003 準備します
思い立ったら吉日。
すぐに準備をして山中にあるキャンプ場へ向かうことに。
愛車のエブリデイワゴンに乗り、山道をひた走る。
ダンジョンが出現してからいつ何時発生するか分からないダンジョンブレイクに備え、多くのキャンプ場が閉鎖された。
そんな中でも存続する数少ないキャンプ場は、現在ではダンジョン内で野営する際の訓練場として利用されることが多く、協会やギルドが直接運営しているところもあるそうだ。
ダンジョンには深さによって規模が定められており、三〇階までを浅層ダンジョンとしている。
そこからさらに一〇階ごとに区分されており、一〇階までの超浅層ダンジョンなら個人所有ができるらしい。
というのも、元々所有している不動産にダンジョンが発生する可能性もあり、国民の財産を奪うことはよろしくないと海外の富豪が抗議したらしい。
ダンジョン関連の法律は世界基準で定められている上、日本は最後の【九龍塔】発生国。
口を挟む前に全て決まっていたため、日本も同様に所有権を認めているらしい。
つまり、ギルドが所有しているキャンプ場には、ダンジョン内の一部エリアを体験できるものもある。
ブレイクやモンスター被害の責任は所有者にあるが、ギルドが運営しているから警護要員もいるし、不測の事態への対応も早く、人気の観光事業になっているらしい。
それに対して協会は、【九龍塔】の一階にキャンプ場を作り、一般に開放されているらしい。
どちらも結構な金額を取っているらしく、ウハウハなんだとか。羨ましい限りだ。
俺のような貧乏人には不釣り合いな場所は元から眼中になく、静かに自然を楽しめるキャンプ場こそ心の洗濯に向く。
仮にお金があっても行くことはなく、新しいギアを買ってニヤニヤしている自分しか想像できない。
好きなブランドはウサギさんマークのところで、ついつい新商品がないか確認してしまうも、金欠を思い出してスマホのホームボタンを押していた。
今日もお気に入りのギアを持って、夏合宿に人気なキャンプ場へと向かっている。
覚醒者の夏合宿に利用できるってことは、相当な広さがあって自然も豊かであるはず。他の利用者との距離も広く開けられる可能性にワクワクする。
「──おぉーーーっ」
手前に合宿エリアが見えて来た。
以前は別荘地だったらしく、コテージが多く立ち並んでいる。
まだ合宿前だからか、こちらは閑散とした雰囲気だ。
少し奥に進むと大きめの駐車場と、オートキャンプ用の駐車エリアが見えてきた。
合宿エリアよりは客が入っている様子だったが、それでも三台しか止まっていない。
ここでオートキャンプも良いかもと思ったが、駐車している車からチャラそうな男女が降りてきたのを見てやめた。
心の洗濯に来たのに、黄砂や花粉を付けられるのは御免被る。
「到着っ!」
結局、奥の小さな駐車場で車を停めてフリーサイトを利用することに。
あまり整備されていない様子だが、誰もいない自然の独占感がたまらなく贅沢だ。
早速ウサギさんマークのソロ用テントを建て、チェアに座って木々から発せられる音を楽しみつつ深呼吸。
普段も山の上に住んでいるが、それでも心身とものリラックスできるような気がして寝てしまいそうだ。
「ダメだ、ダメだ。せっかくスーパーに寄ったんだから」
途中でスーパーに寄り、お酒やつまみも購入してきた。
キャンプ飯も良いが、油の処理やゴミの処理が大変だし、いつも自炊しているからキャンプのときくらいは調理の時間を別に利用したい。
「美味いっ」
二十歳に成り立ての若造だが、苦瓜などの苦いものが好きなこともありビールは最初から好きだった。
できることなら祖父ちゃんと一緒に飲みたかった。
「ハイパードライ、祖父ちゃんも好きだったなぁ」
ビールを飲む度、高校三年生のときに亡くなった祖父を思い出す。
「ふぅ……。そうだ、刺身を食べよう」
