第40話 二週間の船旅

 昼、港町における最後の食事を済ませた四人は、馬車と共にこれから世話になる船へと向かう。

 目的の中型船は色々と荷物を積み込んでいる最中であり、事前に話が通っているからか、近づくだけで案内係がやって来る。


 「団長が言っていた方々ですね。こちらへ」


 馬車は騎士団の者たちに任せると、四人は船内を移動してやや豪華な一室に入る。

 そこには、赤い髪と赤い目をした女性が、紙の束をめくりながら中身を読んでいた。


 「あら、お早い到着ね。出発するまでまだ時間かかるけど」

 「置いていかれると、予定が狂うので」

 「用意できる部屋は大部屋しかないので、あなた方にはしばらくの間そこで過ごしてもらいます。異論は受け付けません」


 そのあとは指定された大部屋へ向かうわけだが、思っていた以上に手狭だった。

 四人が寝るベッドは揃っているが、部屋の半分以上を占めており、荷物を置いてしまえば、自由な空間はほとんど残らない。


 「……二週間、ここで過ごさないといけないとか」


 リリィはぼやくが、もはや方針転換はできない。

 幸いにも窓があるため、そこから船の外を眺める。

 海側から見たヴェセの港町は、昼間だけあってかなり賑わっており、大勢の人々が行き交う。

 少し視線をずらせば大量の船が見えるが、そのうちどれくらいが王都に向かうのやら。

 ぼーっと眺めていると、サレナが横にやって来る。


 「不満そうだな」

 「狭いし。ヴァースの町で安宿に泊まってる時のがまだ広い」

 「ま、陸路より一週間早く済むんだ。ここでイライラした分、王都でパーっと騒ごう」

 「それしかないかあ。というか、サレナって結構ワクワクしてない?」

 「王都の祭りとか、普段真面目なあたしでもワクワクするに決まっているだろう」

 「自分で自分のこと真面目って言うのはどうなの」


 だらだらと無駄話をしながら時間を潰していると、もうすぐ出港するという知らせが入り、それから少しして船はゆっくりと動き出す。

 窓から身を乗り出しつつ、リリィは離れていく港町を見ていたが、それにも飽きるとベッドに寝転がる。

 夕食に関しては、お金を払えば出してくれるとのこと。

 しかし、最初の数日は手持ちの食料だけで済ませた。

 腐る前に食べておくべき代物があったからだ。


 「ふぁ……退屈だ」

 「なら一緒に釣りでもするか? 騎士団の者が貸し出してくれるそうだ」

 「ずっと部屋の中よりはいいかな。するする」


 海を眺めてて楽しいのはわずかな間だけ。

 船の中はまったくもって退屈な限り。

 出港から数日後、サレナに釣りへ誘われたリリィは、あくび混じりについていく。

 船の甲板では、軽装な騎士団員が何人か釣りをしているが、あまり成果はないのか雑談が多い。


 「おっと、釣り競争に新しく二人がエントリーだ」

 「こらこら、相手は釣りが初めてな子どもだぞ。うちらの競争に巻き込むな」

 「じゃあ、釣り以外の話題で。……ウサギのお嬢さん、君たちは冒険者かい?」


 この質問にリリィとサレナは頷く。


 「ふむふむ。そうなると気になるのは、冒険者ランクだが」

 「冒険者ランク?」

 「あらら? 知らない? 冒険者として登録した時、カード発行してもらうだろ。あれだよあれ」

 「カード……カード……」


 リリィは自分の道具袋をごそごそと漁り始める。日常的に使う道具を入れる袋以外に、とりあえず大事な物をぶちこんでおく袋とに分かれていた。

 数十秒後、細かい傷がついているカードが出てきた。


 「あった」

 「ちょっと見せてくれ。あーらら、これは最初以降まったく更新してないな。カードの提出とか求められなかったのか」

 「いやあ、これまで一度もなかったです」

 「そっちの黒ウサギな君は?」

 「あたしは元々、自警団の団員であり、より上の冒険者と共に活動することがほとんどでした」


 リリィとサレナの言葉を受けて、騎士団員の一人は目を丸くする。


 「黒ウサギの子はまだわかる。上位の冒険者と一緒だから。でも白ウサギの君は……いや、もしかして、有力な後ろ楯とかあったりするんじゃないか? 例えば、大きな商会とか」

