004 虐殺します
戦場に選んだのは重機が多く停められている工事現場。
勝手に使用して破壊することは犯罪だが、ダンジョンブレイクに関連した被害なら緊急避難が適応され、全て無罪になる上全額協会が補償してくれる。
そもそも協会が行うダンジョンブレイクの鎮圧漏れが原因であるゆえ、当然の対応だと思う。
「ゴブリン系のブレイクかぁ……」
ゴブリン系で厄介なところは、道具を使える程度に器用であることと、数の暴力で攻めてくるところだ。
中には魔法を使うやつもいるだろうに、こちらの戦力はLv一の俺が一人だけ。
「勝てるかぁっ」
しかし愛車がハリネズミのようになってしまった現在、ゴブリンを殲滅する気で挑まなければ生き残ることはできない。
いつまでも泣き言を言っている暇はない。
ということで、重機のエンジンを片っ端からかけていく。
車以外の免許はない俺だが、ゲームでは操縦したことがある有名な重機たち。
無免許運転が禁止されている理由の一つに、周囲の人に迷惑をかける可能性があるからというものがあるはず。
だが、今回は周囲の生物に迷惑をかける必要があるから、無免許運転は推奨されることだろう。
「武者震いが……」
純粋に怖い。
俺がいる倉庫に向かって、ゴブリンの大軍が横列で迫った来るのだ。
昔の戦争で、恐怖や威圧を与えるために横列陣形を採用していたと聞いたが、同じ体験を自分がするとは思わなかった。
ただ一つ気になるのは……。
「狐が混じっているのは何でなん?」
指揮を取っている上位種も狐が多く、ゴブリンは狐たちを守るように肉壁のごとく前線に布陣している。
本来後方支援部隊であるはずの弓兵すらも前線におり、死兵のような雰囲気すら窺える。
「まずは一当てしてみよう」
重機の直ぐ側に立ち、かき集めてきた武器の山からプラスドライバーを一つ手に取る。
指揮個体である大きめの狐の顔面を狙い、スキル〈投擲〉を使って全力で投擲した。
「死ねぇいっ」
傷を与えることよりも牽制を意味する投擲は、頭を掴まれて引き寄せられたゴブリンの目に刺さって止まった。
「ガチかよ」
肉壁の役割に真実味が帯び、そこからゴブリン系のダンジョンブレイクではない可能性が見えてきた。
ダンジョンに興味を失くしてから今日まで、ダンジョン関連の情報を確認していなかったせいで、狐系のモンスターの情報が一切分からない。
「これはヤバいやつだ……」
早々に投擲を諦め、油圧ショベルに乗り込んだ。
キュラキュラと音を立てて進む聖なる兵器。
数ある重機の中から選んだこいつには大いに期待している。
接近するゴブリンたちを、油圧ショベルの旋回動作とアームでまとめて吹き飛ばす。
どれほどダメージが入っているかは不明だが、近寄らせなければなんとかなる。兎に角工事現場の入口に向かうことだけを考えよう。
「それっ」
ゴブリンの大軍の中心を進み入口に向かう俺。
対するゴブリン軍は、反転して油圧ショベルの後方から乗り込もうと取り付いてくる。
それに対しては大旋回をして振り落としつつ、周囲のゴブリンたちもまとめて吹き飛ばした。同時に準備していた仕掛けを発動するため、倉庫内に向けてドライバーを投げる。
直後、巨大な鉄球が軍隊の後方を襲い、指揮個体である大型狐を宙に舞い上がらせた。
「ぃよっしっ」
落下地点にすかさず進み、態勢を整えようとしている大型狐に向かってバケットを振り下ろす。
同時にスキル〈貫通〉を使い、バケットの爪の威力を強化する。
「やったか?」
フラグ百パーセントの台詞だが、今回はフラグ回収を回避できたようだ。特に感触はなかったけど、討伐には成功した。
ただ残念なことに、指揮個体の大型狐は複数いる。
果たして燃料は足りるのか?