当時を思い出すと怒りで震えが止まらなくなる。
でも、決着したことだと自分に言い聞かせるしかない。
どうしようもないことで時間を使うのは無駄だと、今日のメインディッシュを食べることにした。
「うん。臭くない」
近くに海がない割には新鮮で、あっという間に食べ終わってしまった。
「もう少し買っておけばよかったかな」
購入した食料が尽き、物足りなさを感じながら後悔を呟く。
食事を終えたので、お酒からお茶に切り替える。
そして焚き火台で燃える炎を眺めて、ただただ時間が流れることに身を任せる。
「寝るか」
眠気が襲い気絶しかけたところで、寝支度をして布団に入る。
これもお気に入りのギアで、家に友人が来た時に使っている優れモノだ。
「おやすみ」
◆
翌日。
少しゆっくり目に帰り支度をして、チャラそうな男女と鉢合わせないよう出発時間をズラした。
狭い山道であることと、行きに見かけた神社に寄り道したかったから煽られる可能性を排除したかった。
神社は稲荷神社。
小さいながらも趣のある佇まいに感動した。
最高のプチ旅行になったと満足しつつ、帰途につく。
「──んっ? 野犬?」
神社を出発して五分も走っていないうちに、車道を走る野犬と出食わす。
嫌な予感にジワリと汗が吹き出てくるが、そんなわけないと何度も自分に言い聞かせる。
まずはカーナビを操作して情報収集をする。が、ダンジョンブレイクに関連する情報は一切ない。
「デコイは……いないっ」
後続車はいない。
代わりに大型犬が二匹ドアミラーの端に映る。
「──ヤバッ」
ミラーに映る野犬に気を取られたせいで、危うく停車中の車に追突事故を起こすところだった。
幸い対向車はおらず、ハンドルを右に切っても正面衝突を起こすなんて事にならずに済んだ。
本当は右に切るべきではないと分かっているが、左は断崖で壁になっている。反射的に右に切るしかなかった。
「すみませーん。大丈夫でしたー?」
掠っていたら申し訳ないと思い、前方を気にしつつ助手席の窓を開けて声を掛ける。
「──っ」
全然大丈夫そうじゃない。
フロントガラスに穴が開いていて、運転手が血まみれになっていた。
一瞬車から降りて安否を確かめようとしたが、後方から近づいてきた野犬の姿に、数秒前の考えを一瞬で振り切り全力でアクセルを踏み込む。
「クソッ」
ゴブリンライダーが何でこんなところにっ。
「Lv一の俺には無理っ」
今日ほど四輪駆動車のありがたみを感じをことはないだろう。
まぁ可能ならば軽自動車ではなく、普通車が良かったと思わなくもないけど。贅沢なことを言っていられるはずもなく。
「撒いたか?」
狼ごときが自動車に勝てるはずもないだろうと、少し勝ち誇った気持ちで安心していた。
しかし災難が一度に一つとは限らず、弓を構えたゴブリンの姿が前方で待機しているところが視界に入る。
「マジか……」
とりあえず蛇行運転で悪あがきをしてみる。
が、全く動じた様子の見えないゴブリン達。
「でしょうね」
道路を封鎖するように横一列に並んだゴブリン達は、一斉射をすれば良いだけだもんな。
「我が愛車よ、すまんっ」
思い出が走馬灯のように脳内にフラッシュバックし、同時に心の中で手を合わせた。
「南無三っ!」
ハンドルを真っ直ぐに持ち、頭を下げ、キックダウンを行う。
同時に車体から甲高い金属音が鳴り響き、大きな振動が襲う。
「グギャッ」
「死に晒せぇぇぇっ」
ロードキルをしたというのに一抹の罪悪感もなく、ただただアクセルを踏み続けた。
しがみついているゴブリンとの根気勝負に勝ったときは、罪悪感よりも【ステータス】が気になったほどだ。
「ステータス」
覚醒してから数年ぶりに見るステータスは、やはり代わり映えのしないものだった。
【ステータス】
名前:九鬼宗真
性別:男
年齢:20
職業:ニート
状態:健康
称号: ─
Lv:1
HP:100
MP:100
STR: 7
