第30話 チリビーンズ
ボクには、作りたい料理があった。ボクのような初心者でも作れて、労働者階級の人でも満足できそうな料理を。
「構わんぞ、コーキ。しかし、料理はすでに、チモ子が担当しているが」
「作ってみたい料理が、あるんですよ。一品だけでいいので、どこかスペースを空けてもらえると」
「よろしい。ついてくるがよい」
ボクは、厨房を借りることにした。
まず、玉ねぎをみじん切りに。
「お手伝いします」
「ありがとう」
アザレアが、玉ねぎ切りを手伝ってくれた。
続いて、にんにくの芯を取って、こちらもみじん切り。
フライパンに油をひいて、にんにくと香辛料を炒めていく。
「それ大丈夫なの? 薬なんだけど?」
唐辛子を潰して炒めようとしたボクを、パロンが心配した。
「そうなの?」
「すり潰した唐辛子なんて、気を失った子どもに、ウイスキー代わりに飲ませるものだよ?」
なるほど。ちゃんとした唐辛子の使い方って、貴族しか知らないみたいだ。
「問題ないよ、パロン。これは食べられるから、心配しないで」
食材は、豆とひき肉を使わせてもらう。
肉の色が変わるまで、炒める。玉ねぎもいっしょに。
玉ねぎがしんなりしてきたら、カットトマトを。
これらを炒めて、さらに別の香辛料と合わせる。
「コーキ、おいしそうな匂いがしてきたよ」
パロンが、鼻をひくつかせた。
「チリビーンズと言ってね。おいしいんだよ」
簡単だから、家でもよく作っていたっけ。
フタをして、弱火でコトコト煮る。
「チモ子さん、パンってありますか?」
「ありますよー」
チリビーンズには、パンだろう。
フタを開けたら、さらにおいしそうな香りが漂ってきた。
そこから、塩コショウで味を整える。
最後に、豆を投下した。豆がふやけてきたら、完成だ。
「できました。運びますね」
「どうも~」
チモ子さんが作ってくれた料理も、いっしょに並ぶ。
貴族様が作ってくれた料理と比較すると、やっぱり庶民的な色が強い。
とはいえ、ティンバーさんはボクの作ったチリビーンズに釘付けだ。
「庶民的な具材ばかりなのに、どうしてこんなにも惹かれてしまうのか」
「そうですよねえ。手が込んでいる気がしますよぉ」
料理担当のチモ子さんも、ボクの料理に興味を示していた。
「チリビーンズです。パンにこうやってつけて、召し上がってください」
ボクは、食べ方を実践してみる。
パン越しからでも、うまくいったことがわかった。
おいしい。パンチが効いていて、味が整っている。塩コショウだけだと、ここまで満足感が出ないんだよなあ。
「おいしそうだね! いただくよ!」
待ちきれなかったのか、パロンもチリビーンズを食べた。
「ふむ。いただこう」
具材をパンにつけて、ティンバーさんはチリビーンズを食べようとする。
「ティンバー坊ちゃま、お毒見をせねば」
「バカを言うな。コーキやパロン・サントが、平気な顔で食っているのだ。毒なわけがない」
パンに塗ったチリビーンズを、ティンバーさんは口に入れた。
「うまい! 食ったことのない味だ! これは、なんというか。労働者が食うものにしてはもったいないな」
「もし挽き肉が手に入らないなら、乾燥肉で代用してもいいかも知れません」
乾燥肉は、塩を大量に使っている。調味料が減るから、それはそれでコストパフォーマンスがいいかも。
「ふむ。ウチの宿屋でさっそく出してみよう」
「ウチの料理も食べてくださると、ありがたいですねえ」
ボクはつい、チモ子さんのお株を奪うところだった。
「すいません。いただきますね」
チモ子さん特製、鶏の丸焼きをいただく。
「ああ、上品!」
水炊きやラーメンに入ってる鶏肉とはまた違った、香ばしさに包まれた。
貴族様が召し上がる料理だ。
たいてい転生モノの作品だと、「現地の料理が美味しくない」ってのが主流である。
けれど、この世界の料理はそれなりに進んでいた。調味料が、医薬品としてしか発達していないだけで。素材は最高なんだよね。魔物だって、調理すればしっかりと食べられるし。
食後のコーヒータイムとなった。
「他の要件は、家具だったな。いい家具屋があるので、そこで購入してくれたまえ」
ティンバーさんから、家具売り場の案内状をもらう。
「ありがとうございます」
メイドさんが、お皿を片付けていく。
そこには、チョコチョコとせわしなく動いている女の子が。小さい体なのに、せっせと働いている。ああ、こけちゃった。ボクの分のお皿が、宙を舞う。
「おっとっとお!」
ボクは手からツタを展開して、少女とお皿を受け止めた。
「あ、ありがとうございますだ!」
少し訛りのある口調で、ちっこいメイドさんが去っていく。
「あの子は?」
「元々、行商人の子どもだ。しかし、この間の嵐で両親を船ごと失ってな。ウチで引き取ったのだ」
商人の子どもか。
ちょうど、計算ができる人が欲しかったんだよなあ。
「下働きをしてもらっているが、あまり家事は得意ではないみたいでな。我々も持て余しているのだ」
「計算はできるんですよね?」
「簡単な料理と、計算くらいなら、できるだろうな」
ボクは、パロンと相談をした。
「ウチで引き取っても?」
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