第2話
入学式の翌日からは新入生で親交を深めるために一泊二日の研修旅行が組まれている。
山奥にある研修所まではバスで1時間。所属する『1年A組』の表札が掲げられたバスに乗り込み、モブキャラらしく前列の窓際に一人で座る。
ヒロインではない女子達がバスの後方に固まる中、その中心にいたのは一人の男子。
原作ゲームでは主人公の十文字も、そもそもはモブポジションから始まる。原作ゲームの中で十文字に主人公ポジションを奪われる真の主人公のイケメン、それが池目だ。
十文字は主人公とはいえ彼もまたモブキャラ。今はまだ池目が主人公ポジションとも言える。
「このクラスには主人公が多いんだね」
バスの後方を冷めた目で見ながら小林が隣に座ってきた。
「あ、こ、小林さん……おはよ」
「え? 昨日は呼び捨てだったのに。急に壁作るじゃん」
小林はニヤリと笑い、椅子に深く腰掛けると後ろの人に「倒すね〜」と断ってから背もたれを倒した。
俺の座っている椅子の背もたれと少し段差ができるくらいの深さまで小林が背もたれを倒している。
小林はそれを見ながら俺の肩をツンツンと突いてきた。
「どうしたの?」
「や、ここ。合わせようよ」
「その『合わせようよ』は『私に合わせろ』ってとこかな」
「こればっかりは主人公にさせて欲しいや。私がやるよ。主人公だから」
小林は舌をチロっと出して後ろを向き「こっちも倒すね」と言い、俺の身体の前に覆い被さってきた。
俺の背もたれを倒すレバーが窓側にあるからなんだろうけど、かなり近いため妙にドキドキさせられる。
緊張から背筋を伸ばすと、背もたれが徐々に上がってさらに背筋が伸びていく。
「高橋、背中に体重掛けてくれない?」
「あ、そっか……」
「ふふっ……そうなんだよ。これ、体重かけないと下がらないんだよね」
「知ってるよ!?」
慌てて背中を背もたれに密着させると、すーっと背もたれが下がっていく。
同じくらいの高さまで背もたれを下げたところで小林が身体を起こして自分の背もたれに身体を預けた。
「高橋は男子と一緒に座らなくて良かったの?」
俺の隣を能動的に埋めてきた小林が前を向いたまま尋ねてきた。
「ま、俺はモブキャラだから」
「モブにも友達くらいいるでしょ」
俺は小林の方を向いて指差す。同時に小林もアンニュイな目つきで俺を見て指差してきた。
2人で顔を見合わせてにやりと笑う。
小林はまた前を向いて穏やかな表情で目を瞑った。
「モブって言葉、いいよねぇ。主人公みたいに求められる役割もなくて、期待もされてない。だから、好きに生きられる」
小林の言葉に同意するように頷く。
「気楽なもんだねぇ……」
「あ、高橋って普段家で何してるの? 言えることだけ言ってくれればいいよ」
「勝手に言えないことをしてる設定にしないでくれる!?」
小林はふふっと笑い「してないんだ?」と念押ししてくる。
「言えないことなんだからしているともしていないとも言えないよ」
「ふぅん……私はしてるよ。家で一人の時にこっそり。大人に言えないこと」
小林がニヤリと笑い、俺にしか聞こえない声量で耳元でボソッと呟く。
「え……そうなの?」
「うん」
「い、いったい何を……?」
妖艶な目つきの小林にドキドキしながら尋ねる。
「転売ヤー」
「ダメだよ!?」
「ふふっ……冗談」
小林は笑いながら俺の肩を叩いてくる。
「私は昨日、どうやって高橋をからかおうかなって考えてた」
俺の肩に顔を埋め、身体を震わせながら小林が笑う。
「人が悪いよ……」
「で、高橋は何をしてたの?」
「ふ、普通にゴロゴロしてただけ……」
実態通りにシコって寝てました、とはさすがに言いづらい。
小林は「ふぅん……」と言ってバスの通路に視線を落とした。
「ま、そうだよね」
小林は寂しそうに呟く。
「どうしたの?」
「いや……なんだろ。そういう何でもない日常をいかに解像度高く伝えあえるかってすごく大事だなって思って。スマホでどんな動画を見ただとか、どんな漫画を読んだだとか。相手がそれを見て読んでどう思う人なのか、とかさ」
