ぼっちな俺の20代最後の晩

天雪桃那花(あまゆきもなか)

20代最後の夜に

 俺はイマイチな人生を送る、ややおっさんだ。

 そういや、おっさんって何歳から?


 嫁なし。

 彼女なし。

 役職なしのしがないサラリーマンだ。


 ずっと独身。

 彼女もずいぶんいない。

 かなり長い時間、一人ぼっち。



     ❋❋



 今晩は、一人で行きつけの小さな焼き鳥屋で、10時半まで酒と焼き鳥を楽しんだ。




 俺の趣味はカクヨムのエッセイや詩や物語を読むこと。

 周りには内緒だけどな。


 実は俺は泣ける話が大好きだ。

 家族もの、恋愛もの、動物もの。

 昔から本を読むことは好きだったから、カクヨムにハマってる。


 始めはさ、俺は紙の本が好きだから、携帯電話で小説読んだりとか、出来るかな〜とか思ったわけよ。


 読み始めたらさ、止まんない。

 電車とバスの通勤時間で、次から次に読み漁った。





 俺はもう一軒ハシゴしようと思ったんだけど、なんか気になる本屋が駅の近くにあってさ。

 だってこんな時間に開いてるの、珍しくないか?



 バーのような外観に本屋と書かれた小さな看板。

 不思議な小さな本屋さん。



 もうすぐ俺は誕生日だ。


 寂しく一人酒するつもりだったが、本好きの俺としちゃあ寄らずにはいられない。




 店は普通の一軒屋の大きさで、木製のおしゃれな扉を開いたらカウンターがあった。


 本棚がズラリと並ぶ中に、酒の棚が一つだけあった。





「いらっしゃいませ」

「あの……、ここ本屋さんですよね?」


 ビシッとタキシードを着た店員さんが、奥の方から現れて出迎えてくれた。


「ええ。そしてお酒を楽しみながら、読書も楽しんでいただけます」

「はあ」

「読まれるのは、本でも携帯電話やパソコンで読むWeb小説でも構いません。お酒を飲みながら物語に浸る至福の時間をお過ごしください」



 ちらりと見ただけでも分厚い洋書も扱ってるし、流行りものの本だけを置いている風ではなかった。



「席はお客様のお好きな席をどうぞ。ではごゆっくりと……。極上のひとときとなりますよう」

「ああっ。……はい」



 俺はカウンターではなく重厚な革のソファを選んで座り、小さな木製のテーブルに置かれたメニューを開いた。


 酒の他にメニューに記載はない。

 料理は出さないのかな。

 本を汚さないようにということだろうか?

 それとも酒の肴は素敵な物語だ、なんて。

 粋な気がする。



 明日が俺の誕生日だ。


 特別な日。

 ここまでよくやってきたって褒めてやろうか。

 自分に労いの気持ち……。


 たまには贅沢も良いもんだよな?

 明日、誕生日だしさ。


 自分には値段が高いグラスワインを頼んで、座り心地の良い一人掛けのソファに座り直した。

 ゆっくりと深く沈む。


 高そうな家具だなあ。

 よく見りゃ、ソファやテーブルやカウンターの椅子たち、飾られたグラスも、その筋に詳しくない俺にすら、それなりの高級な品であるように見えた。

 店主のこだわりがありそうな物だと感じさせていた。



 ――店に客は、俺ひとりしかいなかった。





 俺は白ワインを片手に、携帯電話で読みかけのエッセイを読み始めた。







「ここ座っても良いかしら?」


 夢中になってた。

 エッセイや詩や小説を次々と読んでいた俺は目の前に立つ女性に声を掛けられるまで、まったく気づいていなかった。


「ああ。どうぞ」


 他にも席はたくさん空いているのに、わざわざ俺の前に座る女性。


 この女性はもしかして、夜に急に人恋しくなって、誰かと会話をしたくなったのだろうか。



「赤ワイン下さい」



 背筋をピンと伸ばし、目の前の女性はおもむろに単行本をショルダーバッグから出して読み始めた。


 あれ? 俺と話したいのかと思ったから、少しバツが悪い気分だった。



 変に期待しちまったな。

 バカだな〜。俺は。


 俺はそんな一目惚れとかされる顔なんてしてねえって。

 恥ずかしくなった。


 チラッと目の前の女性を見たら、美人だった。


 年は同じぐらいか少し下か。


 緩めに巻いた長い髪が時々顔にかかるのを、左手でかきあげる仕草が色っぽい。


 俺は気になっていた物語の続きを読み終わったので、携帯電話を静かにテーブルに置いた。

 せっかくだから、本棚の本を見てみようと立ち上がりかけた。


 目の前の美女の、白く細い美しい指で持つ本が気になった。


 ――あ、れ?