そして、鉄球からの崩しはもうできない。
「やっぱり大回転かなぁ」
アームを伸ばして大旋回を繰り返し、可能ならば歩行困難を狙い、最悪でも物量での戦闘を回避できればと思っている。
歩行させなければ、ホイールローダーやロードローラーで轢き殺せるはず。
「よし。やろう」
安定性が担保できるギリギリまでアームを下げ伸ばし、その場でぐるぐると回転する。
たまに引っかかりを感じてカクッとするが、それも一瞬のことでポンポンとゴブリンたちを跳ね飛ばしていく。
人間が振るった剣でも討伐できるレベルの耐久力しかないゴブリンなら、油圧ショベルのアームで一撃だろう。
耐えるゴブリンも、たまに倉庫に向かって後退する油圧ショベルのキャタピラで踏み潰してトドメをさせるから無問題。
「……減ってる気がしない」
時折ゴブリンの背を踏み台にして、狼や狐が飛び掛かってくるのが地味にウザい。
露出してない運転席だからダメージはないが、驚きと恐怖で動きが止まる。
その度に嘲笑い挑発するゴブリンたちにイラッとするが、毒坊の煽りに耐えていた経験が活き、逆に煽り返すことでストレスを溜めないようにしていた。
冷静さを失ったら一瞬で詰むだろうからね。
「大体動けなくしたかな」
倉庫近くに油圧ショベルを停め、急いでホイールローダーに乗り込んでエンジンをかける。
ゴブリンたちの執念もすごく、ハイハイ状態で追い掛けてくる。その姿がゾンビ映画を彷彿とさせ、すぐ死ぬモブ役は嫌だと自分を奮い立たせた。
ホイールローダーのバケットを下げ、ゴブリンに向かって全速前進。
工事現場に開けられた大きな穴というか段差に向かって、ゴブリンを掬い上げるように狩っていく。
ハイハイ状態の高さを考えてバケットを低くしており、可能なら首チョンパや首ゴッキンして欲しいが、無理なら段差の下で大人しく藻掻き苦しんでいて欲しい。
余裕ができたらゆっくり討伐してあげるから。
「オラオラッ」
そこまで速くないホイールローダーだが、地面を這いつくばるゴブリンを蹂躙できるシチュエーションはあまり経験できるものではなく、速度を出す以上に興奮した。
粗方片付いたかな。
これ以上の鎮圧は、俺には荷が重い。
協会とかに知らせて頑張ってもらおう。
「帰らせてくださいっ」
しかし、そうは問屋が卸さない。
子分を殺られたから、今度は親分の登場らしい。
「子の喧嘩に親が出しゃばるなんて恥ずかしくないのかっ?!」
「…………」
通じるわけないか。
人型と言っても鬼だもんな。
弓兵の中にはホブゴブリンもいたが、それよりも大きく筋骨隆々の姿に絶望しかない。
「──我を助けよ」
いや、それは俺の台詞。
でも言ったのは俺じゃない。
通じるはずのない生物が発した言葉だ。
「嫌です。帰ります」
「我を助けよ」
怖っ。
金色に光る眼光だけで人を殺せそう。
心臓が弱い人だったら助けられずに死んでたよ?
「じゃあ事情を聞いてあげても良いですよ?」
「──女狐の討伐に手を貸してやる」
「あぁーー。騙されちゃった感じです?」
「弱者よ、我が手伝わなければ死ぬぞ」
カチーン。
自分が言うのは良いんだよ。
でも他人に言われたくない言葉ってあるでしょ?
鬼だから分からないのかな?
「間抜けよ、このままだと貴様も共倒れぞ?」
直後、怒気以上の不思議な圧力が俺を襲う。
気を抜いたら失神待ったナシだ。
「……一時停戦ということで」
アカサギの被害者を馬鹿にするのはやめよう。
地味に自分の心が痛む。
「であれば、助けよ」
「どのように?」
「この拘束具を外せ」
「無理です。弱者だから」
「停戦したくないのか?」
筋骨隆々の鬼が外せないものを、Lv一の俺が外せるわけないじゃん。
弱者っていうのは紛れもない事実なんだから。
「物理的に無理でしょ。壊せませんっ」
「壊すなんて言っていない」
「はい?」
「壊せないのは承知の上で、外せと言っている」
いちいちイラつく言葉をして下さるなぁ。
試してみますって言って、油圧ショベルの貫通アタックを喰らわしてやりたい。
「じゃあどうやって外すんですか?」
「知らん」
こいつ殺すぞ?
……無理だけど。
「が、この奥に光る石がある。そこが怪しいと思っている」
「……行きたくない」
「ではどうする?」
「こっそり帰る」
「ゴブリンで試してみれば分かるが、我に近づけば攻撃するぞ?」
そうなんだよなぁ。
唯一の出入り口に陣取るように立っているせいで、車を出せずにいる。
車を使わなかったら、斜面を駆け上がったりすれば車道に出れると思う。が、その後を考えれば車は必要不可欠。
「そーい」
触りたくもないゴブリンの頭を持ち、生意気な鬼に向かって全力投球する。
一体丸ごと投げるのは無理だから頭部だけだったけど、それでも遠投が精一杯。ダメージを与える投擲など不可能だ。
「非力なことよ」
うるさいなぁ。
わざとだよ。
鬼の手が届くかどうかギリギリのところに投げてみたが、ゴブリンの頭部は地面に着く前に木っ端微塵になった──と思う。
何故なら、俺には消えたようにしか見えなかったから。
残骸がパラパラと飛び散ったから、木っ端微塵になったんだなと確信に至ったわけだし。
「……前門の虎、後門の狼。四面楚歌。エトセトラ」
「どうする?」
「裏切るなよっ」
俺は捨て台詞を残し、返事も聞かず油圧ショベルに乗り込み工事現場の奥へ向かった。
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