第7話 モデルとの交流

アトリエ「空」での新しいセッションが開かれる日が来た。今回もヌードデッサンだと聞いた晴人は、またあの緊張感に襲われながらも、少しだけ楽しみな気持ちもあった。前回、自分の絵が他の誰かに認められたことで、自信が少しずつ芽生えていたからだ。


アトリエに入ると、すでにモデルがポーズをとっていた。彼女は20代半ばくらいの女性で、柔らかい微笑みを浮かべながら椅子に腰掛けていた。その表情がどこか親しみやすく、晴人は少しだけ心が軽くなるのを感じた。


セッションが始まると、晴人は集中して線を描き始めた。女性の体の曲線や光と影のバランスを注意深く観察しながら、自分なりの表現を追求する。今回は以前ほど緊張せず、自分のペースで進めることができた。


休憩時間になり、モデルがふっと席を立ち、晴人の方に近づいてきた。


「あなたの絵、すごく丁寧ね。」

そう話しかけられた晴人は驚いて顔を上げた。彼女は優しい笑顔で、晴人のスケッチを見つめている。


「え、ありがとうございます……。」

急に話しかけられて戸惑いながらも、晴人は答えた。


「私はエミリっていうの。今日はモデルをしてるけど、普段は写真家なの。」

「写真家……?」

「そう。ヌード写真も撮るのよ。それを見てるとね、人の体って本当にいろんな物語を持ってるんだなって思うの。」


エミリの言葉に、晴人は思わず引き込まれた。彼女の話す「体の物語」という言葉が、自分が感じていたことと重なる気がしたからだ。


「晴人くん、だよね?君の絵にも物語があるのが伝わってくるわ。だから、もっと自信を持っていいと思う。」

「物語……ですか?」

「そう。描くってことは、ただ形を写すだけじゃなくて、その人が持つ空気や感情まで描き出すことだと思うの。」


エミリの言葉に、晴人の胸の奥で何かが動いた。自分の描く絵にも、そんな「物語」を込められるのだろうか。もしそうなら、これからもっと描き続けたい。そんな思いが芽生え始めた。


セッションが終わり、晴人がスケッチブックを片付けていると、エミリがもう一度話しかけてきた。


「君の絵、もっとたくさん見てみたいな。よかったら、次の写真展に遊びに来ない?」

「写真展……。」

「うん。この街のギャラリーでやるんだ。いろんな表現を見て、また君の絵にも新しい刺激が生まれるかもしれない。」


晴人は少し迷ったが、結局うなずいた。これまでの自分なら、こんな誘いを受け入れることはなかったかもしれない。けれど、この街での暮らしが少しずつ晴人を変えているのを、彼自身が感じていた。


「ありがとうございます。行ってみます。」


エミリは嬉しそうに笑い、手を振ってアトリエを後にした。その背中を見送りながら、晴人は心の中で新たな決意を固めていた。


「俺も、もっとたくさん描いて、もっとたくさんの物語を見つけたい。」


彼の目には、かつて見失っていた未来の光が、少しずつ差し込んでいるようだった。

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