第5話 肉豆腐はお熱いうちに③
来た時と同じように仰々しい扉を開く。この奇妙な関係が始まってから必ず割勘するという取り決めをした。別に趣味もないし俺が払ってもいいんだが、女王様によれば「借りを作るみたいでイヤ」とのこと。
外の空気はやっぱり美味しい。
ほどよく熱を持った身体にやわらかい風が心地いい。
「よし、じゃあ帰るか」
後ろを歩く三栖に話しかける。
「今日もありがとう……」
聞こえるか聞こえないくらいの小さな声でぽそっと彼女は呟いた。
これが普段の懺悔なのか単に恥ずかしがっているのかは推し量るべし、聞こえなかった振りをして前を行く。
飲みの席はアルコールも入れ始めて楽しく話せるが、この落ち着いた帰り道も実は好きだったりする。
「お前なんで飲みに行くとそんなにかわいいのに」
「『のに』は余計でしょうが」
背中から軽くぽすっと拳がとんでくる。身長差があるためまた下の方のがかわいいところだ。
しかしこんなに甘い雰囲気でも、明日になれば唐辛子もかくやと言わんばかりのぴりっとしてしまうのだ。
「現実でツンデレはしんどいぞ?」
彼女の
来た時のことを考えると、駅まで残り5分くらいか。
「誰がツンデレよ。ずっと素よ」
口を開くが早いかふらっとよろめく。
思わず手を伸ばして彼女の腕を掴むと、力いっぱい自分の方へと引き寄せる。
想定よりも彼女は軽く、勢い余って抱きとめる形になる。やべ、流石に殴られるか……?
恐る恐る三栖の両肩を掴んで離すと彼女はそのまま前へ歩いていく。
「す、すまん……」
「別に」
ようやく視界の奥に駅の光が見える。
いつもよりちょっと気まずい帰り道もここで終わり、ほっとするような、非日常を手放す名残惜しさもあるような。
来週も会うのか、ひいてはこの関係をいつまで続けるのか聞くのは野暮だろう。
「それじゃあまた」
軽く手を上げると、彼女は止まることもしない。
「おう」
ただの同僚だ、これくらいの温度感がいいのだろう。
気がつけば彼女に、というより素の彼女に惹かれている自分を否定はしない。
しかしもう30歳も見えてきた今、爆発的に感情を揺さぶられることもない。
別にどうこうなりたい訳でもない、単に普段は表情を動かさずに話す彼女の、にこやかな笑顔を見られるのが嬉しいだけ。
数歩進んだ彼女が不意にこちらを向く。
目線は下を向いていて。
「さっきは……その、ありがと。それだけ」
足早に去って行く彼女を見る自分はどんな顔をしているだろう。
少なからず口角が上がっていることは確かだ、なんてアルコールに浸った使い物にならない頭で考えるのだった。
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