第5話
帰りのバスでは、六波羅を始めとするヒロイン達は二人ずつに分かれていて、六波羅は俺の真後ろの席に座っていた。
本来なら彼女は合宿で十文字と仲を深めて近くに座るところだが、十文字はモブキャラのように別の場所で男子と一緒に座っている。
池目に至っては女子エリアに行こうとしたのが先生に見つかり、今日はその罰なのか、筋骨隆々の男性教師と2人で最前列に座っていた。
実際に女子部屋まで行った俺がバレずにお咎めなしなのはモブキャラで存在感が薄いからなんだろう。
「危機意識高過ぎの高杉君」
俺の隣に座っているのは小林。今日は小林が窓側の席だ。小林は包帯をぐるぐる巻きにした指をうれしそうに見つめながら俺をいじってきた。
「高杉じゃなくて高橋だからね!?」
「危機意識高橋君だと伝わりづらいじゃん」
俺のした手当を後から保健室の先生が確認したところ、処置は概ね問題なし。だが、包帯の巻き方が大袈裟だと笑っていたらしい。
そこから転じて小林が俺を『危機意識高杉君』とイジるようになった。
小林も包帯をスリムにすればいいのに、俺の巻いたままの状態を意地でもキープしている。
「し、心配だったから……慌ててて……」
「ん。そうだよね。ありがと、高橋」
小林がにっと笑って俺の方を向く。真顔なことが多く真正面から笑顔を向けられることは多くないため、不意にドキッとさせられる。
「べ、別に大したことしてないから……」
「大したことじゃないことの積み重ねだよ。なんでもそう……と知ったような口をきいてみる」
小林は最後に取ってつけたような照れ隠しで誤魔化し、スマートフォンを取り出す。
「あ……充電ないじゃん……」
小林がボソッと呟いた。
「充電器使う? そこに電源あるし」
「や、大丈夫。なんかエッチだし」
「思春期すぎない!?」
「小林は思春期杉君だから」
小林はにやりと笑ってそう言う。
「……で、今のって何がエロかったの……?」
「私のスマホに男子のケーブルを挿すわけじゃん? もうそれってセッのメタファーだよね」
「言いたいことは分かるけど多分誰にも言わないほうがいいよ」
「ん。ちゃんと人は選んでるつもり」
幸か不幸か、俺はこれを受け止められる人として選ばれてしまったらしい。
「厳選した結果なら光栄だよ」
「ん。そうだよ。あ……けどペアリングはしてみたいかも。私のスマホに高橋のイヤホンを登録しとくんだ。どう? イヤホン貸してよ」
「充電ないんだよね……?」
「ん。だから登録するだけ。タイムリミットは迫りつつあるよ。早くしよ」
「はいはい……」
「私のはこれ」
小林とワイヤレスイヤホンを交換して、それぞれのスマートフォンに相手のイヤホンを登録し合う。
「はい、出来たよ」
小林にイヤホンを返すと、素直に受け取って小林はそれを耳につけた。
「暇だから何か流してよ」
「いいよ」
俺も自分のイヤホンを耳につける。
「同時に流せるの?」
小林が俺のスマートフォンを指差して聞いてきた。
「多分。前に説明動画で見たんだ。初めて使うけど」
「初めてで良かった。他の女のイヤホンが登録されてたら――」
小林が微笑みながら言いかけて口をつぐむ。
「と……登録されてたら?」
「とっ、登録されてたら、それは他の女のイヤホンが登録されてるってことなんですよ!?」
「政治家構文!?」
顔を赤くした小林が支離滅裂なことを言い始めた。
「はっ、早くなにか聞こうよ!」
小林に急かされるまま、アプリのトップ画面にある『チルでまったりリスト』というプレイリストを頭から再生する。
小林は背もたれに身体を預け、リラックスした様子で音楽を聞き始めた。
「あー……いいね。高橋とブルートゥースで繋がってる感じがするよ」
「それもセッのメタファー?」
小林からの返事はない。隣を見るとイヤホンをしっかり目に挿して目を瞑っていたので、独り言だったようだ。
自由な小林を見て思わず顔がほころぶ。
俺も背もたれに身体を預けてまったりし始めた矢先、イヤホンを片方誰かが取っていった。
後ろを見ると、背もたれの上から顔をのぞかせた六波羅が俺のイヤホンを耳につけているところだった。
「わ、お洒落なの聞いてるんだねぇ」
六波羅がニッコリと笑ってそう言う。
「て、適当に流してるだけだよ」
「ふーん……なんて名前の曲? 見せてよ」
六波羅が更に身を乗り出して俺の画面を覗き込んでくる。
そのタイミングでいきなり音が小さくなった。
隣を見ると、小林が自分のイヤホンの側面を連打している。イヤホンのボタンで音量調節ができるタイプなんだろう。
「あれ? 小さくなっちゃった」
「音量上げるね」
六波羅のリクエストに答える形でまた音量を上げるも、すぐに小林が自分のイヤホンを連打して音を下げる。
こいつ……やってんな!?
