第29話 商人貴族のお屋敷

「コーキ様。お約束どおり、いらしてくださったか。どうぞどうぞ」


 執事さんは、手にカゴをぶら下げていた。買い物帰りみたいだな。


「久しいね、アル爺。元気みたいでなによりだよ」


 パロンが、慣れた口調でアルさんに声を掛ける。


「おかげさまで、よくしていただいておりますぞ、パロン様。お一人ではなく、パロン様たちもおいでくださったとは。これは、賑やかな再会となりそうじゃ」


 パロンとも、アルさんは面識があるようだ。 


「アル爺。この方が、ティンバー坊ちゃまの?」


 アルさんは、ワーラビット族のメイドさんを連れている。


「左様。こちらはコーキ様。ティンバー坊ちゃまを死の淵から救ってくださった、救世主様なるぞ」


「ふうん。アタイはチモ子っていいます。どうもー」


 ウサギメイドさんは、両手に大量の果物が入ったカゴを持っていた。背負子に載せたカゴにも、野菜やお肉を下げている。

 

「チモ子や。コーキ様やパロン様たちに、盛大なるおもてなしを。ワシはこちらの方々を、部屋へ案内して参る」


「あいよー。ではお客様方、ごゆっくり~」


 チモ子さんは、屋敷に入っていく。


 ボクたちはアル爺の案内で、応接室へ通された。


「オレたちみたいな冒険者まで、屋敷に入ってよかったのか?」


「結構。知り合いなら、別け隔てなく。これこそ、ネトルシップ家の家訓でありますぞ」


「そうか。世話になるな」


 ガルバはかしこまっていたが、このお屋敷では遠慮なんて必要ないみたいである。


「ティンバー様! コーキ様がお見えになりましたぞ!」


 中庭に、アルさんが呼びかけた。


「来たか! こんな格好ですまんな!」


 ボロボロの作業服姿、コント番組で見るようなアフロヘアで、ティンバーさんは中庭から応接室に入ろうとする。


「まったく、ティンバー様は! 来客の応対の前に、髪を洗ってらっしゃい!」


 アルさんが、ティンバーさんを叱り飛ばした。


「よいではないか。気兼ねなくいてもらったらよい!」


「よくありませんよ! 親しき中にも礼儀ですぞ! ささ! 行った行った!」


 アル爺はティンバーさんを軽くあしらい、浴室へ誘導する。


 こんなやりとり、しょっちゅうあるんだろうな。アルさんの手際は、かなり慣れていた。


「お見苦しいところをお見せした。お茶でも飲んで、待っててくだされ」


 ささっとお茶を用意して、アルさんも浴室へと消えていく。


「相変わらず、賑やかだな。ティンバーのところは」


 パロンは紅茶を手酌して、味わうことなくグイッと一飲みした。


「いつもこんな調子なのかい?」


「そうだよ。だからあんな中年になっても、嫁のもらい手もないんだ。自由すぎるから」


 お茶菓子をバリボリとかじりながら、パロンはティンバーさんの人となりを語る。

 

「本人も結婚する気がなくてさ、所帯を持つくらいなら、発明家として独立する! って息巻いているよ」


「オレと歳が近そうだが?」


「かもしれない。たしか、三一歳だっけ?」


「オレの、二つ年下だな。モテそうなんだが」


「顔はいいんだよ。だから社交界ではそれなりに。でも、本人はビュッフェを作ったシェフと数時間話し込んでるね。色気より食い気なヤツでさぁ」


 ガルバは娘さんを立派に育てているのに、ティンバーさんはまだ結婚もしていないのか。


 まあ、ボクも似たような歳で独身だったから、なんとも言えない。

 

 この世界でも、晩婚化が進んでいるのだろうか。

 

「おまたせした」


 行水だったのか、ティンバーさんが貴族の正装で現れた。しっかり、髪型も整えて。ちゃんとした服を着ると、モテそうなのに。


「まったく、おめかしなんぞいらんと申すに」


「そうは参りません。大事なお客人と対面する日ですぞ。無礼があってはなりません。ましてお相手は、魔女様とそのご友人方。粗相があっては、我がネトルシップの恥となりましょう」


「吾輩も、礼儀はわきまえておる。だから、自由度の高い服装でも構わないと言ったのだ。妙にかしこまっては、相手も緊張するではないか」


 アル爺の意見はもっともだが、ティンバーさんも持論を展開する。


「なあ、コーキ。ホントに同一人物だよな?」


「そうですよ。あれがティンバーさんなんです」


 ボクも、驚いていた。エラそうな格好をしているが、根は少年みたいなんだ。


「紹介が遅れたな。吾輩はこのネトルシップ家の長男、ティンバーという」


 ガルバとアザレアが、それぞれ自己紹介をする。

 ボクたちは見知った仲なので、省略した。


「さっそくだが、コーキから頼まれていた品を渡す。さっき買ってこさせたのだよ」


 ボクが欲しいと頼んだ品々を、ティンバーさんがテーブルに置く。


「豆ばっかりだね」


 パロンが、品物の感想を述べる。


 豆類の他には、トウモロコシまで。


「トウモロコシは、サービスだ。もらってくれ」


 他にはジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンなど。


 豆の本命は、香辛料である。


「ありがたいです」


 これは、絶対に欲しかった。豆類がグンと、おいしくなるだろう。


 だが、これの価値を知ってもらうには。

 

「あの、厨房をお借りしても?」

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