魔王の思い出
何かをしたわけではなかった。いや、生まれながらにして虐げられる烙印を持って生まれてきたのだろう。
容姿が醜い、恐らく只この一つだけで私は人生という絶望の道を歩む事となる。保育園、小学校頃までは良かったのかもしれない。ぼんやりとあの頃はまだ見る物全てに希望を抱いていたハズだった。容姿の醜い者は性格も醜くなる。少なくとも私はそうだ。卑屈な人生を送れば性格の一つも歪むだろう。
中学生の頃、そこ意地の悪い連中に目をつけられた時に私の人間としての人生は終わった。金品の要求、それができなくなれば万引きという犯罪の強要、それを拒めば公然で辱められる。
親兄弟、教師、誰も助けてはくれなかった。かつて友人と呼べた者は周囲で嘲笑う連中と同じく私を人間として扱わなくなった。
嗚呼、これが人間なのであれば私は人間じゃなくても良いと全てに対して憎悪し、悲しみ、呆れた。
私を守れる者は私しかいなかった。それから私は十年以上部屋に閉じ込り、逃げ隠れる事しかできなかった。それでいい、それでいつか死に楽になれればいい。
が、私に穏やかな死という救いすら与えられなかったのだ。
私の家庭環境はお世辞にも良いとは言えない食べていく事くらいはできる貧しい家だった。親ガチャという言葉があるならハズレ。そういう連中が住む場所は決まって同じような生活レベルの人間が集まる集合団地と決まっている。そして問題行動が目立つ者も比例して多くなる。恐らくはどこかの馬鹿が寝タバコでもしたんだろう。安物のハリボテのような集合団地に火が燃え広がるのに時間はかからなかった。
私は、父を、母を、私の唯一の肉親に助けを求めた。それは夜という時間、本来であれば両親は同じくこの火災に慌てているかもしれない。恐怖と同時に私は自分に迫る死を忘れて二人の姿を探した。
そして、二人がいない事と共に私を二人は置いて逃げたという事を知った。まだ今なら玄関に行き扉を開ければ大火傷なれど生存する事ができたかもしれない。
が、立ち上がれず嗚咽した。
煙により肺がやられたわけではない。私は、実の肉親にすら見捨てられてしまったのだ。今、生き残ったとて私の道には絶望しか存在し得ない。私に死んで欲しいと両親が願った事に気づいた私は二人に何もしてやれなかった事に嘆き、同時に私を生み出した事を憎み、浄化というには苦しすぎる炎と煙に焼かれ死を選んだ。
私に尊厳などという言葉は存在しなかった。
なんだ。
今までの人生に比べれば、この死に方はそんなに苦しくないじゃないか……
意識を失い、2度と開く事のないはずの目が開かれる。
私はあの状況で何故か生き残ってしまったのかと落胆しながら、私を覗き込む美しい容姿の女性。
「目が覚めたかな?」
白衣に片眼鏡の女、医者か……私はその時心の底より絶望してしまった。生き残ってしまった。生まれてきてはいけなかった者が、命を持つには過ぎた私が……
「お医者さんですか?」
「ふむ、ふふふふ! 見た事のない服、成功したかな? とんでもない火傷だったけど癒しておいたよ。動けるかい?」
あの大火傷だ。動けるわけが……痛みはない、苦しくもない。むしろ、長年の引きこもり生活で足腰も弱っていた筈なのに、軽やかに動く。
よく見ると、周りは手術室でも病室でも、そもそも病院でもない。むしろ死体安置でもしてそうな薄暗く冷たい場所。
「ここは?」
「ははははは! ここかい? 知りたいかい? 知りたいよねぇ? 見知らぬ場所に突然呼び出されたんだ? 恐ろしいかい? 元の場所に帰りたいかい? だが、ダメだ! 成功した! 君は私の奴隷となるべく、別世界より呼び出したんだ」
ここがどこか知りたい。ただ恐ろしくはない。元の場所に帰りたくもない。そして私はどうやらこの女性の奴隷になるべくあの地獄より呼び出されたらしい。嘘かどうかは知らないが、あれだけの大火傷を治してくれた人に、私は至極当然の言葉を述べた。
「ありがとう。ございます」
「……!」
女性は、赤い髪をした二十代前半くらいか? いや、もしかしたら十代後半かもしれない。見た事のない人種。骨格がやや人のそれと違うのかもしれない。獣のように見入ってしまう瞳。
そしてただただ美しい人だ。
「気が動転しているのかな? まぁ、来たまえ。君に取り付けさせてもらっている首輪。反乱を起こせば君の首を刎ねる。嘘だと思うなら反乱してみたまえ」
言われて首元に触れると確かに首輪。外し方も分からないが、どうでもいい。私が反抗する気がないと見るや、女性は私を連れて部屋の外へと案内してくれた。
私が横になっていた手術台のような場所には宗教じみた紋様。カルト教団にでも私は売り払われたのだろうか? そして部屋の外に出てここが非常に高い場所に位置している事を知った。そして、外には沢山の人々が何やら土木作業的な事をしている。
「見たまえ! あれらが奴隷達の姿さ」
「奴隷ですか?」
「あぁ! 近隣からさらって来た者達。浮浪者もいれば、どこかの騎士団、冒険者。そして、貴族なんかもいるよ! あははは! 見てごらんよ。身分も何もかも剥ぎ取られた人間の姿さ! 私達、魔女に屈服し、奴隷として過ごす日々。君も彼らと同じ扱いを受けるんだよ? どうだい? 今更になって逃げ出したくはないのかい?」
