第4話 ニューロダイバーシティーの街

晴人がこの街に来てから数日が経った。アトリエでの出会いは、彼にとって大きな転機だった。遠藤の言葉に背中を押されるようにして、晴人は少しずつ街の中を歩き回るようになっていた。


この街はどこか特別だ。家々は派手ではないが、それぞれの個性が溢れている。カフェの窓辺には、地元のアーティストが描いた絵が飾られている。通りでは、車椅子に乗った女性が子どもたちと笑いながら話している。その傍らで、音楽を奏でる青年がいる。何かが違う——晴人はそう感じていた。


彼が特に驚いたのは、この街の人々が互いにとても自然に接していることだった。誰かが障害を持っていても、言葉が少し話しにくくても、誰もそれを問題視しない。むしろ、それぞれの「違い」が当たり前のように受け入れられている。


晴人はある広場で足を止めた。そこでは、地元のアートイベントが開かれていた。大きなキャンバスが並べられ、人々が自由に絵を描いている。小さな子どもも、大人も、車椅子に乗った男性も同じように筆を動かしていた。


「なんか……不思議だな。」

晴人はその光景を眺めながらつぶやいた。彼にとって、この雰囲気は初めてのものだった。これまで彼がいた場所では、自分の「違い」を隠すことが当たり前だった。けれど、この街ではそれを隠す必要がないように思えた。


「描いてみる?」

突然、声をかけられて振り向くと、キャンバスの前に立っていた中年の女性が笑顔で彼を見ていた。手には絵の具がついた筆を持っている。


「え、僕ですか?」

「もちろんよ。ここは誰でも描いていい場所なの。」

彼女の言葉に押されるようにして、晴人は筆を手に取った。キャンバスの前に立つと、少し緊張しながらも線を引き始めた。周りにいる人たちは特に何も言わず、それぞれの作品に集中していた。


晴人は、自然と筆が進むのを感じた。周りの目を気にする必要がないこの場所で、彼は自分の中にあるイメージをキャンバスにぶつけた。


「いいじゃない。」

描き終えた頃、さっきの女性が再び声をかけてきた。彼女は晴人の描いた絵を見て、にっこりと笑っていた。


「君の絵、面白いわね。どこか心に残るものがある。」

その言葉が、晴人の胸に響いた。自分の絵が誰かに何かを伝えられるのだという実感を、初めて得た気がした。


「ありがとうございます……。」

照れくさそうに頭を下げる晴人に、彼女は優しく微笑んだ。


「この街ではね、みんなが自分らしくいるのが一番大事なのよ。あなたもきっと、そのままでいいの。」

その言葉に、晴人は少し目を潤ませながらうなずいた。


その日の帰り道、晴人はふと考えた。これまで自分が隠してきた「違い」や「弱さ」は、この街では隠さなくてもいいのかもしれない。この街の人々が持つ穏やかな空気が、そう思わせてくれるのだった。


「ここなら、俺も自分らしくいられるのかも……。」


空には星が瞬いている。晴人はその光を見上げながら、少しだけ未来に希望を感じていた。ニューロダイバーシティーの街は、彼にとって「居場所」への扉をゆっくりと開き始めていた。

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