第4話 悪側の人間

 「お前、討魔師だろ?」

「……!?」


 帰宅途中の曲がり角。

 ひとがない場所で、なぎはふいに話しかけられる。


 そのギロリとした鋭い視線に、直感した。


(めっちゃ悪そうな人きたあー!?)


 凪夜より少し高い身長。

 髪は茶色に染め、ピアスも開けている。

 容姿は美形に整っているが、目付きが怖すぎる。


 さらに──


吸って・・・ますやん!)


 口元からは、タバコに見える白い棒が出ていた。

 

「おい答えろよ。討魔師なんだろ?」

「ひっ……は、はいぃ!」

「だったら話は早い」


 凪夜はびくつきながら答える。

 ヤンキーに怯える陰キャのようだ。

 

「俺は疾風はやてだ。お前の力を計りに来た」

「……!?」


 疾風は、すっと胸元から物を取り出す。


拳銃チャカ!?)


 それと同時に、弾を発射する。

 しかし、銃声のような大きな音は鳴らない。


(じゃない! 呪力じゅりょく銃か……!)

 

「うわっ!」

「おお、今のをかわすかよ」


 呪力銃は、主に討魔で使われる武器だ。

 呪力を込めることで、怪異に対して強力な効果を発揮する。


「討魔師ってのは本当みたいだな」

「……っ!」


 ただ、効果があるのは怪異に対してだけではない。

 放つのは呪力の塊。

 すなわち──当たれば単純に痛い。


(この人、呪力を使ってる……)


 使い方さえ知っていれば、呪力は誰にも扱える。

 それは討魔師に限った話ではない。

 つまり疾風は、裏社会側の人間である可能性がある。


 凪夜はおびえながらも、表情を険しくさせた。

 

「ほ、他の人に当たったら、どど、どうするんですか!」

「知らねえよ。ほら、まだ行くぞ」

「……! くっ!」


 だが、疾風は構わず呪力銃を撃ちまくる。

 今度は一発ではなく、乱射気味に。

 対して、凪夜は回避するのみだ。


「おらおら、どうした!」

「……ッ!」

「反撃はしてこねえのかよ、討魔師さんよお!」


 そんな凪夜に、疾風は一方的に発砲する。

 しかし、段々と違和感は覚え始めていた。


(こいつ、けすぎじゃねえか?)


 攻めているのは疾風だ。

 だが、撃っても撃っても当たらない凪夜に、焦りを感じる。

 呪力銃とはいえ、立派な銃のはずなのだ。


は本当みてえだな)


「だったら、俺も全力で行かなきゃなあ!」

「……!」


 すると、もう一つの呪力銃を懐から取り出した。

 左右の手に一丁ずつ。

 疾風は、二丁拳銃使いだ。


「おら、さっきの二倍だ!」

「うわわっ!」

「んだと……!?」


(こいつ、まじかよ……!)


 しかし、それでも凪夜には当たらない。

 呪力を用いた凪夜の動きは、もはや人間のそれを軽く超えていた。

 ならばと、疾風は呪力銃にさらなる力を込める。


「チッ! じゃあ仕方ねえ!」


 込める呪力に応じて、呪力銃の放つ弾は大きくなる。

 だが、許容量というものがある。


「って、しまっ──」


 疾風は焦るあまり、許容量を超える呪力を込めてしまった。

 その時に起こるのは、暴発。

 すなわち、“呪力の大爆発”だ。


(ハッ、こんなバカな死に方──)


 呪力が爆発すれば、もれなく上半身は吹き飛ぶ。

 景色がスローモーションになるような感覚の中、疾風は後悔した。


 すると、ふと大きな声が迫る。


「うおお!」

「……ッ!?」


 暴発寸前の呪力銃を、凪夜がわし掴みしたのだ。


(なっ! それじゃお前の手ごと……!)


「せいっ!」


──ぽふんっ。


「……!?!?」


 だが、疾風の思った通りにはならず。

 凪夜が呪力を込めると、不発に終わった。

 理解し難いが、今の光景について疾風は直感する。


(爆発を、無理やり呪力で抑え込んだってのか!?)


 呪力の爆発は、計り知れないほどエネルギーがぼうちょうする。

 それを抑え込むには、それ以上の呪力量が必要になる。


(そんなの、俺の何十倍って呪力量じゃ……!)


 凪夜の持つ力を実感し、疾風はへなへなっと力が抜ける。

 そのまま尻もちをつき、やがて笑い始めた。


「……は、はははっ」

「あ、あの?」

「これは“史上最強”っすわ」

「!?」

 

 ひとしきり笑った疾風は、凪夜の前ですっと姿勢を正した。


「申し遅れました。“九州討魔連盟”から来た『朝霧あさぎり疾風はやて』っす」

「え?」

「同じ高校生討魔師っす」

「ええ!?」


 疾風は、討魔師だったようだ。


「じゃあ本当に力を試してたってこと?」

「そうっす! カシラに凪夜さんの事を聞いたら、自分で試してみろって言われて」

「……」


カシラあの人はあ~~~!)


「本当にすみませんでした。いきなり銃を向けて」

「いや、それはいいんですが、もし誰か来たら危ないかなって」

「人払いはしてあるっす!」


 疾風はぐっと親指を立てた。

 安全はしっかり確保してあったようだ。

 周囲がひとがなかったのも、このためである。


「……はは、だから・・・かあ」

「へ?」


 すると、凪夜は納得したような表情を浮かべた。


「なんていうか、最初から全然殺気を感じなくて」

「……!」

「ちょっと怖いけど、敵とは思えなかったんです」

「はははっ、バレてたんすか!」


 攻撃に回らなかったのは、悪人だと思わなかったから。

 凪夜はずっと疾風を見極めていたようだ。

 それでも、少し思う所はあるようで。


「で、でも、タバコは良くないんじゃないかなあ……なんて」

「あ、これココアシガレットっす。集中できるんで」

「ええ!?」


 口から出ていた白い棒は、ポキっと折れた。


「あと茶髪も地毛っすね。討魔師は珍しくないと思いますけど」

「た、たしかに……」


 討魔の影響は所々に現れる。

 髪色などにも影響があるようだ。

 疾風の言葉に、凪夜も肩の力が抜けた。


「なんか、ごめんなさい。色々と勘違いして」

「いやいや、良いんすよ! よく言われますし! それより!」

「!?」


 疾風は凪夜の両手を握る。


「やっぱ噂通り、史上最強っすね!」

「そ、そんなの、カシラが勝手に言ってるだけで……」

「いやいや、間違いないっす! 超かっけーっす!」

 

 いきなり好意的な姿勢だ。

 凪夜の力を見たくて演じていただけで、こちらが疾風の本性なのだろう。


(きゅ、急にぐいぐい来られても……!)


 対して、凪夜は挙動不審になっていた。

 陽キャにいきなり握手をされ、どう対応していいかも分からない。

 だが、ピンと思い付いたことがある。

 

(待てよ。これなら初めて友達になれるかも!)


「あ、あの、良かったら友達に──」

「ぜひ“師匠”と呼ばせてください!」

「ちがぁう……!」


 しかし、思い通りには行かない。


「友達なんて恐れ多いっす! 師匠ほどの者ならたくさんいるでしょうし!」

「……」

「よろしくお願いします! 師匠!」

「……っ」


 そのキラキラした純粋な目に逆らえず。


「……う、うん」

「ありがとうございます!」


 こうして、友達はできなかったが、弟子ができた凪夜であった。



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祝、弟子誕生!

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