第3話 肉豆腐はお熱いうちに①
「今日は定時退勤厳守で頼む」
朝礼にて課長よりありがたいお言葉。これは渡りに船、さっさと帰って飯食って映画でも観ようか。
定時退勤が確定している日ほどにこやかに働ける日はないな。今日締切の契約確認も無いし。
……さっきから視線を感じるんだよな、隣に座るちんまりしたやつから。
「ねぇ」
「なに、」
来るか、いつものお誘い。
先週のビールは最高だったし、遅くならないなら行ってもいいな。
「ここ違うかも」
キャスター付きの椅子をこちらへ滑らせてPCの画面を指差す三栖。
柔軟剤か香水かわからないが、甘さに少し辛味の入った大人っぽい香りが鼻を刺激する。
画面を見ると、確かに仕様書の数字が間違っている。これは担当課に戻さないとだな。多分他の資料も連動して数字を変える必要があるだろうし。
「よく分かったな、見過ごすところだった。さんきゅ」
「まぁ今言わなくてもダブルチェックで私が戻すけどね」
一言多い……こいつはまともに礼も受け取れんのか。
「はいはい優秀な同期を持って俺は幸せです〜」
三栖はそのままツーンと自席に戻ると、キーボードを打ち始めた。
俺はそのまま彼女からいただいたありがたい指摘を修正点へ追加、仕様書を読み進めていく。
こいつを担当課に投げ返したらとりあえずはひと段落だな。この後は今週締切の案件整理して、取りかかれるものから捌いていこう。
数分後、仕様書の粗を潰し終えて一息つくとPCの右下にポコン、とチャットが届く。
法務課に届くチャットなんてろくなものがない。
『飲み、どう?』
画面に描画されたのは隣の三栖からのお誘い。脳内再生できるくらい素っ気ない。
顔を横に向けるも目が合うことはない。躊躇いがないのか恥ずかしがり屋なのかもうわかんないな。
そうまでして周りにバレたくないのか。ここで少し大きめな声で返事してやろうか、と悪戯心が顔を覗かせるが、ぎりぎりのところで俺の良心が理性を奮起させる。
静かにキーボードへ手を乗せると、お誘いと同じように簡潔に返事を打つ。
『いいぞ』
どこか他の人から遠巻きにされている彼女に同情心がないと言えば嘘になるが、俺自身はなんとも思っていないというのが大きい。
隣で大きなめがねをクイッと上げる仕草が目の端にチラつく。
めがねが大きいのか顔が小さいのか……まぁ後者だろうな。
せっかく定時に帰れるんだ、予約でもするかと俺はスマホで店を探し始めた。
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