第4話

 研修旅行最終日の二日目。昼食のカレー作りをグループに分かれて実施することになった。


 事前に分けられたグループ表を見ると、十文字や六波羅、小林と一緒らしい。


 原作だと小林の出番はあるけれど、高橋がいたとは知らなかった。男女比を整えるためだけにしれっとここにも紛れ込んでいたらしい。


「高橋、やっほ」


 俺が材料を並べて数を確認していると、隣に小林がやってきた。


「うん。小林はカレー好き?」


「普通かな。ま、王道だよね。カレー作りなんてさ。もっと変なことすればいいのに」


「た……例えば?」


「ピザ作りとか」


 小林がニヤリと笑ってピザ生地を回して伸ばすジェスチャーをした。


「ちょっと楽しそう」


「でしょ? 具材を何にするかあれこれ話しながら作ったら楽しそうだし――あ、今度やろうよ。ピザ作り」


「行けたら行くよ」


「じゃ、行ける日に設定するから」


 小林はにっと笑ってじゃがいもを手にする。


「カレーのモブキャラってどれだろ? 牛肉、人参、じゃがいも、玉ねぎ……って、全部メインか」


「主人公とその一味って感じがするね。多分俺達はカレーには入れないよ」


「だよね。うーん……福神漬けかラッキョウじゃない?」


 小林はため息をついて首を横に振る。


「高橋、それは自己評価が高すぎるよ。私達ごときが福神漬けなんておこがましいにも程があるね」


「福神漬けってそんなに重要!?」


「私達には荷が重いって。名脇役だよ、名脇役」


「なら、俺にとって小林は福神漬けかも」


 推しのモブキャラなんて言ってしまえば名脇役そのもの。だが、小林は唇を尖らせ「そこでサブはヤダな」と呟いた。


 そこに六波羅がやってくる。


「お二人さん、材料は足りてるかい?」


 にこやかに六波羅が尋ねてくる。


 小林は六波羅をじっと見ながら「……牛肉?」と言って首を傾げた。カレーにとってのメインヒロインなのであながち間違ってはいないのだが、いきなり牛肉呼ばわりされた六波羅が目を丸くする。


「わ、私って牛なの!?」


「ろ、六波羅さん! い、今ね、実は2人で俺達みたいなモブキャラは福神漬けすらおこがましいよねって話をしてたんだ! だから牛肉っていうのは褒め言葉なんだ! カレーのメインだから!」


 六波羅は俺の言葉を聞くと笑い始めた。


「あはは! 2人っていつもそんな会話してるの?」


「大体カレーの具について語り合ってるよ。ね、高橋」


「なわけないでしょ……」


 小林のフリに乗らずに答えるとまた六波羅が笑う。


「2人っていいコンビだよねぇ」


「や、カレーと福神漬けみたいなものだよ」


 小林は恥ずかしそうにそう言う。


「ふぅん……ちなみに、私も福神漬け、好きだよ」


 六波羅は意味深な言葉を残し、他の人のところへ行ってしまった。


 小林は自分を指差しながら俺の方を向いて無言で首を傾げた。


「俺が福神漬けかな?」


 メインヒロインの六波羅がモブの俺に見向きするわけがない。そんな話があるわけ無いだろう、と分かっているので言える冗談だ。


「どうだか。私と高橋だとどっちがカレーでどっちが福神漬けに見えるんだろうね」


「俺がカレーじゃないの?」


「彼だけに?」


 ニヤリと笑って頷くと小林もニヤリと笑い、グータッチをしてカレー作りが始まった。


 ◆


 カレー作りでは原作の重要イベントがある。


 六波羅が包丁で人参の皮剥きをしている時に深めに手を切ってしまい、血の苦手な六波羅を十文字が優しく介抱する、というもの。


 そのため、本当ならピーラーを持ってきて怪我を回避させたいところだが、既にズレ始めているこの世界を軌道修正するために六波羅には予定通り怪我をしてもらわなければいけない。


「皆、ピーラー貰ってきたよ」


 小林が淡々としたトーンでそう言って人数分のピーラーをテーブルに置いた。また善意のフラグクラッシャーがやりやがった!?


