第2話 声の主

 「それはちょっと困ります」


 天音あまねの背後から、ふいに少年の声が聞こえる。

 すると、天音に迫る鬼の手が吹っ飛んだ。


「ギャアアアアアア!」

「……!?」

 

 途端に、鬼は痛みにもだえる。

 天音も状況を把握しようとするが、精神が限界だったのだろう。

 フラフラっとしたまま、頭から後ろに倒れかける。


「うっ」

「おっと」


 天音の頭は、地面に着く前に少年が支えた。

 駆けつけた少年は、凪夜なぎやである。

 その姿がちらりと天音の視界に入った。


(この声……だ、誰──)


 しかし、ぼやける視界では誰か分からず(そもそも顔を見ても分からない)。

 天音はそのまま気を失った。


 だが、手を吹っ飛ばされた鬼はそうはいかない。


「ナンダオマエは」

「──静かに」

「アァ?」


 対して、凪夜はクワっと険しい目を浮かばせる。


「今、女の子に触れてすごく緊張してますから!!」

「……ハ?」


 鬼気迫る表情だ。

 その顔が、凪夜にとってどれほど緊急事態かを示していた。

 しかし、鬼もそう甘くはない。


「ソンナノは知らぬわ!」

「……!」


 鬼が込めたのは、黒く大きなエネルギーの塊。


 これは“じゅりょく”だ。

 怪異が持つ不思議な力である。

 一般的には魔力、神通力じんつうりきなどとも呼ばれる。


「ならばオマエからコロスのみ!」


 鬼は呪力の塊を放った。

 ──だが、呪力を操るのは怪異だけではない。


「あぶないじゃないですか!」

「ナンダトッ!?」


 呪力の塊は、凪夜の前で消失した。

 同じ呪力に相殺・・されることによって。

 

「オマエ、討魔師とうましカ……!」


 討魔師も呪力を用いて戦うのだ。


 呪力は人間なら誰しもが持つ。

 一般人が使えないのは、扱い方を知らないだけだ。


 しかし、鬼は余計に・・・わらった。


「カッハッハ! だったらオレ様の怖さがワカルよなあ!?」

「……」


 怪異には“階級”が定められている。

 上から、天災級>特級>上級>中級>初級。

 これは討魔師の間で共有されている。


 だが、天災級・特級は滅多に出現しない。

 それこそ昔の伝記に残された程度だ。


「オレ様は“上級怪異”! キサマのようなガキにははらえぬわ!」


 上級怪異は、よく出現する中では最上位である。

 おごった鬼は、呪力を混ぜた本気の拳を振るう。


「ココで死ネエエエエ!」

「嫌です!」

「──ハ?」


 しかし鬼の拳は、宙でピタっと止められた。

 透明な壁があるかのように、それ以上は進まない。

 原理は分からないが、凪夜が手をかざしていた。


「ふ、ふざけるナ! オレは鬼ダゾ……!」


 凪夜の弱そうな発言にも、イラっときたのだろう。

 さらに凶暴化した鬼は、呪力の塊をこれでもかと放つ。

 