「あー……ちょ、ちょっと調子悪いみたい。ごめんね」
「そっか。じゃ、また今度一緒に聞こうね」
六波羅は嫌味のない笑顔でそう言い、俺の耳にイヤホンをつけ直してくれる。六波羅の指が耳に当たるのがこそばゆい。
少しイヤホンの装着に手間取った六波羅が自分の席に戻っていく。
隣の小林から不穏な雰囲気を感じ取る。イヤホンをしているし、周囲に聞かれたくないためメッセージを送る。
『音うるさかった? ごめんね』
メッセージを確認した小林がチラッと俺の方を見て肩をツンツンと突いてきてイヤホンを片方外した。
「や、電池ほぼないから。5%」
小林が俺にだけ聞こえるくらいの声量で囁く。
「あ……そうだった……」
「ちなみに、音を下げたのはうるさいからじゃないよ」
小林はそう言って俺のスマートフォンを受け取り、自分のアカウント宛にメッセージを送る形で筆談に切り替えた。
『もっと聞きたいことがあったから』
小林が俺にスマートフォンを返してくる。どうやら物理的にスマートフォンを回してやりとりをするらしい。
『な……なにそれ?』
『なんだろうね』
小林を見ると誤魔化すように微笑んで続ける。
『けどさ……ああいう仕草のできる女子がモテるんだろうね』
『イヤホン?』
『ん。そう』
『見てたんだ? 目を瞑ってたから見てないかと思ってた』
『見てるよ、いつでも』
小林はニタァとヤンデレのような目つきで微笑んだ。背筋がゾクッとする。
「なんてね」
口頭でフォローした小林は更にメッセージの入力を続ける。
『見習わないとだよね。ああいう可愛い仕草は』
別に小林は今のままで十分だし、むしろそこがいいのだけど、なんていうとちょっと告白じみてしまうので悩ましい。
『そんなことしなくていいよ』
俺はそんなメッセージを見せると、小林の左耳からイヤホンを取り外し、自分の左耳用のイヤホンをつける形で交換する。
お互いに別のブランド、モデル、色のイヤホンが右耳と左耳についている形になった。音のズレは気にならないレベルだが、メーカーによる味付けが異なるため左右で微妙に音が違う。
小林は顔を真っ赤にして左耳についた俺のイヤホンを触りながら音量を徐々に上げていく。
音漏れしそうなくらいの音量になったところで小林の口元が動いた。
だが、耳を塞がれているのでなんと言っているのか聞こえない。
イヤホンを外して小林に話しかける。
「今なんか言ってた? 聞こえなくて……」
「や、何にも。気のせいだよ」
小林は「ふふっ」と笑い、またイヤホンをつけて窓から外を眺め始めたのだった。
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