実は公爵家令嬢と婚約者の王子様はグル! お互いの目的のために婚約破棄したい!

蒼井星空

実は公爵家令嬢と婚約者の王子様はグル! お互いの目的のために婚約破棄したい!

「ミルシュ、もう……キミとの婚約を破棄する!」


ここは王宮にある大広間。

そのテーブルで紅茶を飲みながらくつろぐ私に向かって、婚約者であるレオナルド王子がそのように宣告します。


残念なことです。

ミルシュ・フェレンダール……フェレンダール公爵の娘である私はため息をついてしまいました。


「レオナルド様。大変失礼ながら『もう』のあと、お声が小さくてよく聞こえません。やり直しですわ」

「ごめん……」

私は減ってしまった紅茶を執事の方に注いでもらう。

あと何回練習すればはっきり言えるようになるでしょうか。


こんな夜遅くにたくさん飲んでしまうのは少々問題ですわ。


えっ?なにをしているのかですって?


これは明日の王立学院で開催される夜会において、盛大に私が婚約破棄される、その予行演習ですわ。


私には私の理由、王子には王子の理由、それに加えて国王陛下には国王陛下の理由があります。

父であるフェレンダール公爵にも、王妃様にも、さらにはあと3名ほど。

なんと八方好しですわ。


これだけ理由が揃ってしまえば、あとは実行あるのみ。


国王陛下のお許しを頂いてこの王宮の大広間で予行演習をしている、というわけです。


え?理由はなんだですって?

無粋な方ですね。

そんなのは嫌われますよ?


「さぁ、もう一回です」

「わかった」

婚約破棄の宣言と言えば、物語の冒頭なのです。

ここをビシっと言えないと、先に進まないではありませんか。


「レオナルド様はちゃんと私が愛しい方の仇とでも思って、きつく睨みつけ、あらん限り声高に非難し、ちゃんと婚約破棄を宣言してくださいませ」

「うぅ、頑張るよ」


練習は夜半まで続きました。






そして、夜会が始まります。

この夜会は王立学院の卒業式を7日後に控えた日に毎年開催されるものです。

これから学院を巣立っていく生徒たちが最後に親交を暖め、先生方に感謝を示す場所です。

ともすれば浮ついてしまいそうな状況において、自らを律して執り行う儀式なのです。


私はすでに先生方への挨拶を終えてゆったりとした時間を過ごしています。

そんな私の横では、同級生のお花たちがなぜか婚約者である私の横にいないレオナルド様を不誠実だのなんだの小さい声でさえずっているのを華麗にスルーしています。


……ようやく時間ですわね。頑張ってください、レオナルド様。

私は夜会の会場である大広間の扉を申し訳なさそうに開けてキョロキョロしながら入ってきたレオナルド様を見つけて、心の中で応援します。

どうして高貴なるあなたが自分で扉を開けているのか?という疑問は心の中にしまっておきます。


「みな、聞いてくれ!」

おぉ、思いのほか大きなお声。頑張ってレオナルド様!

 

その声はレオナルド様としては生まれて初めてと思えるくらい大きなものでしたが、大広間全体には行きわたりませんでした。

それでも周囲のものが気付き、少しずつ喋るのを控えていく。

それがまるでさざなみのように広間全体に広がっていきました。


「うん、ありがとう。ミルシュ、もう勘弁ならない。私の愛しいユーフィスに対する悪辣な所業。それに高貴なるものの責務を忘れ、下賤なものと交わるキミとは今後を共にできない。よって、キミとの婚約を破棄する!」

「レオナルド様♡」

言い切った!

頑張ったわね、レオナルド様!


一生懸命、少しお顔を赤くしながらも言い切った王子をわしゃわしゃと褒めまわしたい気持ちを抑え、精一杯表情を取り繕います。きっとショックを噛み殺していると周りは誤解してくれるでしょう。

レオナルド様に近寄ってきて緊張する彼の腕を取り、うっとりしている子爵家令嬢のユーフィスさんの姿も効果的です。


「そんなことが許されるとでもお思いですか?私たちの婚約、そして結婚は国王陛下と私の父であるフェレンダール公爵との間で結ばれた契約です。いくら王子とはいえ、勝手に破棄することなどできるわけがありませんわ!」