「なるほどなぁ……」
「というのが、友達じゃないかと」
小林は早口でまくし立てる。
「友達……一匹狼で行くんじゃなかったの?」
「や、それはやめた。高橋がいるし」
小林はそう言うと「相互理解を深めよう」と言い、スマートフォンに接続したワイヤレスイヤホンを片方俺に渡してきて、アニソンを流し始めた。
◆
研修所に到着するとジャージに着替えた新入生が体育館に集められた。
先生が前に立ち、拡声器で数百人はいる生徒に呼びかける。
「じゃあオリエンテーションを始めます。最初は『じゃんけん列車』です」
じゃんけん列車は原作にもあるイベントの一つ。ひたすらグーを出し続けた十文字がじゃんけんに勝ち続け、ヒロイン達を取り込みながら先頭をキープした結果、目立ちたくない主人公が目立ってしまう、というシナリオだ。
選択肢でグー以外を選ぶとトゥルーエンドにいけないという鬼畜仕様。もとい、原作では重要な要素だ。まぁ俺達はさっさと負けて誰かの後ろにくっついているんだろうから問題ないだろう。
「適当に2人組を作ってください。で、じゃんけんをする度にお互いに自己紹介をしていってくださいね。あくまで趣旨はどんな人がいるのかを知ることですから」
小林が俺をキープするようにすすっと隣に寄ってきた。
「私、苦手なんだよね、これ」
「そうなの?」
「じゃんけんで勝ったら先頭に居続けないといけないじゃん? 主人公にはなりたくない」
「負けたらいいんじゃないの?」
「高橋、私はグーを出すから」
小林は白い手で作った握り拳を俺に見せてくる。
「じゃ、俺はチョキね」
「うぉーい。私を主人公にするなー」
「冗談。パーを出すから」
「それでは、始めてくださーい! 1ターン目です!」
先生が音楽をかけると、全員が2人組みを作り向かい合って自己紹介を始める。
小林は前髪を指でいじりながら俺の方を向いた。
「1年A組の小林」
「下の名前は?」
「小林」
小林はニヤリと笑ってそう言う。
「そうなの!?」
「や、冗談。学生証に書いてあるから今度こっそり確認しときなよ。高橋も高橋だよね?」
「まぁ……そうだね」
モブなので名前までは決まっていない。当然、名前がないと困るので
「それじゃ。じゃんけん……ぽい!」
小林の掛け声でパーを出す。小林が出したのは……チョキ。
「なんでチョキ出したの!?」
小林も自分のチョキを信じられない、と言った表情で見つめる。
「や……な、なんでだろ……」
「まぁ……約束だから」
俺は小林の後ろに行って肩を持つ。小林は目をうるうるさせながら「代わる?」と聞いてきた。
「ルールだから」
「……仕方ないね」
小林は腹を括り次の対戦相手を探して彷徨う。
小林が次に鉢合わせたのは先頭が十文字、その後ろが六波羅さんのコンビだ。ここは原作通り。後は十文字に負けてくれれば元々のシナリオ通りに進むはずだ。
「じゅ、十文字です。後ろは六波羅さん……って二人共同じクラスか」
「うん。小林と高橋。モブキャラでやってる」
小林は淡々と述べると早速じゃんけんを始める。
「じゃん……けん……ぽい!」
小林が出したのはパー。主人公の十文字はグー。またもや小林の勝ちだ。
「あ、勝っちゃった」
小林が顔を引き攣らせながら振り向いてきた。
何してくれてるの!? ヒロインと十文字のフラグ立てがボキボキなんだけど!?
「し、仕方ないね……」
俺の肩を十文字が掴み、また次の対戦相手を探し回る。
小林はじゃんけんの神に愛されているのか、全戦全勝。数百人が連なる人間列車の先頭をキープし続け、最初のオリエンテーションの主人公となってしまったのだった。
モブキャラに転生したので推しのモブキャラダウナー美少女と仲良くしていたらメインヒロインが寄ってきた 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai
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