【11】家探しでドキドキワクワク

 ローザたちが王都を離れている一方。

 バセットの村の、ローザの育ったボロ家。そこでは村長公認の家探しが行われていた。


「いいですか、ティム。レオン。不要に室内は荒らさぬよう、留意してください。私たちは王命で、家宅の捜索に応じているのですからね?」


 別室にいる、姿の見えない弟子たちにジョヴァンニは声を張り上げて言う。最も、狭く薄い板材の家屋なので、大きな声ではなくとも、彼らに届くだろう。


「はーい。家探しってワクワクするよな! なんかとんでもないお宝とか出てきそうだし」


「ティム! 我々は盗賊ではありませんよ。目的を忘れないように」


「ジョヴァンニせんせい。見つけた。ラファエラ・モッロの使ってた筆とパレット。持ち帰ってもいい?」


 ひょっこりと顔を出したレオンは、珍しく高揚した様子で、ジョヴァンニに問う。

 ジョヴァンニは美しい顔に青筋を浮かべて言った。


「レオン! ラファエラ・モッロの私物は絶対に持ち帰り禁止です! そもそも探しているのは、彼女が〈異端画〉を描いていないか、その証拠ですよ!」


 人選を間違えたかと、ジョヴァンニは内心後悔した。

 ジョヴァンニにとっては、非常に忙しい時期だ。我儘な王女殿下様様である。

 だがそこに新たな仕事を差し込んだのは、彼女の兄、つまり国王陛下であった。


「〈妖精國の宮廷画家〉ラファエラ・モッロが新たな〈異端画〉を描いていないか、探ってこい」


 それが国王の命令。つまり、王命。何よりも優先すべきである。

 彼のそれは『我儘』ではない。いずれ調べなければと考えてはいた。

 だが、それは今ではないだろう。命令が下され、ジョヴァンニは気を失いそうだった。

 とはいえ王命。寝る間も惜しんで働いて、ギリギリまで時間を削っているジョヴァンニだったが、何とか仕事を巻いて、バセットの村に訪れた。

 一人では身が持たないと考え、ジョヴァンニはティムとレオンを連れ立った。彼らはちょうど仕事に一区切りがついた頃だったのだ。

 ティムは愛想が良く、フットワークが軽い。こうした連れ歩きに重用している。

 レオンは自ら挙手したのだ。ラファエラ・モッロに興味があるらしい彼が、同行を望むのはジョヴァンニも予想していた。

 彼らはクロードほど手がかからない。比較的、問題を起こさないタイプなのだが。


(レオンに関しては、計算が狂いましたね……)


 ジョヴァンニは居間の椅子に腰かけながら、ひっそりと溜息をこぼした。その視線の先には目を輝かせて、私物を漁る白髪頭の少年。

 棚の上に飾られたよく分からないお土産のようなものにさえ、関心を抱く始末だ。目的が果たせていない。


(こんなことをしている場合では、ないのだがね……)


 〈玉瑠璃〉を手に入れられるかさえ分からない。クロードは別の入手方法も視野に入れていた。その交渉にも明日、赴かなければならないというのに。


(しかし、村長夫妻に、ローザの無事を直接伝えられたのは、良かったか)


 先にローザの安否を手紙で送っていたが、ジェラールもマノンも、文字の読み書きができないという話だった。

 それであれば、誰がラファエラの手紙を出したのか。聞けば、村に訪れていた旅の男が親切にも代筆してくれたのだという。

 話を聞いて、ジョヴァンニには何か引っかかる点があったが、深く考えるのは、今は後回しだ。


「ジョヴァンニ先生。ラファエラさんの私室には、絵がないみたいだぜ?」


「ふむ。金にするために、売り払っていたのでしょうか?」


 孫と清貧な暮らしを送っていると聞いた。

 だが、下書きの紙さえ残っていないのは、おかしい。ローザが処分したとも考えづらい。


(ん……?)


 わずかに埃を被った床に、不自然な跡を見つけた。

 目を凝らせば、取っ手のようなものがある。隠し扉だろうか。

 ジョヴァンニは跪き、取っ手を掴むと持ち上げた。


「これは……」


 どうやら地下室への階段が隠されていたらしい。

 ジョヴァンニの後ろで、ティムとレオンが歓声を上げる。


「隠し扉って、本格的に探検してる感じで、ワクワクするぜ! 絶対お宝、あるって!」


「うん、ドキドキする。ラファエラ・モッロの秘密に迫れるね」


 馬鹿な弟子二人を放置して、ジョヴァンニは階段を降りた。


 ***


 十数の石段を下りると、家屋と変わらない大きさの地下室に辿り着いた。

 当然、陽が差し込まないため、真っ暗だ。ジョヴァンニは持参したカンテラの灯で地下室を照らす。

 見つからないと思っていた、ラファエラ・モッロの描いた絵は、どうやらこの地下室に収納されているようだった。

 棚には大量のキャンバスや紙の束。ひとつひとつ目を通すのにも、苦労しそうだ。

 ジョヴァンニはティムとレオンと手分けして、調査にあたる。

 習作なのだろう。いずれも商品として売れる出来ではない。もっともラファエラ・モッロの絵であれば、どんな状態でも買う、と盲信的なコレクターもいるだろう。

 〈妖精画〉や〈星葬画〉の類は一切なかった。

 絵は膨大に残されていて、すべてに目を通す頃には日が暮れていた。

 ジョヴァンニが出した結論として、ラファエラ・モッロは新たに、〈異端画〉を描いていない。描いたとしても、彼女の手元には存在しない。

 その事実に安堵しながら、去り際に、ジョヴァンニは不自然な隙間を見つける。

 ちょうど、キャンバス一枚が収納されていたような、空間だ。


(ふむ。改めて調査を行う必要があるな)


