020 吸血します
麓の街にあるダンジョンに、電動キックボードで向かっている俺達。
『ふおぉぉぉぉっ』
大福もキックボードが気に入った様子で、風を切って山を下る状況を楽しんでいた。
「楽しい?」
『楽しいっ』
「落ちないようにね」
『うんっ』
リアキャリアにクッション入の籠を固定してあるのだが、そこを大福の特等席とした。
納車までの繋ぎだけど、大福が気に入ったならたまに乗っても良いかもしれないな。
「もうすぐ着くからね」
『うん』
ダンジョンはブレイクが起こっても良いように、周囲の建物は協会が管理している。
以前の住民は丸損になりそうだけど、土地を貸すことで不動産所得を得ているらしい。それに引越し先も用意してもらえるから、喜んでいる人も少なくない。
では企業はどうかというと、「自己責任で好きにしたら?」という方針らしい。
市民から土地を購入して覚醒者関連の施設などを建てたり、素材の仕入れ拠点にしたり。ブレイクが起こって被害が出ても政府は補償しないことを納得した上で、商業活動を認めている。
ここのダンジョンは、二〇層以下の浅層ダンジョンにあたる。
俺を含むF級覚醒者が挑戦できる規模だ。
それなのに、何故か未だに攻略されていない。
その影響もあって周辺の商業施設に活気があり、近隣の街に覚醒者大学が二つできた。
それぞれ雪平と真が通学している学校だ。
ちなみに、この街には二つの大企業が入っているらしく、二大ボスの力もあって外部勢力が入り込む隙を与えないらしい。
片方は祖父の友人で、【日本ダンジョン協会】の協会長。
そう、ストーカーの親分だ。
何故就任したのかは謎。
でも、もしかしたら接触があるかもしれないから気をつけておこう。
「受付をお願いします」
「……F級ですか。同行者はどこですか?」
「いません。あと用紙にも記入しましたが、従魔をつれているのでマーカーをください。あとコインロッカーの手続きもお願いします」
早くしろよ。
鈍臭いなぁ。
「えーと……大丈夫ですか?」
「何も問題ないはずですが?」
後ろも詰まっているんだからさ。
これが心配からの言葉なら丁寧に接するけど、このハズレの受付嬢はいつも低級覚醒者を蔑んでいたから、言葉の端々から蔑みの感情が見えていた。
元バイト先の清掃業は、協会関連施設からの依頼も多々あった。
現在いる場所の清掃もしていたし、ハズレ受付嬢の耳障りな発言も聞いていた。それゆえ、サービスの質に期待はしていない。
機械的に動いて処理してくれれば良いのだ。
「どうか死なないよう気をつけてください」
「──死体回収が面倒ですもんね」
「なっ」
いつも言っていたセリフを代わりに言うと、同様のことを思っていたらしい本人は顔面を真っ赤にしていた。
「タコみたいですね。では、ありがとうございましたー」
本人確認のために外していたペストマスクを被り、コインロッカーに電動キックボードを収納する。
大福の首輪に目立つ蛍光色のプレートを付け、ダンジョンに入る準備完了だ。
いざ、参る。
◆
モフモフダンジョン。
気が抜けるような名前だが、公募で募った結果決定した名前だ。
特徴としては、洞窟型の動物が多く出現するダンジョンで、解体を不要とするダンジョンとなっている。
何かしらドロップし、たまにモフモフのぬいぐるみをドロップすることから名付けられたらしい。
「おっ。ウサたんだ」
『おいしそう』
虎さんだもんね。
美味しく見えるよね。
戈を構え、スキル【金鵄羅眼】の〈眼光〉を試してみた。
「ピギッ」
俺達に向かってきていた角つき兎は、その場で顔面から地面に突っ込みヘッドスライディングを決めた。
「おぉーー。使える気がする」
『ぱぱ、すごい』
トドメに戈の鎚側で頭部を打つ。
と思ったが、嫌な予感がして無理矢理寸止めに留めた。
──ドッ。
寸止めなのに、空気が震えるとは。
称号の効果恐るべし。
毒坊一味と戦闘したときに発動した【暴虐非道】に加え、獣系モンスターとの戦闘時に効果を発揮する【狐狼の天敵】が、化物級ステータスにさらなる強化をもたらしていた。
能力値全てを五〇パーセント向上させる称号は、反則級の効果を発揮し、さらにモフモフダンジョンとの相性は抜群と言える。
Lv:1
HP:3045 ⇒ 4565
MP:1389 ⇒ 2375
STR:192 ⇒ 403
VIT:242 ⇒ 363
AGI: 98 ⇒ 147
DEX:112 ⇒ 235
INT: 82 ⇒ 172
MAG: 45 ⇒ 68
LUC: 20 ⇒ 60
この能力値を知っている者からすれば、以前の俺のような一〇前後の覚醒者が活動するモフモフダンジョンの低階層で、完全に場違いな覚醒者が荒らし行為をしているようにしか映らないだろう。
完全に失念していた俺が悪いけど、本来の目的は【金蚊鉄蠍】を試すことだから仕方がない。
ここは低級覚醒者が多いせいか、治安があまりよろしくない。
良い人からチューチューしたら良心がとがめるが、悪い人からチューチューしても自業自得、因果応報、身から出た錆など全て他責にでき、心が全く痛まない。
