第6話
入学直後のイベントも過ぎ去り、平和で退屈な授業がはじまった。
高校の授業は
余裕ぶってぼーっと授業を聞いていると、後ろから小林がツンツンと背中を突いてくる。
振り向くと1枚の折りたたまれた紙を渡してきた。開くと可愛らしい字で『暇そうな背中』という文字と、俺の背中のスケッチが描かれていた。
かなりクオリティが高く、まじまじと自分の背中の絵に見入ってしまう。
少しするとまた背中をツンツンとされた。先生が板書をしている合間に振り向くと小林がジト目で「返事」と囁く。
自分の背中のスケッチになんと返せと!?
仕方がないので『すごく忙しい』と書いて前を向いたまま手を後ろに回して小林に手紙を返す。
「嘘つき」
小林が背後から俺にだけ聞こえるように囁く。
この席は何かと小林に絡まれるので幸せだが、何かと小林に絡まれるためちょっと面倒な場所なのかもしれない、という矛盾を抱えている。
俺が小林を無視していると、後ろから小林が足を伸ばしてきて、俺の腰のあたりを足の指先でツンツンと突いてきた。
推しキャラにうざ絡みされて幸せ……だけどちょっと面倒。小林の足を掴んで足の裏をくすぐる。
「んあっ……」
小林が艶めかしい声を出し、教室が一瞬だけ静まり返る。
これは俺のやらかしだ。多分、休み時間には小林が一層のうざ絡みをしてくるんだろう、と覚悟を決める。
「ほらー、そこ! 集中しろー。さっきも何か落書きしてただろー。見てるからなー」
先生に見つかり、俺が怒られてしまった。
◆
休み時間になると、小林が早速「高橋〜」と俺を呼んできた。
椅子ごと振り返ると、小林は冷たい目で俺を見てきて、足を伸ばして俺の太ももに置いてきた。
「高橋、私は大きな勘違いをされたかもしれない」
「勘違い?」
「こう……あるじゃん? 遠隔操作のこう……ブルブルするやつで不意に『あっ……』てなっちゃう動画」
「だいぶ特殊なジャンルがお好きなようで……」
「や、エッチな動画はみんな好きでしょ」
「それはそう」
「ん。素直でよろしい」
「けどさすがにさっきの声でそこまで想像を膨らませられるへんた……変態は小林くらいじゃない?」
「言い直した意味ある? あ、それで本題なんだけど、これ見た?」
小林がスマートフォンで見せてきたのはサンプルのエロ動画――ではなく、何やら名前が羅列された画像だ。
池目×六波羅、池目×一ノ瀬、池目×二宮……とずらっと池目と女子の名前が書き連ねられた後に別の男女の名前が続いている。そして、最後に『高橋×小林』と書かれていた。
「な、なにこれ……」
知らないフリをしているがこのリストは知っている。原作では池目が自分に注目を集めるために作って拡散した。
それがすぐにバレて池目の立場は悪くなり、リストに含まれていた十文字がヒロイン達とさらに接近するきっかけになる、というイベントだ。
「新入生カップル予測表。この組み合わせで付き合いそうってリストらしい」
「誰が作ってるんだか……」
「ね。くだらない。けど……私たちも端から見るとそんな感じらしいよ。ま、最後に書かれてるのがいかにもモブって感じだよね」
「確かに」
「それと……多分これを作ったのは男子だろうね」
小林は自信を持って断言する。
「なんでそう思ったの?」
「だって名前が全部男子が先に来てるから。今の世の中的には炎上しそうじゃない?」
「ま……まぁ確かに……」
その時、六波羅や他のヒロインたちが教室の隅に集まって泣いている女子を慰め始めた。
「別に私は池目君の事好きじゃないもん……やめてよこんなの……」
どうやら泣いている女子もリスト入りしていたらしくそれにご立腹らしい。ヒロイン達が慰めながら池目に冷たい視線を向けているので居た堪れない空気になる。
「おっ……俺は作ってないぞ!? こんなリスト!」
池目が叫ぶも、その時池目の机からリストの元ネタと思しきメモ用紙が落ちてきた。状況は悪くなる一方。
小林はその様子を眺めながら俺にだけ聞こえる声量で呟く。
「これを誰が作ったかはもう明白だね」
「そ……そうだね……」
俺と小林の名前が入っているのは想定外だが、このイベントはシナリオ通りに進んでいる。ここに来てストーリーが元に戻ろうとしているんだろうか、なんて淡い期待を持ってしまう。だが、十文字の名前はなく、相変わらずモブキャラのままだ。
そんなことを考えていると、池目が俺の方を指差した。
「そっ……そうだ! 高橋がさっき授業中にメモ用紙に何か書いてたよな!? このリストは高橋が作ったんじゃないのか!?」
モブキャラに飛び火してくるなんて聞いてないよ!?
「お、俺はそんなの作らないよ……」
俺が否定すると隣で小林も頷いた。
「ん。そうだね。単に私が高橋の背中をスケッチして、その後も手紙の交換をしてただけだから。ってか別に誰と誰が付き合ってるとか興味ないし」
小林が冷たく言い放つ。
六波羅は空気を変えるようににこやかに「手紙の交換してたの?」と聞いてきた。
「あっ……やっ……そ、それは今はいいじゃん!?」
小林が慌てて誤魔化す。
教室中が「お前ら仲良しかよ」と言いたげな笑いたくなるポジティブな空気と池目のリスト作成に対するネガティブな空気が入り混じり、笑っていいのかダメなのかわからない微妙な感じになってしまった。
そのままポツポツと各々の会話に戻っていき、自然と池目のリストの件は流れてしまった。
「高橋……ごめんね」
小林が自席に座り俯いてそう言う。
「どうしたの?」
「自席で自責の念にかられている」
急に韻を踏むじゃん。
「本当に反省してる?」
「や……まぁ少しは。私と仲が良いって思われるの迷惑でしょ? 私、変なやつだし」
小林は本気でそう思っているようで、唇を噛み締めながらそう言った。
「迷惑なわけないじゃん」
小林がハッとした表情で俺を見てくる。
「ほ……本当に?」
「全然。むしろ好都合まである」
推しキャラを独占できるのだから。
小林は嬉しそうにはにかんで何度もしみじみと頷く。
「そっか……嬉しいね」
小林がそう言ってニッコリと笑いかけてきた。俺も笑みを返していると、六波羅が俺の席の方へやってきた。
「やっほ。ね、高橋君、ちょっとちょっと」
「ん? 何?」
六波羅に呼ばれ、2人で廊下に出る。
六波羅は壁にもたれかかり、可愛らしく笑いながら俺にスマートフォンで1枚の画像を見せてきた。それは、池目が作ったと言われているリスト。冒頭の池目×色々な女子の部分は画像編集でぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。
「これ……災難だったね」
「あはは……本当にね。一番下、見てみてよ」
六波羅が指差したところに書かれていたのは『六波羅×高橋』の文字。明らかに画像加工でテキストを追加したことがわかる手書きではないフォントだった。
「えぇ……誰が書いたの?」
「あはは……さぁねぇ。誰かな? けど……悪い気はしないよね」
六波羅は笑顔でそう言うと俺に手を振ってどこかへ行ってしまう。
女子の名前が先に書かれている……書いたのは女子の誰かなんだろうか。首を傾げながら六波羅の後ろ姿を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます