第9話 初めての作品発表

アトリエ「空」の壁に、晴人のスケッチが初めて飾られる日がやってきた。遠藤が「新しい作家の特集」として小さな展示会を開き、晴人にも作品を出展する機会を与えてくれたのだ。


晴人にとって、それは夢のような話だった。同時に、強い不安もあった。「俺の絵なんか、見てもらえるのだろうか?」という思いが頭を離れない。それでも、遠藤やエミリ、街の人々の励ましが彼を支えていた。


展示会当日、アトリエは穏やかな人のざわめきで満たされていた。晴人は部屋の隅に立ち、壁に並ぶ自分のスケッチを見つめていた。描いたのは、これまでセッションで描いたヌードデッサンや街の風景、そして自分の内面を表現した抽象的な一枚だった。


「やっぱり、俺の絵なんて……。」

不安が押し寄せ、早く帰りたくなる気持ちを抑えていると、ふと一人の男性が晴人の絵の前で足を止めた。


「この絵、面白いね。」

男性がつぶやいた声に、晴人の心臓が跳ねる。顔を上げると、その男性が遠藤に話しかけているのが見えた。


「このデッサン、線が独特だ。描いたのは誰だい?」

「彼だよ。」

遠藤が晴人を指差すと、男性は晴人に近づいてきた。


「君が描いたのかい?いい絵だね。線に迷いがなくて、描き手の真剣さが伝わってくる。」


その言葉に、晴人は驚きのあまり声が出なかった。ただ頭を下げることで精一杯だった。


次々と訪れる人々が、晴人の絵の前で立ち止まり、何かを感じ取っている様子を見て、彼の胸に少しずつ自信が芽生え始めた。


「この絵、何を思って描いたの?」

エミリも会場に来ていて、晴人の抽象画を指さして尋ねた。


「これは……自分の中にある、何か説明できない感情を描きました。多分、寂しさとか、不安とか……でも、その中に少しだけ希望も入れたつもりです。」


エミリはその答えを聞いて、少し微笑んだ。

「素敵ね。君の絵は、人の心に触れるものがあるよ。」


その言葉に、晴人は胸が熱くなるのを感じた。これまで自分が描いてきたものが、他の人にも何かを伝える力を持っている。そんな実感が初めて湧いてきた。


展示会が終わり、遠藤が晴人に話しかけてきた。

「晴人くん、おめでとう。今日の君の絵は、みんなに何かを届けたよ。」


「本当に……そうですか?」

「もちろんさ。これが君の最初の一歩だ。これからも、君の絵をもっと多くの人に見せていこう。」


晴人はその言葉に深くうなずいた。これまで感じたことのない達成感と、これからもっと描いていきたいという意欲が胸の中に広がっていった。


その夜、晴人は部屋に戻り、スケッチブックを開いた。新しいページに線を引くとき、心が軽くなっているのを感じた。


「俺にも、描けるものがあるんだ。」


晴人の心には、次の作品への期待と、さらに深く描き続けたいという情熱が宿っていた。そして、この街での暮らしが彼にとって大きな転機になったことを実感していた。夜空の星が彼を静かに見守る中、新たな夢が少しずつ形を成し始めていた。

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