「私も同じ扱いを受けれるんですか?」
「……! 何を言っているんだ君は?」
魔女と彼女は言った。確かに、奴隷の性別に女性は何故かいない。そして、ここを支配しているのは彼女と同じく、女性の方ばかりだった。私の拙い知識に神話上のアマゾネスという種族がいた事を思い出されるが、ここは女性が主権を握っている場所なのだろうと仮定した。
そして……何より、私を……人として扱ってくれている。
「魔女……様。私は何をすればいいんですか? やります! やらせてください! 何でもやります!」
「お、おい! なんだ? まぁいいか、じゃあ。あの岩を運ぶ作業を手伝ってきたまえ。他の奴隷達を見てやり方を覚えるといい。しっかりと働けば、本日の食事くらいは用意してあげよう」
私は……生まれて久しぶりに誰かに必要とされた気がした。
私は生きている。
岩は重かった。こんな物を日がな一日運び続ける仕事という物はきっと誰もやりたがらない事なんだろうと思う。一つ台車のような粗末な物に乗せて押し、必要な場所まで運び終えると体中が悲鳴をあげる。他の奴隷達は苦しそうに、その作業を続けている。
私はというと。ここにいる者達と同じ扱いを受けているという事に感動し、アドレナリンでも出ているのか全く苦ではなかった。これがなんの意味があるのか私には分からないが、きっと魔女様達にとって必要な作業なんだろう。意味もなく辱められるあの世界とは大違いだ。
今、私は誰かの役に立っている!
生きている実感が湧いてきた。
そんな私がどんな風に映ったのか、他奴隷達。そしてたまに様子を見にくる魔女様達は何か変な者でも見るように私に稀有の目を向ける。されど、私はそんな目を向けられるのには慣れていた。むしろ、蔑まれ、嘲笑される目に比べれば何という事はない。むしろ、心地よいとすら思えた。
日がくれ、その日の作業が終わると奴隷達は皆同じ方向に歩いていく。
「どこにいくんですか?」
「あー、新入りか、飯だよ飯。っても、別にうまくも何ともない飯だ……」
そうか、飯と言われれば途端に腹が減ってきた。私も奴隷達がトボトボと歩いていく方に向かって同じく歩む。すると良い匂いなのかは分からないが、食事らしい香りがする。今までこんなに身体を動かした事がない私の身体は確かに栄養を求めていた。
給食のように魔女様達が、スープ的な物とパン的な物を全員に配っている。そしてそれは働きに応じて量が決まっているらしい。パンが二個の者。スープが半分の者。
私の番になった時、あの魔女様が私に食べ物を配ってくれた。
「やぁ、奴隷生活1日目、どうだった?」
「いえ、まだなんとも言えませんが、悪い気はしません」
「ふーん、おかしな奴だね。君の仕事量。他の魔女からも聞いたけど、パン四個。スープ三杯相当らしい。その板に乗り切らないので、来たまえ。こちらで出そう」
私はそう言って魔女様に連れて来させられた。そこには似たような容姿の魔女様達が沢山粗末なテーブルと椅子に腰掛けている。食べている物は意外にも奴隷と同じ物だった。
「やぁや。みんなも知っているだろうけど、不思議な奴隷。余興に連れてきたよ。君、何が目的なんだい? 嘘をつけば首輪は君に死の苦しみを与える。思っている事を全て、簡潔に述べたまえ」
特に何も考えていない。だが、思っている事を言えと言われた。
「あの……みなさん、お綺麗ですね」
正直な気持ちだった。私が初めて観た魔女様もそうだが、他の方もみんな異様なくらいに容姿が整っている。私の言葉を聞いた後、皆私の首元をじっと見つめている。
5分、10分。経った後に、どっ! と魔女様達に笑いが広がった。
「私達が綺麗? ははははは! 人間共に忌み嫌われた魔女だぞ? この容姿が? 嘘は言っていないらしい。面白いな君は、君はどんな風な生き方をしてきたんだ? 話したまえ!」
私は魔女様に言われた通り、私がここに呼び出されるまでの話を簡潔に語った。私は人間として扱われた事はない、死を望まれた存在である事。正直、ここで目覚めた時、死ねなかった事に絶望した事。
そして……
「魔女様達は、私を人間として、他の奴隷の人と同じように命として扱ってくださった。こんなに嬉しい事はない。自分が自分という個である事を思い出させてくださいました。私はこれからも魔女様達の奴隷として一生懸命、支えさせていただきます」
私の境遇を聞いた魔女様達の中には、退室していく人もいた。それほどまでに聞くに耐えない話だったんだろう。そりゃそうだ。奴隷という人達ですら少なくとも労働力として扱われているのに、私の人生。あれは……人の行いではない。
「にわかには信じがたいが、私は間接的に君を救った……そういう事かな? 転移魔法の実験過程で君を呼び出せたのだが」
私は、きっと小学校の卒業式以来、綺麗な直立でこう魔女様に返事をした。
「はい!」
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