第10話 〆は麺よりお茶漬けで①

side:三栖 なぎさ


 掘りごたつに脚を入れてテーブルを見回す。今日は大型案件のスタートアップ飲み会だ。彼の言っていた通り課長は私を指名した。

 自分の仕事が認められている嬉しさと、四条君の思い通りになっている悔しさが心に同居している。というか法務関係部署の人間までわざわざチームに入れる必要はないのだ。私たちはどの案件に対しても、基本的に同じようにアプローチする。


 とはいえ会社のお金でお酒を飲めるのならば、ありがたくいただこう。

 せっかくサブの担当に彼をねじ込んでもらったわけだし。課長から私と一緒に案件に入るよう言われた時の四条君の顔は見ものだったわ。


 目の前に座った男の人は……誰だっけ、多分会ったことはあるけど名前は覚えてない。


「三栖ちゃんじゃ〜ん」


 思っていたよりも高い声、別に面白くない話に辟易とする。あれ、私って普段どんな感じで雑談してるんだっけ。

 なんて考えている間にも人は集まってくる。


「それじゃあ飲み物から」


 テーブルの誰かの一声でメニュー表が次々と回っていく。ここはいつも通りビール……を飲みたいところだけど、四条君もいないしここは大人しく、


「……レモンサワーでお願いします」


 どこかの課の何某さんから乾杯の合図、私も仕方なくグラスを持ち上げる。周りの人と杯を合わせていく、もちろん正面に座るちょっとうるさい感じの彼とも。


 最初に運ばれてきたのはシーザーサラダ、やっぱりこういうのって若い人間が取り分けするべきなのかしら。まぁ初めに大皿を受け取ってしまったものは仕方がない。


「あの、よければサラダ分けますけど」


 どうしても冷たい言い方になってしまう。自分でもこの癖は治したいと思っているんだけれど、なかなか上手くいかない。

 次々差し出される小皿に無心で野菜を詰め込んでいく。初めにあらかた混ぜたとはいえ、やっぱり最後の自分のお皿に乗った野菜にはドレッシングが少ししかかかってなくて。


 テーブルで繰り広げられる会話を聴きながら適当に相槌を打つ。代わり映えのしない話題に辟易とする。


(あーあ、どこかの飲み友達が助けに来てくれないかしら)


 せっかく出てくる料理は美味しいのに、お酒もそこまで進まない。やっぱり何を食べるかより、誰と食べるかが大事なんだ。



 飲み会も終盤、結局席替えがなかったから……いや、これは言い訳か、彼と話すこともなく解散するんだろう。

 流石にここから二次会はしんどい。たとえ明日が休みだったとしても。


 幹事の何某さんが閉会の合図、いそいそと鞄を準備して立ち上がった。少しはお酒が入っているはずなのに、やけに頭が冷えている。


 この後コンビニで何か買って家でひとり二次会でもしようかな、なんて考えていると出口で足を踏みはずす。


「っと、なにしてんだ。酔ったか?」


 いつもより近い距離から聞く声に安心してしまう。少しだけ四条君に甘えたくて、身体の力を抜く。今日は慣れない人と話して疲れたんだ、仕方ないじゃない。


「助かったわ」


「お前こんなので酔わないだろ、普段」


 私と飲みに行ってることを知られたくないのか、彼は小声で話し続ける。別にいいじゃない、悪いことしてる訳でもないのに。


「ちょっと身体の力が抜けただけだから」


 首を傾げながらも彼は納得したみたい。ちょろくて助かるわ。

 あ、でもちょろすぎると困るわね……他の女にって、私には関係ない話か。


 店のドアをくぐって外へ出ると湿度に晒される。ふわふわ頭に掴まれた腕から香る彼の匂いに溺れそう。


「あー、もう帰るか?それとも……」


 頬を掻きながらこちらを見ずに彼は口を開く。こういう時だけ空気を読んで、ずるい。

 極力澄ました顔で私は答える。


「えぇ、ちょっとだけ」

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