第3話 暁の御子

 『ほう! 御神楽みかぐら天音あまねから挨拶をしてきたとは!』


 凪夜なぎやの小型イヤホンから、上司の弾んだ声が聞こえた。


 放課後の屋上。

 天音の護衛はSPに引き継がれ、凪夜は上司と連絡を取っている。

 上司は、組織のトップの意味を込めて“カシラ”と名乗っている。


「でも、本当にそれだけですよ」

『何を言っている! 私はそれすら期待していなかったからな!』

「カ、カシラ!?」


 ショックを受けながらも、凪夜は尋ねる。


「それにしても、昨日は災難でしたね」

『御神楽天音のことか?』

「はい。まさか帰宅中に鬼におそわれるとは」


 対して、カシラは強く言葉にした。


『それほど特別なんだ。“あかつき御子みこ”というのは』

「……そうらしいですね」


 凪夜は、任務を拝命した時のことを思い出す。



────


「学校なんて無理です! だって僕、人見知りですからあああ!!」


 盛大に叫んだ後、凪夜はこれでもかとカシラに問う。


「学校NGでしたよね!? 僕が無理なの知ってますよね!?」

「すまない。こちらも手を打たざるを得なくてだな」

「一体どういう事情ですか!?」


 カシラと凪夜は長年の付き合いだ。

 凪夜が唯一まともに話せる相手である。


「その学校に“暁の御子”が入学してくる」

「……!」

「お前なら聞いたことがあるだろう」


 “暁の御子”とは、百年に一度生まれる特別な存在。

 大きな呪力量を魂に宿し、古来より討魔師とうましが守る使命を持つ。

 現代のそれが、御神楽天音だ。

 

 人が生まれ持つ呪力量には、多少の差がある。

 だが、天音は別次元。


 呪力量にして、一般人のおよそ1000万倍。

 つまり、1000万人分と同等の呪力を魂に宿すのだ。


「彼女本人も“暁の御子”であることは知らない。とくと安全のためだ。知るのは我々と、ごく一部のみ」


 秘匿するのには、訳がある。


 “暁の御子”は呪力を行使できない。

 長い歴史でそう証明されているのだ。


 これらが天音が狙われる理由であり、本人にも秘匿されている理由。

 そして、討魔師が彼女を守る理由だ。


「しかし、現代に“暁の御子”が出現したという情報がれているようだ」

「……!」


 カシラは深刻な顔で続けた。


「そこで学校内部にも護衛を増やすことにした」

「で、僕だと」

「十代の討魔師は貴重だからな。それに、あらゆる欠点・・・・・・を考慮しても、強い者が必要との判断らしい」

「あらゆる欠点……」


 ずうんと落ち込む凪夜に、カシラもフォローを入れる。


「どうした! お前は他に驚くほど何もできないが、討魔の実力だけは一流だ! 自信を持て!」

「フォローになってません!」

「ということでよろしくな。連絡は後日行う」

「そんなあ……」


 こうして、凪夜は入学手続きを進められたのだった。


────



 回想を終え、凪夜は聞く。


「御神楽さんの情報が漏れているなら、悪い人も彼女を狙ってくるかもしれないんですよね」

『ああ、当然そうなる』


 呪力は、扱い方を覚えれば誰でも使える。

 ならば討魔だけでなく、他の事にも利用する者が出てくる。

 その最たる例が、裏社会の人間だろう。


『呪力はオカルトだなんだと言われるが、本物の“力”だ。裏社会で情報を得る者は、まず使ってくるだろうな』

「なるほど……」


 討魔師の使命は、怪異やそれに関するを討つこと。

 その悪には、人間も含まれている。


『その証拠と言ってはなんだが、昨日の鬼に関する報告が上がっている』

「なんですか?」

『昨日の鬼は指示、もしくは誘導された可能性が見つかった』

「……!」


 カシラは続ける。


『怪異には“指揮する”という行動は確認されていない。ならば……』

「裏に人がいる可能性があると」

『そういうことだ』


 互いの報告を終え、カシラは言葉を締めた。


『心に留めておけ』

「わかりました」





「裏に人がいる、かあ……」


 夕暮れになり、凪夜は帰宅途中。

 その間にも、裏社会の人間について考えていた。


「まあ、中々そんな人いない──」

「おい」


 だが、曲がり角でふと声が聞こえてくる。

 振り向いた先には、目つきの悪い男がいた。


「お前、討魔師だろ?」

「……!?」


(めっちゃ悪そうな人きたあー!?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る