い逃れしたところで噂は広がりまくりだ。


 それでも小林は真顔で首を横に振る。


「や、ないない。私が誰かのことが好きになるとか、春なのに雪が降るくらい有りえないから」


「ふぅん……そっかー……」


 女子達はそんなに興味もなかったらしく、小林が冷たく否定するとそそくさと退散していく。まぁモブとモブの恋愛模様に興味がある人なんていないだろう――その時、鋭い視線を教室の隅から感じる。


 他のヒロインたちと集まって話していた六波羅が俺の方をじっと凝視していた。


 目が合うとこっちが慌てて視線を逸らしてしまった


「雪はまだでも……霜くらいは降りてるかなぁ……」


 小林がボソッと呟いた。六波羅からの視線に驚いていて聞き逃してしまう。


「え? 小林、今何か言った?」


 小林は首を横に振り「そういうとこ、主人公っぽいじゃん」と言ってニヤリと笑った。

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