VIT: 7
AGI: 6
DEX: 8
INT: 7
MAG: 5
LUC:10
AP:10P
SP:10P
〈スキル〉
加護: ─
固有: ─
職業: ─
通常:直感 Lv.1
投擲 Lv.1
貫通 Lv.1
「相変わらずショボいな」
まず個人情報部分。
職業が【ニート】以外は問題ない。
称号もついてないしね。
続いてLv。
これが厄介で、一生変化しないらしい。
覚醒直後に自己申告で結果を言う学生特有のイベントがあったんだけど、嫌な予感がしたから混ざらずに調査や検証をしてみた。
スライム狩り体験なども受講したんだけど、Lvが上がることはなく、それに伴い能力値の変化もない。
Lvが上がらないってことは成長していないってシステムに判断されているわけだから、他も据え置きっていうのは理解できなくもない。
おかげで努力する気もなくなり、ステータスを開くことすらしなくなったわけだ。
で、今。
愛車を犠牲にしたというのに、ステータスは相変わらずショボいまま。
せめて能力値だけでも高ければと思わなくもないけど、総合値の平均が七〇Pに対し、俺は五〇P。
最低値でも五五Pと言われているというのに、俺はさらに下回り悪い方に記録更新をすることに。
唯一の救いは、覚醒ボーナスのAP及びSPが最大の一〇Pずつもらえたということだろう。
個人差があり五〜一〇と変動するらしいところが、俺は満額もらえたのだ。少しだけ得意げな気分にさせてくれたのは感謝している。
最後にスキル。
これは単体では当たりらしいけど、総合的に見てハズレらしい。
というのも、職業が付与されたのに職業スキルがない。
さらに戦技スキルがあるのに、武器スキルがない。連携必至の基礎スキルがないのに、応用スキルが上手く発動するわけもない。
唯一の救いは、〈投擲〉も〈貫通〉も特化型ではなく汎用型だったところ。
ジャンルを問わず武器にできるという点は、貧乏人にとって最大のメリットとも言えるだろう。
「いつか魔法が使えるようになるまでと思って残しておいたのに……」
手つかずの各種Pは、全ては魔法のため。
希少職の魔法系職業は、どこでも即採用の人材として認知されている。
いつかアイテムを使って魔法を獲得した暁には……と思って大事に取っておいたPだが、生死がかかっている状況で四の五の言ってられない。
「確か、この辺にアレがあったから」
往路で見かけた場所を戦地に決め、ステータスを構築していく。
その結果が──。
HP:140
MP:110
STR:10(+3)
VIT:10(+3)
AGI: 8(+2)
DEX:10(+2)
INT: 7
MAG: 5
LUC:10
AP: 0P
SP: 0P
〈スキル〉
加護: ─
固有: ─
職業: ─
通常:直感 Lv.2
投擲 Lv.2
貫通 Lv.3
HPはSTR・VIT・AGIを反映し、МPはHP項目とLUC以外の三つを反映して決まるらしい。
スキル〈貫通〉が、HPを使用して発動することを思えば、ここで数値が上昇して良かった。
「準備万端。出発」
目的地まで誘い出さなきゃいけないため、先程のロードキルで故障をしたと見せかけてトロトロと走り、時折フラフラと蛇行運転をする。
トドメを刺したい様子のゴブリンは、チャリオットに弓兵を乗せて雨あられのごとく矢を放ってきていた。
一番肝が冷えた瞬間はリアガラスが割られたときで、思わず加速して逃げたくなったが、ニヤつくゴブリンに辛酸を嘗めさせてやらねばという復讐心が上回り、多少冷静になれた。
目的の工事現場が近づいたら急加速して倉庫に逃げ込み、工具や資材を手早く引っ張り出す。
さらに建設機械の鍵を探し出し、エンジンスタート。
「「「グギャッ!」」」
いざ、戦争だっ。
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