私は迫真の演技を披露します。

えぇ。ちゃんと可愛らしいレオナルド様のことを、あの憎きGだと思って強い言葉を吐き出しました。


「うぅ……破棄はできる。国王陛下にキミのやったことを説明すれば理解してくれるだろう」

レオナルド王子は少したじろぎながらも言い返してくる……頑張って!そこで気圧されちゃダメ!横で私を射殺さんばかりに睨みつけているご令嬢を見習ってくださいまし……。いや、無理ですわね。あんな表情を見たら可愛いレオナルド様の100年の恋も醒めてしまいそうですわ。

 

「どうせ浮気なのでしょう?この泥棒猫さん」

レオナルド様のことを早々にあきらめた私はユーフィスさんに話を振る。


「ふん。王子様に捨てられたことを私に八つ当たりするのですか?これが公爵令嬢様とは情けない。さすが陰湿ないじめをされてきた方ですわ」

このアマ、ぶっ殺してやろうか?


……いけません。ついシナリオ通りだというのに怒りを抑えられなくなるところでしたわ。

この娘、堂に入りすぎじゃありませんこと?

演技ですわよね?


「ちょっ、ちょっとお待ちください!」

「そうですとも。ここは学院の夜会と言えど、公式の場なのです。軽々な発言はおやめください」

私が少しの間放心していると、ロイド・クレオール侯爵令息と、ジュラルディ先生が割って入ってきました。

ふむふむ。


舞台における私の役割はほぼ終わりました。

ここからは誰がどのような立場を取ったか。どのような発言をしたか。それを記憶することです。

私には記憶メモリーの魔法がありますので、簡単なお仕事ですわ。


「止めないでくれ、ロイド。そしてジュラルディ先生。僕はこの真実の愛に生きるのだ」

一方で、レオナルド様の役割は続きます。ようやく慣れて来たようで、淀みなく言い切りました。


「何を言う……」

おぉっとマズいですね。

私は怒り心頭の面持ちで立ち上がって文句を言いそうになった隣国の皇族であるラジール様を止めます。

猪突猛進系の我がまま俺様タイプの彼ですが、義には厚い性格ですから許せることではなかったのでしょう。

声を挙げてしまわれたので、存在感ごと薄くしておきましょう。


私はこの世界でも珍しい支援魔法特化の魔法使いですので、これくらい簡単なお仕事なのですわ。


って、いけません。

続きをどうぞ……。



「えっと、本気なのですか?レオナルド王子。真実の愛は理解できるから愛人にでもすればいいのでは?」

次に立ち上がったのはファビオ・レガッティ伯爵令息ね。

悠然としたその立ち振る舞いは、貴公子の名をほしいままにしている彼に似合ったものですが、もう少し慌ててもよいのではないでしょうか?


「愛人などという立場にする気はない。僕はユーフィスを愛しているのだから」

力強く言い切ります。私の方を見ずに……。

なるほど。ユーフィス様に関することであれば淀みなく言えるようです。そして私のことが怖いと……そういうことでしょうか?


その後も次々に主に生徒たちがレオナルド様を止めようとしたり、逆に祝福したり……。

剣術が得意で騎士団への入隊が決まっているアラン・ゲアシュ伯爵令息、王宮魔法師団への入隊が決まっているロアード・ベルナウド子爵令息は賛成派のようです。


王宮勤務となる予定のライル・マクスベリ―さんは反対派、そしてなんとフェレンダール公爵の政敵であるマクシュラム公爵家令嬢のレノワールさんは婚約破棄はすればいいけどだったら自分と結婚しましょうとか言い出します。


まぁ、概ね出そろったでしょうか。


あと目星をつけていたものたちは動かなかったということを記録しておきます。



こうして学院の夜会は無事?終わりました。





そして3日後……。




学院に登校する道すがら、馬車から景色を眺めています。

3年間通った道です。

それももう、あと数日のことだと思うと少しだけ寂しくなりますわね。


 

すでに夜会のことは報告書にまとめ、王宮に提出しておりますわ。

なので、私の役目は終わったのです。


この週末はフェレンダール公爵邸でのんびりしていました。報告だけはたくさん来ましたが。


「そろそろ着きますわ」

私は同席者にそう声をかけます。


「どうなったんだろう。ちょっと怖いね」

ぶるっとひと震えした彼は荷物を持って立ち上がります。

王立学院の中には従者は入れませんので、荷物は自分で持って移動しなくてはなりません。


「役目は終わったのですから、堂々としていればいいのですわ、レオナルド様」

「あぁ、ミルシュ。でも、なかなか慣れなくて……」

可愛らしくはにかんでいます。


そう、終わったのですわ。


私とこの方の偽装婚約が。




馬車を降りるとそこで待っていたのはユーフィスさんです。

嬉しそうな表情で降りていくレオナルド様の腕を取ります。

 

そして私は周囲を見渡します。


学院の門の前の広場では、明らかに先週よりも人が減っています。



お分かりになりましたでしょうか?


