モブキャラに転生したので推しのモブキャラダウナー美少女と仲良くしていたらメインヒロインが寄ってきた

剃り残し@コミカライズ連載開始

第1話

 桜並木が眼前に広がる通路と、その前にどっしりと構えた鉄の大きな門を多くの人が行きかっていた。


 校門の前には『茂武もぶ高校 入学式』と書かれた看板が立てかけられていて、新しい物語の始まりを感じざるを得ない。


 実際、ここはひとつの物語の中の世界だ。


 アニメ化されるほどの人気で、俺が前世でやりこんでいた恋愛シミュレーションゲーム『モブキャラでもモテモテハーレムになりたい!』のオープニングシーンはこんな感じの桜が舞っている入学式のシーンから始まっていた。


 主人公はモブキャラを自称する男。ただ、物語の都合上であれやこれやがあってモブキャラながらも美少女ヒロイン達から好かれるというありがちなストーリー構成だ。


 俺はその主人公ではなく、本当にただのモブキャラ高橋たかはしに転生してしまった。


 高橋の役目は主に二つ。


 一つ目は教室の背景グラフィックで教室の隅に座って背中を見せること。


 もう一つは、この入学式のシーンで主人公の十文字じゅうもんじが部屋の鍵を落とすのでそれを拾って渡す。


 実際には、俺が拾うのは十文字の前を歩いているメインヒロインの六波羅ろくはら理栗りくりが落としたアパートの部屋の鍵で、そこから隣同士に住んでいることが判明した主人公とメインヒロインの関係性が始まる、という筋書きだ。


 だから、ここで俺が直接六波羅さんに鍵を渡せばこの物語はグチャグチャになる。


 ――ということを考えていると、俺の目の前を、栗色の髪の毛を靡かせながらメインヒロインの六波羅さんが通った。メインヒロインだけあって当然、輝いて見えるほどの美少女だ。


 少し間をあけてモブキャラっぽいがよく見るとそこそこイケメンな十文字がやってくる。


 俺はさらにその後ろを歩き、予定通りの場所で六波羅さんが落とした鍵を拾う。


 何の変哲もない鍵をじっとその場で見つめる。


 これを俺が六波羅さんに直接渡すとどうなるんだろう。本来ならここでしか出番のない俺の立ち位置が変わったりするんだろうか。


 ふとそんなことを思うも、俺はそんなことは望んでいない。


「ねぇ、君。この鍵、落としたよ」


 俺は何度も聞いたセリフ通りに十文字の背中に向かって話しかける。


 十文字は振り返り、俺から鍵を受け取って「ありがとうございます」と言い、ポケットに六波羅さんの鍵をしまった。


 この人生での仕事を終えた俺は『本来の目的』を遂行するためそのまま教室に向かった。


 ◆


 モブキャラ高橋の席は教室の最前列の廊下側の席。そして、その後ろもモブキャラ用の席。入学した初日なのに席順があいうえお順ではないのは、制作の都合ということなんだろう。


 そこに座っているのは小林こばやしという女子のモブキャラだ。


 モブキャラとはいえ、原作ではそれなりに優遇されていて出番もそこそこあったし、鋭い目つきにシンプルな黒髪のショートヘアがクールビューティな雰囲気を醸し出していて、一部のコアなファンからは攻略対象ヒロイン化が望まれていた。


 俺も例にもれず小林の大ファン。つまり、俺はこの世界でメインヒロインを攻略するよりも小林を攻略したい。そんなわけで物語の筋書きを知っていながらもきっかけは主人公の十文字に譲った。


