第10話 未来への一歩

展示会が終わった数日後、晴人はアトリエ「空」で次の作品に取り組んでいた。展示会を通じて得た自信は、彼の中で新しい原動力になっていた。けれど、それと同時に心の中には新たな問いが浮かび上がっていた。


「俺は、何のために絵を描いているんだろう?」


これまで、絵を描くことは彼にとって「自分を保つ手段」だった。けれど、展示会で他の人々に自分の作品が届いたことをきっかけに、絵を描く意味が少しずつ変わり始めていた。


その日の午後、遠藤がコーヒーを片手に晴人のスケッチを見に来た。

「最近の君の絵、ずいぶんと柔らかくなったね。」

「柔らかい……ですか?」

「うん。以前はもっと硬かった。自分の中の何かに必死で抗おうとしている感じがしたけど、今は違う。何かを受け入れた線だよ。」


遠藤の言葉に、晴人は自分の変化を少しずつ実感した。これまでの自分は「何かを証明しなきゃ」と思って描いていた。けれど、今はただ描くことが楽しい。そこに込められるのは、以前とは違う感情だった。


夕方、晴人は街の広場を歩いていた。そこには、いつものように人々が集まり、それぞれのやり方で自由に表現を楽しんでいた。スケッチをしている人、ギターを弾く人、詩を朗読する人——誰もが自分らしく、そしてお互いを尊重し合っている。


晴人はふと足を止め、目の前で風景をスケッチし始めた。通り過ぎる人々の笑顔や、落ち葉が舞う瞬間を鉛筆で追いながら、彼は気づいた。


「俺が絵を描くのは、人とつながりたいからなんだ。」


過去の彼は、人とのつながりを恐れ、自分の世界に閉じこもっていた。けれど、この街で暮らし始めてから、人々の多様な生き方や温かさに触れることで、少しずつ変わってきた。自分の絵が誰かに何かを届けること、それが晴人にとって何よりの喜びになっていた。


その夜、晴人は新しい目標をスケッチブックに書いた。


「自分の絵で、多くの人に物語を届ける。」


これまで、晴人はただ自分を守るために描いてきた。けれど、これからは自分の絵で誰かを励まし、何かを伝えたいと思うようになった。


翌朝、晴人はアトリエに向かいながら、これからの自分に期待を抱いていた。まだ不安や迷いは完全には消えない。けれど、この街で過ごす日々が、少しずつ彼を強くしているのを感じていた。


空は青く晴れ渡り、朝日が街を優しく照らしていた。晴人はスケッチブックを握りしめ、力強く前を向いて歩き出した。


「これからも描き続ける。自分のために、そして誰かのために。」


彼の旅はまだ始まったばかり。けれど、その一歩一歩は確実に、未来へと続いているのだった。

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僕たちの新しい暮らしを支える為に 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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