 「ラウリート商会とは、ちょっと関係が」

 「あー、だからギルドは細かい確認を行わないわけだ」


 ラウリート商会の名前が出た瞬間、納得する様子を見せたが、リリィとしては首をかしげるしかない。

 この疑問に対しては、他の騎士団員が答える。


 「ギルドも大勢の冒険者相手にいちいち細かい確認はしない。こいつは確認を飛ばしてもいい者、そう思われたため色々とすっ飛ばせたわけだね」

 「うーん、だけど、元いた町ならまだしもヴェセでも確認とかなかったですけど」

 「それは君の持つ剣が影響している」

 「え、これですか」


 リリィは剣と鞘を見る。

 それはオーウェンから譲ってもらった、そこそこ高価な代物。


 「そう、それだよ。一般の冒険者では持つのが無理な代物。なぜかというと、持ち主が譲ろうと思った相手以外が装備すると呪われる。そういう警備用の魔法が仕込まれている」

 「……そんな仕込みが」

 「魔法の素養があれば、見るだけでわかる。そして、武器や防具に魔法を込めることは割とありふれてる。まあ、値段と効果が見合うかはともかく」


 費用対効果の問題から、武具に魔法を込める人はあまりいないとのこと。


 「どこで手に入れたかは聞かないけど、ヴェセではその剣が、実質的な冒険者カードの代わりになっていたわけだね」

 「へー、この剣が」


 ヴァースの町で犯罪者の大規模な脱走があった。

 あの時、捕まえることに協力したお礼としてオーウェンが渡した剣。

 それがまさか、武器以外としても役立つ代物だったとは。

 リリィは剣を見つめたあと、腰に戻した。


 「色々教えてくれてありがとうございます」

 「いいってことよ。王都に到着したら、冒険者カードの更新やっとけよ」

 「そう。同じ国の冒険者ギルドなら、情報の共有とかされてるから」

 「そうします」


 冒険者カードについて話したあとは、騎士団員とは離れた場所で釣りをする二人。

 しかし、そう簡単に魚は釣れず、自然と話題は冒険者カードに移っていく。


 「すっかり忘れてた」

 「まあ、ずっとヴァースの町で活動する分には更新とか考えなくていいからな。そもそもカードを出す機会がないが」

 「次の目標が決まった。まず冒険者ギルドに行って、冒険者カードの更新」

 「いいんじゃないか。あたしも更新しないとな。これからしばらくは冒険者一本でやっていくわけだから」


 時折、釣竿は揺れるが、引き上げても仕掛けた餌は取られてしまっている。

 そんなことを何度か繰り返していると、甲板の上で一部の者が金属製の鍋を棒で激しく叩いた。

 何かの合図なようで、先程まで釣りをしていた騎士団員は釣竿を戻し、代わりに剣や槍といった武器を握る。


 「ウサギのお嬢さんたち、早く船内に行くといい。モンスターの襲撃が……ぬおっ」


 最後まで言い終える前に、海から魚のようなモンスターが飛び上がってくると、それを狙ってか鳥のようなモンスターが降下してくる。

 どちらも人を狙ってはいないようだが、巻き添えを受けると怪我をするし、船にも被害が出るため、魚と鳥の両方に対処しなくてはならない様子。

 騎士団員は忙しくしているため、リリィは剣の柄を握る。それを見たサレナも続いた。


 「手伝います」

 「人手がいるはず」

 「ふーむ、ないよりはいいか」


 一部の魚は甲板にまで届くほど移動するが、そうなると空から急降下してくる存在がいる。

 リリィとサレナは協力して甲板に来るモンスターを叩き落としていく。


 「げ、木の部分にモンスターが刺さってる」

 「一歩間違えると大怪我するな。集中するぞ」


 数分もすると船はモンスターの集まりから抜け出すので、残るは後始末だけ。

 騎士団は実力者揃いなため、あまり苦労はないが、だいぶ汚れてしまう。

 着ている服には返り血がつき、さらには微妙に生臭くなっていた。


 「うわ、これはひどい」

 「あたしたちは中に戻るぞ。手伝いは済んだ」


 部外者が長居してもよくないということで、二人は船内へ。

 ついでに、返り血などで汚れた体を洗うためシャワーを借りる。洗濯してくれるため服も預けた。


 「ふー、すっきりする。便利だよね。船の上でも地上と同じように水を使えるのは」

 「さすがに制限があるから、手短に洗うぞ。あたしがお前の髪と耳をやるから、あとであたしのを頼む」

 「はいはい」


 海上を進む船の中において、体を洗ったり洗濯するための水を用意することは、かなりの困難。水はあらゆることに利用でき、あっという間になくなってしまう。

 だが、それを解決する方法はあった。

 ある程度、水属性の魔法に精通していることが前提とはいえ、複数の魔術師が協力することで、海水から塩分を取り除くことができる。

 問題は、魔術師の負担が大きいのと、一度に得られる水の量に限りがあるという部分。


 「二人でこうするのっていつぶりかな」

 「さあな。自警団に入ったあとは、こうする必要性はなくなったが」


 白い髪に白いウサギの耳。黒い髪に黒いウサギの耳。

 お互いに相手の洗いにくい部分を済ませたあとは、四肢や胴体を自分で洗い、最後に全身の泡を流してから、尻尾を軽く絞って水気を切る。


 「この分だと、陸路よりは綺麗な生活できてるかも」

 「高いお金を払っただけはある」

 「案外、王都の宿はここより微妙だったりして」

 「それは、あり得るのが怖い話だな……」


 予備の服に着替えたあとは大部屋で過ごす。

 やがて二週間が過ぎ、船は王都アールムの港へと到着した。

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