第8話 濃厚ラーメンは夏の風物詩③

 無事ラーメン屋に到着、スライド式のドアをカラカラと開く。

 中に入ると寒いくらいの冷風と、それに乗ってガツンとくる香りが鼻を急襲する。

 あー、家族でもない女性と2人で来る場所じゃないのは分かってるんだが、この衝撃に思わず笑みを浮かべてしまう。


「何気持ち悪い顔してるのよ。外暑いから早く入って」


 ぐいっと背中を押されてしまう。不機嫌そうな声に後ろを振り向くと、顔には喜びの色。こいつやっぱり胃袋と脳みそが男子高校生なんじゃねぇの。


 彼女に急かされるまま中に入り、奥のテーブル席へ。

 なんとか並ばずに入れてよかった。昼の始業時間に間に合わないのは論外だとして、急いで食べなきゃいけないのもそれはそれで辛いのだ。


 ラミネートされたメニュー表を手に取り、ずらりと並んだ至高の一杯達と向かい合う。


「醤油、とんこつ、鶏白湯……」


 ぶつぶつと呪詛のように聞こえてくるのは三栖の声。仕事で契約書のレビューしている時より真剣なのは気の所為だよな。


「うん、決めた。あなたは?」


 覚悟を決めた目をしているが、たかが昼ごはんなんだよなぁ。他のを食べたかったからまた来ればいい話だし。


「悩み中〜どれも美味しそうだしどれでも……」


 その瞬間、ごすっとテーブル下で脛を蹴られる。


「おい何すんだ」


「いい?生半可な気持ちで選ばないこと。明日には無くなってるかもしれないのよ!」


 どこの世界線に生まれたんだお前は。そんなすぐ店が潰れてたまるか……って、最近は入れ替わりが激しいからさもありなん。

 ここで彼女に反論しても勝てないことは分かっている、!これでも付き合いは長い方なのだ。


「はいはいわかりましたよっと……それじゃ」


 メニュー表の真ん中に吸い寄せられる視線、豚骨にしよう。やはり暑い夏にこそ、こってりアツアツを食べたい。


 そのままメニューをテーブルの端に立て掛けてボタンを押す。

 ほどなくして頭にバンダナを巻いたいかにも・・・・な店員さんが来てくれる。


「ご注文お伺いします」


「じゃあこの豚骨ラーメンで……」


 言い終わらないうちに店員さんは手でメニューに手を向ける。


「麺の硬さやトッピング等はどうされますか?」


「うーん……普通で。他も全部普通でお願いします」


「かしこまりました」


 さらさらとボールペンが動き、伝票に俺の注文が浮かび上がる。


「お連れ様はいかがいたしますか?」


 そういえばやけに真剣な顔で選んでいたけど、三栖はどうするんだろうか。


「濃厚鶏白湯麺硬めねぎ大盛りメンマトッピングと、」


 慣れた様子で口をついて出る注文。ん……?今なにか呪文みたいなの唱えなかったか?というかお前この店初めてじゃねぇな。

 それに「と」……?昼飯だよな、今。ラーメン以外にも食べるつもりかよ。


「チャーハンもセットでお願いします」


「かしこまりました!」


 店員さんが店の奥へと消える。彼女は晴れ晴れした顔をしているが。


「なによ」


 俺の視線に気付いたのか彼女が口を開く。「なによ」じゃないんだよな。


「色々言いたいことはあるが、お前ここ初めてじゃねぇな?」


「ど、どうしてそう思うのかしら」


 目に見えて動揺する三栖。いや、あの注文で初めてとか無理があるだろう。彼氏と来た旅行先が実は初めてじゃなかった彼女でももう少しいい演技するぞ。


「普通はあんなにすらすら頼めんのよ」


「メニューに頼み方書いてるし……」


 いじけてきたからそろそろやめようか。机の上で組まれた指がもじもじと回転している。

 他の課の奴にもこの姿を見せてやりてぇわ。一瞬で手のひら返すだろうなぁ。外見はいいからな、外見は。


「お待たせいたしました〜!」


 軽快な声とともに重い器が運ばれてくる。

 提供が早いラーメン屋はありがたい。某宇宙ヒーローよろしく、俺たちも外での活動時間に制限があるからな。


 三栖の前に置かれたラーメンとチャーハンを見て笑ってしまう。その顔、そのスタイル、その服装で食べる量じゃないだろ。

 俺が何を考えているのか分かったのか、彼女の頬が膨れる。


 それがまたかわいらしくて、ますます目の前に鎮座するねぎ大盛りラーメンとのアンバランスさに磨きがかかっている。

 何はともあれ腹ごしらえ。箸を2膳とってうち1膳を彼女へ渡す。

 2人で手を合わせると、各々口を開いた。


「「いただきます!」」

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