 俺は後ろを振り返り、さっそく小林に話しかける。


 小林は頬杖をついてざわざわしている教室をつまらなさそうに眺めていた。


「初めまして。高橋っていいます。よろしく」


 小林の目が俺の方を向く。気怠そうな、やる気のない目をしていて、それがまたたまらなく良い。


「おー……よろしく。私は小林。小さい林で小林ね」


 小林はにやりと笑ってそう言った。


「小林さんの漢字って大体それじゃない!?」


「ワンパターンだからね、小林は。高橋はどっちの高なの? はしご高?」


「ううん、普通の方」


「じゃ、ニュースサイトもハッピーだね。はしご高だと変換できなくて『高橋の高ははしご高が正式表記』みたいに書かないといけないじゃん?」


「あー……確かに。まぁ俺がニュースになることはないけどさ」


「いやぁ……分かんないよぉ? 女子更衣室に侵入したとか、女子トイレを盗撮したとか、健康診断の女子部屋に侵入したとかでネットニュースになって名前が晒されるかも」


「なんで変態が前提なの!?」


 初対面の人に対しての絡みじゃないぞ、と思いながらも小林と話せることが楽しくてつい突っ込んでしまう。小林も嬉しそうに「ふふっ」と笑って口元をグーで隠した。


「ま、けど俺は『渡辺さん』や『斉藤さん』よりはマシだよ。アレはパターンが多すぎるから」


「ふふっ……確かに。そう考えるといいでしょ? 小林って。ありきたりだけど他にパターンがほぼないから好きなんだよね〜」


 小林は嬉しそうに微笑む。


 小林はちょっと不思議な感性をしている。ヒロイン入りしないが故の癖強めの味付けなんだろうけど、なんで本編で攻略させてくれなかったんだ! と制作陣に何度となく苛立ったものだ。


「今日さ、この後入学式が終わったら解散だよね? お昼一緒に食べない?」


 まさかの小林からのお誘い。二つ返事で頷いて「うんうん、もちろん」と答える。


「あ……けどいいの? 女子で集まったりとかありそうだけど……」


 小林は首を横に振る。


「私、女子と仲良くできないんだよね、ネチネチしてて。ちなみに、私みたいなタイプの女子は地雷の確率高いから気をつけたほうがいいよ?」


「そこまで俯瞰出来てるけど自分は曲げない、と」


「そりゃね。中学の時もしんどかったからさぁ。もう高校は一匹狼で行こうと思ってたわけ。キミが話しかけてくるまではね」


 小林はニヤリと笑って俺を指差す。


「話しかけるんじゃなかったなぁ」


「おっ、もう遅いぞ〜。地雷に絡まれて3年間を浪費させてやる〜」


 言葉とは裏腹に小林は楽しそうに笑っていた。


 ◆


 昼時の食堂ではさっそく主人公の周りにヒロインが集まっていた。


「わ……あそこすごいね。ハーレム主人公だ」


 カレーの載ったトレーを持ってきた小林が主人公の十文字とヒロイン達の席を見てボソッと呟いた。


 小林は作中でも結構メタ発言をするタイプだったから、単に自分の立ち位置を俯瞰しているだけなんだろう。


「主人公ねぇ……」


 俺もチラッと十文字のハーレムを見ながら受け答える。


 小林は頬杖をついて俺の方を見ながら「ねぇ、高橋」と声をかけてきた。小林の柔らかそうな頬が手のひらに押されてぷにっと形を変えている。


「何?」


「高橋は主人公になりたいって思ったことある?」


「んー……どうだろ。そこまでかな」


 万に一つ、十文字に転生していたとしても小林攻略に全力を注いでいたかもしれない。


 俺の返事を聞いた小林はふっと笑う。


「私はないんだよね。別に超能力を持ってるとか、友情・努力・勝利で成長するとか、そういう主人公じゃなくても、入学式とかそういうのも。自分が祝われたり、前に立ったりするのが苦手なんだ」


「なるほどねぇ……生粋のモブキャラなわけだ」


 俺の言葉を聞いた小林はふふっと笑う。


「そっか……モブキャラ……ふふっ、確かに。私ってモブキャラ根性がすごいんだ」


「まぁ……そういう意味じゃ俺もモブキャラかな」


「だよね。モブキャラ同士仲良くしてこ」


 小林はカレーを一口食べるとスプーンを口にくわえたままグーを向けてきたので、二人でニヤリと笑ってグータッチをした。

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