 六波羅は笑顔で「ありがと〜」と言いながらピーラーを使って人参の皮剥きを始めた。


 もうこれじゃ怪我しようがないな!?


「あ、一つ足りないや。ま、いいか……はい、高橋も使って良いよ」


 どうやらピーラーが一つ足りなかったようで、小林は俺に最後の一つを手渡すと自分は慣れた手つきでじゃがいもの芽を包丁で取り除き始めた。


「こ、小林……ありがと……」


「ん。別に大したことはしてないよ」


 そうなんだよ。大したことはしてないんだけど、それが大きな影響を及ぼすんだよ、なんて言っても小林からしたら何のことやらだろう。


 鼻歌を歌いながらじゃがいもの下処理をしていた小林が急に「うっ……」と低い声を出した。


 隣を見ると小林が包丁で左手を切ってしまっていた。


「だっ、大丈夫!?」


 俺が慌ててタオルを渡す。向かいで作業をしていた六波羅も小林の手を見て気分が悪くなったのか、その場でしゃがみ込んでしまった。


「六波羅さん、大丈夫?」


 グループの女子が心配そうに六波羅に話しかける。


「あはは……私、血が苦手でさ……」


「ちょっと休んできなよ」


「うん。そうするね」


 六波羅がヨロヨロと立ち上がるも、十文字はピーラーで人参の皮を剥くことに集中している。


 おい主人公! モブキャラっぽいことをしてる場合じゃないぞ!?


「ね、高橋。私絆創膏貰いたいから、理栗と三人で行こうよ」


「あ……う、うん……」


 小林の怪我も心配なので、手を押さえた小林を伴って六波羅に腕を貸し、そのまま三人で歩き出す。


 顔色の悪い六波羅を見て別のグループにいた池目が「大丈夫?」と駆け寄ってくるも六波羅は適当な生返事で濁した。


 そのまま先生に事情を報告して救護室に向かう。


 救護室では簡易な消毒セットと椅子とテーブルが用意されていた。


 六波羅を座らせ、消毒液と絆創膏を持って小林の手を見る。結構深めに切ってしまっているようだ。


「うわ……結構痛そうだね……」


「や、痛めば痛むほど生を実感できるから大丈夫」


「サイコな悪役のセリフだよ!?」


「しまった。私はモブなのに」


 どうやら小林は元気そうだ。小林と六波羅の間に座り、止血のためガーゼを当てて包帯を巻いて応急処置を済ませる。


「た、高橋君……ちょっとごめんね……」


 六波羅がそう言って俺に寄りかかってきた。


「ろ、六波羅さん……大丈夫?」


「うん……ちょっと休んだら良くなると思う……」


 六波羅にさせるがままに肩に頭を載せさせていると、今度は反対側から小林が腕を組んできた。


「高橋、ジンジンする」


「痛いよね……」


「ん。結構痛むよ。理由は分かんないけど」


 小林も痛みに耐えているのか強めに腕に抱きついてきた。


 小林がここにいるのは原作との相違点。だが、左側にいる六波羅との関係性は明らかに十文字との関係の始まりのそれだ。


 小林という突然変異が影響しているのか、俺が主人公ポジジョンになりつつあるらしい。


 それを俺は望んでいないし、何なら小林と隅っこで仲良くできればそれで良いのだけれど、そういうわけにはいかなくなってしまってきたのかもしれない。


「……ってか理由は明白じゃない?」


 俺の質問に小林が頷く。


「ん。手が痛む理由はね」


「他にも痛いところがあるの?」


「ま……何となくだよ、何となく。福神漬けどころかラッキョウですらない私がカレーに載りたがるのはやめたほうが良いのにね」


 小林がボソボソと小さい声で呟く。


「小林の中で付け合わせの序列は福神漬けの方が上なんだ……」


「ふふっ……そうだよ。福神漬け、ラッキョウ、その他だね。私はその他」


 意味深なのかそうでもないのか。よくわからない会話を小林と繰り広げる一方、六波羅はたまに「アハハ!」と笑いながら俺達の会話を聞いていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る