 その単行本に見覚えがあった。

 可愛らしいクマのキャラクターのシールが表紙に一枚貼ってある。




「あの? その本は?」 


 美女に思いきって話しかけてみると、彼女はウフフッと耳朶をくすぐる素敵な声で笑った。


「やっと気づいた? この本は貴方のよ」

「えっ? はあ……?」


 美女がじっと俺を見ている。

 俺も見つめ返した。

 目の前の彼女に何かを見いだせる気がして。

 面影を頭に描き、手掛かりが分かるかもと自分の記憶と思い出を探り当てようと期待した。


 知り合い、だよな?


「まだ分からないの? 今夜は20代最後の夜だよね?」

「――ああっ!」


 俺は驚いて思わずテーブルに身を乗り出していた。





 目の前の美女は幼馴染おさななじみのしずかだった。







 俺が彼女に貸した単行本の、クマのシールは俺の妹が貼ったもの。


「私、この本を貴方から借りたままだったから」

「何年ぶりかな?」

「フフッ。高校の卒業式以来だよね。私、ずっと本を貴方に返したかったのに返せなかったから。どこかでね……もしも偶然会えたら返そうと思っていたのよ。いつも鞄に忍ばせて持ってたんだから。健気でしょ?」



 しずかはウインクして悪戯っぽく笑ってワインを飲み干した。

 茶目っ気たっぷりな静の仕草に、俺は思いのほか胸の奥がキュンと煩く高鳴る。

 静に、想像以上にドキドキとさせられてしまう。



「ごめん。親父の仕事の都合でさ、急に転勤になったんだ」

「なんで言ってくれなかったの?」

「ごめんな。伝えるべきだったよな」


 だけど、さ。

 あの時の俺は言えなかったんだよ、どうしても。

 離れるのが寂しくって、どうしようもないぐらい悲しくて。


 俺、お前のこと大好きだったから。



「悪い。急だったからしばらく誰にも言わなかったんだ」


 これはホントだ。

 地元を離れるのが嫌だった。

 友達と離れるのも。

 なにより、しずか……お前と離れるのがたまらなく寂しかったんだ。


 別れを言えば泣いてしまいそうだった。

 男のくせに女のしずかの前で涙を流したくはなかったからさ。



「大人になって、こっちで就職したんだ。でもすごい偶然だなあ。奇跡? 俺、この店に来たのは初めてだよ」

「私は三度目だよ。潤一のおかげで本好きになったから、本屋さんが気になっちゃって。……奇跡かぁ」


 なあ?

 結婚してんのか?

 彼とかさ、いるの?


 めちゃくちゃ聞きたいくせに、俺は勇気の出ない情けない奴です。

 俺は、せっかく再会出来たしずかに肝心なことが聞けない。



 店のなかで二人でお喋りしているうちに日付けが変わって、しずかが「おめでとう」と俺に言ってくれた。

 静の提案でシャンパンを頼んだ。

 軽くグラスを触れて乾杯をしたら、静のほんのり酔った瞳が視線に合う。


 俺の誕生日をしずかが覚えててくれたのが、嬉しい。


「ありがとう。30歳になっちまったなあ。でもしずかといられて嬉しいや。お前の誕生日は来月だったよな? 今夜『おめでとう』って言ってくれた今日のお礼も兼ねて……」


 俺はひと呼吸深く吸い込んだ。

 意を決してしずかに言ってみる。


「プレゼントをさあ…。なにかしずかにあげたいんだけど」

「ほんと? 嬉しいっ。じゃあね、私の誕生日にはここで二人だけで一緒にお祝いしてくれないかしら?」


 えっ? それってさ。

 誕生日を祝う仲の特別な男はいないってこととか?

 そんな都合のいい解釈で構わないのかな。


「潤一?」


 俺は満面の笑みでしずかに答えた。


「ああ、もちろんっ。喜んで」

「潤一が誕生日にいてくれるのが、一番のプレゼントだよ」


 しずかがにっこりと、少し照れたように笑っている。



 仕事帰りにはしんみりとした夜だったのに……。

 静にまた出会えて一気に華やいだ。

 来月の静の誕生日が楽しみだ。

 彼女を喜ばせるために、まずはプレゼントやサプライズを考えようかな。



 俺にとって今日は、最っ高の誕生日になったんだ。




      おしまい♪

 

 




 

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