 だが。


「いやぁ、記念に何か持ち帰る? ラファエラ・モッロの筆で描いたら、すげー絵が描けると思う!」


「習作、一枚だけでいいから、持って帰っていい?」


 少なくとも、この二人は連れるまい、とジョヴァンニは固く誓った。


 ***


「ラファエラ・モッロは〈異端画〉を描いておりません。報告は以上です」


「ふむ。ご苦労だった」


「では、帰りますね」


 簡潔な報告を述べて、ジョヴァンニはさっさと帰ろうとした。

 とにかく時間が足りない。〈ミュトス〉に戻れば、まだまだ仕事の山が残っているのだ。


「待て、我が心友よ。久方ぶりの対面に無情であるな。懇談を楽しむ余裕もないか?」


 あなたの妹姫が我儘を言うおかげで、余裕なんて指先ほどもありませんよ、と嫌味を飲み込みつつ、ジョヴァンニは華やかな笑顔を浮かべて言った。


「あなたとおしゃべりをする時間があるなら、眠りに当てたいです」


「そなた、心の声と出た言葉が逆になっておるぞ?」


「失礼いたしました。あなたの妹姫が我儘を言うおかげで、余裕はありません」


「ふむ。どちらにせよ、そなたは不敬よな」


 オネスドク王――アーサー・オークス・オネドスクは呆れたように言いながらも、ジョヴァンニの振る舞いを許しているようだった。

 それはジョヴァンニがアーサーの同窓であり、そして古くから交友があったためだろう。

 さらに言えば、今ジョヴァンニがいるのは、アーサーの私室だ。見張りの兵士はおらず、男二人、長椅子に向かい合って座っていた。

 そんな状況で、アーサーは王としての仮面を外し、ひとりの友人としての気楽さでジョヴァンニに接していた。最も言葉遣いは尊大であるが。

 今夜は帰れそうにない。そう判断したジョヴァンニはアーサーから手渡された酒のグラスを飲み干し、勢いよく捲し立てた。


「不敬で結構。あの国一番の我儘姫、どうにかなりません? 年々ひどくなっていますよ。あれでは嫁の貰い手もないのでは?」


 アーサーは長い脚を組み替えながら、ニヤリと不敵に笑う。


「身内を甘やかすのは、そなたも同様であろう? 嫁の貰い手がなければ、そうだな、そなた王族に婿入りする気はないか?」


「勘弁してください。心友を過労で殺す気ですか?」


 ジョヴァンニはすかさず断った。

 たとえアンジェリカ王女殿下が見た目通りの、可憐な才媛であったとしても、ジョヴァンニには生涯独身でいる理由がある。

 それに彼女自身も、結婚するつもりはないだろう。


「そなたが我が妹のみならず、多くの若者に心を砕いているのは、存じておる。特にラファエラ・モッロの孫娘、ローザには苦心しているのではないか?」


「ローザは、それほど手がかかりませんよ。どちらかと言えば、アホの弟弟子が面倒ごとを起こしたがる」


 今もオークウッド侯にいらぬ喧嘩を売っているのではないかと、ジョヴァンニは気を揉んでいた。

 だが、オークウッド侯は一癖ある老人である。

 〈ミュトス〉の信条に同感しているらしい。何かと支援と便宜を図ってきた。〈玉瑠璃〉の交渉は失敗しても、関係性が悪化するとは、ジョヴァンニは考えていなかった。

 クロードとローザと話がしたい。そう申し出る彼の意図は探れなかったが、何かしら思うところがあるのだろう。

 何を考えているのか分からない、というのは目の前に座る男、アーサーにも等しく言えることだ。

 ジョヴァンニは率直に訊ねた。


「なぜ、ローザを無罪にするために、王室は力を貸したのです?」


「そなたは腹の探り合いを知らぬのか?」


「弟弟子と同じで、まどろっこしいやり取りは好みませんので」


 まどろっこしいやり取りをするから、反って面倒なことになるのだと、クロードを相手にしてジョヴァンニは思い知らされた。

 何事も分かりやすいのがいい。だから腹を割って話すべきだと、ジョヴァンニは主張する。


「ラファエラ・モッロはかつて〈異端画〉を描いた、魔女だ。〈悪しき獣〉の使者だと糾弾する者がおったな。彼女の稀有な才覚は、果たして孫娘に引き継がれているだろうか?」


「ローザとラファエラ・モッロに血の繋がりはありませんよ」


「ほう。その証拠はあるのか?」


 ない、とは言い切れない。

 血縁関係がない。それを証拠づけるのは、当人たちの言葉に過ぎない。

 ローザは事実を知らずとも、ラファエラは知っている。彼女が嘘をついている可能性は捨てきれない。

 口を閉ざすジョヴァンニに、アーサーは言った。


「魔女の孫ローザに、魔女の血が流れているとすれば。その血を絶やしてはならぬ。だが、誤った道へ進ませるでないぞ? 先導するのはそなたの役目だ。若き〈ミュトス〉の頭首、ジョヴァンニ・モロー」


「……承知いたしました」


 ジョヴァンニは固い声色で頷く。

 アーサーの声は冷たい。

 彼はいつの間にか、王としての仮面を被っていた。

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