「このクソガキガアアアアア!」

「ちょっと、砂ぼこりが立つじゃないですか! ケホッ、ケホッ!」

「バ、バカなッ!?」


 どれも人間を軽く吹っ飛ばすほどの威力だ。

 だが、凪夜には通用しない。

 ふざけた事を言いながらも、全て空中で相殺される。


「クッ、ナゼだ……!」


 ならばと、鬼は疑問をぶつけた。


「ナゼ、オマエほどのモノが、コイツをマモル!」

「どういう意味ですか?」

「気づいてイルだろう! コイツのにどれほど価値がアルのか!」

「……」


 強い討魔師ほど、他人の呪力を知覚できる。

 凪夜はチラリと天音を見ると、感じ取った。

 その膨大ぼうだいすぎる呪力量を。


「だが、コイツは力を使えない! ならばオレ様が喰うべきだ! そうダロ!?」


 鬼は声を荒げるが、凪夜は首を傾げた。


「……さ、さあ?」

「ハ?」

「僕は頭が良くないので分かりません」


 天音がどうあろうが、凪夜には関係なかったようだ。

 彼自身が抱える重大な問題・・・・・に比べれば。


「それよりも、今の職場を追い出される方が怖いです」

「ハア?」

「こんな人見知りじゃ、どこも拾ってくれませんから!!」

「……!」


 凪夜から、じわりと黒いオーラが出る。


「ということで、彼女を守らなければならないので」

「……ッ」

「そろそろはらいます」

「……ッ!?」


 黒いオーラと同時に、凪夜の呪力が急激に上昇していく。

 鬼の呪力など一瞬で上回り、どこまでもふくれ上がるように。


「オ、オマエ、何者ダ!?」

「……」

「イヤ、ナニを体に飼っている・・・・・・・ッ!?」


 鬼も聞き方を変えた。

 それほどに膨大な力だ。

 凪夜自身が怪異だと言われた方がまだ納得できるほどに。


「答える義理はないです」

「……ッ!」

「もう終わりましたから」

「ガハァッ……!!」


 下から、腹パン一発。

 膨大な呪力で包まれた拳は、鬼の体を消し飛ばした。

 そこには跡形も残らない。


「──討魔完了」


 消滅を確認し、凪夜は小型イヤホンから無線を飛ばした。

 通信はすぐに上司とつながる。


「終わりました」

『さすがだな。すでに人を向かわせている。いつも通り周囲を軽く見た後、お前は退散しろ』

「了解です……ん?」

『どうした?』


 すると凪夜は、天音の手に握られている物を見つける。

 ちぎられた・・・・・紫色のペンダントだ。


「写真送りました。何か分かりますか?」

『……ふむ。これは御神楽みかぐら天音の、大きな呪力を隠すのに役立っていたようだ』


 怪異も、呪力が少ない人間をわざわざ襲いはしない。

 自身が力を得るため、呪力が多い人間を狙うのだ。


「じゃあ、これがちぎれたことで鬼に見つかったと」

『だろうな』


 十六年間、天音はこのペンダントで怪異から隠れてきた。

 それが事故か偶然か、何かの拍子にちぎれてしまった。

 そうして、今回の件に至ったようだ。


『そのペンダントをどうする気だ?』

「いえ、特に何も」

『嘘をつけ。お前はなんだかんだ優しい奴だ』

「……じゃあ言わないでください」


 とにもかくにも、危機は去ったのだった。





「──はっ!」


 天音が勢いよく起き上がる。

 だが、周りを見渡すと疑問が浮かぶ。


「あ、朝……?」


 時間は朝。

 いるのは寝室のベッド。

 いつも通りの目覚めだった。


(あれ、昨日は何してたっけ……?)


 だが、昨日の放課後からの記憶が曖昧あいまいのようだ。

 非現実な光景に、一時的な精神ショックのせいだろう。


(じゃあ昨日のは夢──いや、違う!)


 だが、首に掛かったある物を触り、現実だと再認識した。

 “直っている”紫のペンダントである。

 凪夜は偶然壊れたと思っていたが、実は天音が自らちぎった・・・・・・のだ。


「……」


 同時に思い出すのは、学校で浴びた同級生の陰口。


『なに、あのペンダント』

『ねー、気取っちゃって』

『金持ち自慢じゃない?』


 父から持っておけとは言われたが、魂関連の話は聞いていない。

 こう見えて人一倍繊細せんさいな天音は、川に捨てようとしたのだ。


『こんな物いらないっ!』


 その際、結界が消え、鬼にSPもろとも狙われた。

 それが今回の顛末てんまつである。


「……」


 天音はペンダントをじっと見つめる。

 すると、定刻に執事から声がかかった。

 

「天音様、お食事が出来ております」

「……! ええ」

「おや。そちらのペンダントは肌身離さずと、父上がおっしゃっていたはずですが」

「……そうね」


 どうしようかと迷っていたが、ここは素直に従っておく。

 何か思惑があるように。


(これを辿れば、父様や周りが隠していることが分かるかも)


 天音は、自身がどんな存在かは明かされていない。

 しかし、昔から不信感は持っていた。


 異常な数のSP、護衛、接触者など。

 自分が“何者か”であることは理解していたのだ。

 それを解明するべく、ペンダントは持っておく。


 そして、手がかりはもう一つ。


(あの声の主は……) 


 駆けつけてくれた少年についても画策かくさくした。






 朝、学校の下駄箱。


「はあ……」


 凪夜はうつむきながら、ため息をつく。

 今日も人に囲まれると思うと、憂鬱ゆううつでたまらないようだ。

 そんな凪夜に、頭の上から声がかかる。


「おはよう」

「あ、おはよ──ええ!?」


 顔を上げると、挨拶をしてきたのは天音。

 相変わらず視線は鋭い。

 だが、人嫌いの天音から声をかけるなど、まずありえない。


(ど、どういうことだ!? 御神楽みかぐらさんから!?)


 凪夜があわあわする中、天音は上からじっと見つめている。


「…………気のせいかしら」

「へ?」

「なんでもないわ。もう視界から消えていいわよ」

「え、あ……」


 冷たい罵倒を放つと、天音はふっと視線を逸らした。

 そのままスタスタと冷たく歩いて行く。


(声は似てると思ったけど……無い・・わね)


 彼の正体、そして天音自身の正体を知るのは、もう少し後の話である──。

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