多くの人からすれば十分な能力値に映るだろうが、大富豪が本気で育成すれば同程度の能力値を手に入れることなど容易いだろう。
それに鬼神がたまたま融通の利く相手だったから良かったが、あのレベルの暴君のような神級モンスターもいるはず。
鬼神に言われた言葉が今でも俺の心に深く刺さっている。
『厄災に見舞われて、死を目前にしても後悔しないなら好きにしろ』という言葉だ。
正に至言。
強くなれば理不尽を跳ね除けられる。
既に効果は出ており、政府への従属から実を守ることが出来た。
であれば、やることは一つ。
俺はまだまだ足らない。
もっと力が欲しい。
大福を愛でる時間を、出来る限りたくさん得られるように。
「ウサたん、どこいった?」
『きえたーー』
ちなみに、寸止めの衝撃波を受けたウサたんは木っ端微塵になり吹き飛んでいった。
「あった、あった。ドロップアイテムは──」
必死に拾い集めた戦利品は、小さな小さな魔核と角だけだった。
『にく、ない……』
「次はあるといいね」
『うん……』
大福にとっては狩りだもんな。
戦利品は肉が良いか。
ウサギ肉は食べたことないし、調理法が分からないからドロップされても困る。
兎出現階層はサクッと通り過ぎ、別の肉に期待する方が良いかもしれない。
二〇層の内訳は、浅い順に兎五層、鳥五層、豚五層、牛五層となっている。
一六層以上で出現する牛肉は本当に美味しくて、ダンジョン周辺の高級飲食店で食べることができるらしい。
俺は祖父のお土産で少しだけ食べさせてもらった。
それを大福にも食べさせてあげたい。
きっと気に入ると思う。
『ぱぱ、きたーー』
生後数日で索敵ができるなんて、うちの子は天才だ。
「せっかくだからスキルの検証に付き合ってもらおう」
そこそこ大きい角つき兎の突進を回避し、通り過ぎざまに首根っこを掴み捕獲する。
安全を確認した後、〈吸血〉を発動した。
このスキルは接触の必要はなく、接近していれば可能らしい。
でも掴んでいれば逃げられる心配も、接近対象外と判断される心配もないから確実な方法と言えるだろう。
…………。
…………。
あれ?
うんともすんとも言わない。
指定する必要がある?
というか指定できるのか?
断頭の〈窃取〉はランダムだったから、指定できるのは嬉しい。
その代わり指定対象によっては時間がかかるのかもしれない。
ステータスを思い出しながら、どれを指定するか考える。
まずLvは上昇しないから不要。
HPは吸収したら瀕死になっちゃうから最後かな。まぁゼロになったからといって死ぬわけじゃないけど、細心の注意を払うのも面倒くさい。
MPも同様の理由から保留。
「ってなると能力値か」
スキルも気になるところだが、〈吸血〉でスキルを獲得できるなら断頭は不要になるから、多分スキルの獲得はできないのだろう。
──STR:15、吸収成功。
──VIT:17、吸収成功。
──AGI:20、吸収成功。
──DEX:10、吸収成功。
──INT: 7、吸収成功。
──MAG: 9、吸収成功。
──LUC: 2、吸収成功。
現在進行形で暴れているウサたんは、以前の俺より確実に強かった。
それに右手で首根っこを掴んでいる構図、鬼神にされた自分と重なって何か嫌だ。
次はダメ元でスキルを指定してみよう。
余談だが、モンスターと同じ呼称を嫌った一部の人は【アビリティ】と呼んで分けている。
その発言をする人は従魔も敵と考えている人たちだから、潜在的な敵だ。一生分かり合うことはない。
…………。
…………。
──SP:5P、獲得成功。
「マジかっ」
モンスターの使えるかどうか不明なスキルをもらうより、SPとしてもらった方が断然嬉しい。
ただ、HPとMPの数値は吸収しても増えなかった。消耗していた場合は回復するようだが、数値には影響なし。
そして吸収するものがなくなると、自動的に残っているものが吸収されるらしく、経験値を吸収したらしいのだが、失敗に終わった。
永遠のLv一ですからー、残念っ。
最後に〈窃取〉を発動してみたが、何も得ることはなかった。当然の帰結だ。
「今回は戈部分でツンってしよう」
HPを吸収したウサたんはぐったりした状態で地面に横たわっていて、逃げる気力も体力もないようだ。
先程は鎚部分で粉砕してしまったので、今回は戈部分での刺突を試してみる。
結果は、マシ。
武器の性能がステータスに追いついてないせいで、豆腐のようにとかはなかった。
ちょうど良い抵抗感のおかげで粉砕などの大破壊は起きず、頭部のみの破壊に留められた。
ドロップアイテムは、ぬいぐるみ。
肉じゃなかったため、マシという評価になった。
しかしぬいぐるみを欲していた俺としては、今回の結果は大成功だ。
コレクター魂が湧き踊る粋な趣向もあって、俺は以前からこのダンジョンが気になっていた。
調べては無理だと諦めていた探索が、やっと叶ったことに喜びを禁じ得ない。
金色ダンジョンよ、本当にありがとう。
ついでに鬼神もな。
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