まず1人目は国王陛下です。陛下には理由がありました。

陛下は養子として育てていた兄の子であるレオナルド様に国の未来を託したかったのです。

もともとは陛下の兄が即位し、陛下は支えに回るはずが、兄が早逝してしまったため間を埋めるだけのおつもりだったのです。

なのに側室を取らされ、息子ができてしまった。

 

もしかすると次の王位をめぐって争いが起こってしまう可能性があり、それを避けるためにユーフィスとの結婚を決めました。

えっ?子爵家令嬢との結婚では逆に廃嫡されるのではないかですって?

大丈夫ですわ。

なぜなら彼女こそ、国王陛下の実の娘なのですから。

この辺りは粛清の中で効果的に公開していったそうですわ。



粛清は当然ながら暗躍していた側室とその実家、派閥の方々です。

ユーフィスをただの子爵家令嬢と思い込んだ彼らはレオナルド様の真実の愛を全力応援したそうです。

その裏で忠臣のふりをして国王陛下に『陛下!お話が!』とやってあえなく御用です。



2人目のレオナルド様の理由は当然ながらユーフィス様です。

そしてもともと偽装婚約を知っていますから、特に語ることはありません。

全力で善き国王になってください。



3人目はフェレンダール公爵ですわね。

彼は国内のバランスを取ることが目的です。

普段は政争をしていますが、それすらもガス抜きのためにやっています。

争いがないと、貴族は勝手に別の敵を作りに行きますから。



4人目は王妃様。

なにを隠そう、ユーフィス様の実のお母様です。

娘が王妃になるのですから喜ばしいことに決まっています。

来週を待つことなく、一昨日から王妃教育を開始したそうです。



5人目はユーフィス様です。

愛しいレオナルド様と添い遂げられることになって幸せの絶頂でしょう。

せいぜいこれからの王妃教育で音をあげないことね。



6人目は私……ではなく、宰相閣下なのですが、そろそろ話すのに疲れてきたので、スルーしますわ。


……という訳にもいきませんよね。

閣下はただただ王国内を乱すものを知りたかったのですわ。


知った上でそれをどう使うかは彼の方次第ですが、すでに多くの者が退学になったそうなので、いろいろと悪辣なことをしていたものがいたのでしょう。

貴族のつながりは通常あまり表に見えませんから、今回のように次期国王争いを仕向けて表面化して探りだしたのですわ。


結果として国王陛下と宰相閣下のおかげでこの婚約破棄を利用して利益を得ようと暗躍した方々は全員あえなく処分されました。

俗に言うざまぁというやつですわね。



7人目は私です。

これまでお話したことでご理解いただけたかもしれませんが、私は魔女です。

それも"稀代の"という形容詞を頂く程度には優れていると言われています。

えっ?わからなかったですって?

 

ならこの事実をお話ししましょう。

ユーフィス様が王家を離れた理由は、生れながらにして死の呪いを受けていたからですわ。そのため、3歳を迎えられぬだろうと言われ、子爵家に出されたのです。


その子爵家の当時の当主の娘だったお母様が偶然私を連れて尋ね、これまた偶然私とユーフィス様は出会いました。


で、『なにこれ?変なものが巻き付いてるよ?痛くない?』と言って取り払ってしまったのです。


すでに子爵家に出されていたユーフィス様でしたが聡明な方で、死についても養女に出されたことまで理解されていました。


その後、これを宰相閣下が利用した計画を立て、兄の子と娘の将来を想った陛下が採用したのです。

あと、私とユーフィスさんはこの時からお友達ですわ。

きっと。

夜会でのことは演技よね?




愛に満ちていますわね。

これまで大変だったんだから……今後も大変だと思うけど、末永く仲良くね。レオナルド様、ユーフィスさん。



では、このお話はここでお終いです。

私はそろそろ行かなくてはなりません。

今日はまだ授業があるのですから。


それではごきげんよう。


私は足早に学院の建物に入ろうと……



「あぁ、愛しいミルシュ。ようやくこの日が……」


すたすたすたすた……


「まっ、待ってくれ!」



お気付きでしょうが、彼が8人目です。

なぜかこんな私のことが好きらしいのですが、いじめがいがあって面白いので私は行きますわ。


今度こそ、ごきげんよう。



***

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