第1話 入部! Part B

玉串斎は、俺が入部を承諾するやいなや、まるで新原理を発見したアルキメデスさながら大喜びで飛び出していった。新規入部届を取りにいくという。俺はといえば、ようやく電気椅子の恐怖から解放されて(拘束具の解除キーも電流リモコンに附属していたらしい)、どっと革のソファに転がり込んだ。まったく、咎なくして十六歳の好青年が刑場の露と消えるわけにはいかなかったからな。


それにしても、命と引き換えに思いがけない申し出を請けたもんだ。このソファ、やけに高級な黒革を使っていやがる。もしや生徒の授業料がこっちに横流しされているなんてことはあるまいな……。


高校の資金運営と生徒の受益者負担という高尚な問題をつらつら考えているうちに、不覚にもウトウトしていたらしい俺は、やがて衝撃の事実にぶち当たることとなった。


生徒会室(だれかさんの呼び方では「聖徒会室」)の大きな鉄扉がバタンと開かれる音で、俺は目を醒ました。


いやいや、まさに開かれちまったんだ。パンドラの箱がね。


「諸君、ごきげんよう!」


諸君と言ったって部屋には俺しかいないのだが、侵入者はさして気にしていない様子だ。シミだらけの白衣を着た、大きな黒メガネの痩せ男。もし仮に十人の人間に「マッドサイエンティストを描け」と頼んだら九人はこんな奴を仕上げてきそうな風貌だ。彼はまず俺の存在におどろき、抜け殻になった電気椅子を一方で凝視しながら、みるみるうちに眉間に皺を寄せた。そして、何か哲学的な問題でも考えていそうな深刻さで、ゆっくりゆっくり部屋のまわりを逍遥しょうようしはじめた。もし、逍遥という単語を知らない人は、ネットで検索してみてください。


マッドサイエンティストは――書くのが面倒なので「侵入者」くらいにしておこう――は、次の謎のセリフをぶつぶつ言った。


「物理的破壊を伴わない暗号認証式電磁錠の無効化は不可能である、という一般原則にもとづき、現在観察しうる状況を演繹するならば――」


なんだなんだ。いつからここは逍遥学派ペリパトスの学園になったんだ? 俺が編入したのは偏差値が中の中くらいの県立高校だぞ。しかも滅茶苦茶に早口じゃん。


「おかしいっ!」


くだんの侵入者は、卑弥呼が天に向かって祈祷するならかくやと思える金切り声で絶叫した。もちろん令和に生きる俺は卑弥呼に会ったことなぞない。


「絶対におかしいっ! 私の世紀の発明が打ち破られているっ!」


ひどい当惑ぶりだ。


なるほどな? 相変わらず理解に苦しむ状況だが、ひとつだけ分かったことがあるぞ。


つまり、俺が恐怖を与えられた電気椅子は、この謎の侵入者の発明だったというわけだ。よって、盛大に仇のひとつ討っても罰は当たるまい!


あくまでも紳士であろうとする俺は、電気椅子を発明したこの偉大な科学者に対して、心からの敬意と、祝意と、そして殺意とをもって、近くに転がっていた鉄パイプを両手で握りしめた。なぜ都合よく武器になるものが置いてあるのか、そんな些末なことはどうでもいい。鎖に繋がれたときに出来た手首の圧痕が、今さらのように疼いてきやがる。俺の憎しみはマキシマムだ。


「天誅!」


大きく振りかぶった俺は、なんの躊躇いもなく侵入者の脳天めがけて鉄槌を降そうとした。そこまではよかった。運悪くすんでのところで戻ってきた斎が、


「ああ~~っ! ダメ~~っ!」


と、素っ頓狂な奇声を挙げて制止にかかる。しかし気にせず、俺が更なるアクションを起こそうとした矢先、


バチバチバチッ!!


猛烈な電流が、俺の手首から二の腕、首、そして全身の骨格筋肉五臓六腑に至るまで駆け回り、一瞬のうちに俺の視界はブラックアウトした。


……ほんとうに、今日は厄日である。いったい、命がいくつあったら足りるのだろう。


(たぶんつづく!)


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