第39話 船の予約

 時は少し遡る。

 リリィとサレナが追加の依頼を探している時、レーアとセラは港町をうろついていた。

 目的は、王都アールムに向かう船を探し、四人分の予約を取るため。


 「色々なものがありますね。ヴァースでは見かけないものがたくさん」

 「船だから、そりゃあね。馬車じゃ無理な代物をたくさん運べちゃう」


 外国の船が停泊する区画では、異国情緒溢れる品物を数多く見かけるが、庶民が買える値段の物は少ない。

 道行く人々の話に聞き耳を立てると、大半は貴族や裕福な商人が買いつけてしまうので、なかなか市場に出回らないという。


 「で、お嬢様はどんな船を選ぶわけ? 馬車も込みだと結構すると思うけど」

 「一通り見てから決めたいところです。時間には余裕があるので」


 ハーピーとラミア。

 人間とは異なる姿は、遠くからでも目立つ。

 港町には人間以外の種族がそこそこいるとはいえ、それでもチラチラと視線を向けられたりする。


 「やれやれね。そこまで珍しい存在でもないでしょうに」

 「特定の種族はいないところにはいないので、だからつい見てしまうのでは」

 「どうせなら見物料でも取りたいわ。見世物じゃないっての」


 目的地となるのは、船の停泊する港に程近い広場。

 そこにはいくつかの建物が存在し、二人はその中に入る。


 「何か用かね」

 「アールムに向かう船の予約を。四人と馬一頭、そして馬車を一台。これを運べる大型船でお願いします」

 「アールム行きか。新王の即位式とやらのせいで、予約はだいぶ埋まってる。人だけなら、乗れるのはいくらでもあるが、馬車込みとなると……」


 紙の束をめくりながら、椅子に座っている男性は渋い表情を浮かべる。

 王都の方で大きな祭りがあるとなれば、大勢の人々が動くため、普段なら空いているようなところでも先約が存在するのだ。


 「すまんが、予約できそうな船はすべて埋まってる」

 「そうですか」

 「ただし、どうしてもというなら手段はあるにはある」

 「それは?」

 「ちょいと、他国の政府や軍とかが利用してる船に乗せてもらうのさ。使者や、その護衛が王都に向かうわけで」


 それはまさかの提案。

 アルヴァ王国以外の船は数多く、そのどれかを利用できるなら問題は解決するわけだが、レーアはすぐには頷かない。


 「そのために必要な代価は?」


 タダで乗せてくれるはずがない。善意だけでは無理なことはある。

 仲介料もかかるだろうし、とりあえず尋ねなくては話にならない。


 「こっちは金さえ貰えればそれでいい。ただ、そちらさんには少し交渉してもらう必要があるが」

 「どこと交渉するのか教えてもらえますか」

 「リセラ聖教国、ベルラハ公国、サヴアラ連邦。でかいのはこの辺り。アルヴァ王国の貴族もあるが、あいにく今のヴェセには停泊していない」


 国の名前がいくつも出てくるが、話を聞いていたセラが横から口を挟む。


 「で、他国の立場ある人が、私たちのような素性の知れない者を、どうして乗せてくれるわけ?」

 「小遣い稼ぎさ。金に余裕ある奴ばかりじゃない。偉い立場でも金に困ってる者はいる。あとはまあ、単純に金稼ぎしたい奴もいるがね」

 「そう。一番難易度が低そうな相手は?」

 「まあ、待ちな」


 座っている男性は、さっきとは異なる紙の束を取り出すと中を見ていく。

 セラはヘビとなっている下半身に力を入れ、普段より高く立ち上がると、紙の束に書かれている文字を読み取ろうとする。

 だが、中身を見る前に閉じられてしまうため意味はなかった。


 「リセラ聖教国の新設された騎士団。リセラには騎士団が数十はあるが、これはできたばかりで団員が少なく、本隊となるでかい船とは別の船に乗っている」

 「ふーん? その本隊とやらに私たちの存在がバレた場合、どうなるわけ?」

 「ちょいと説教を聞くだけで済むだろう。あんたらが、悪さをせずただ乗っているだけなら、だが」

 「じゃ、リセラの騎士団に会うからどこ行けばいいか教えて」

 「ほらよ。上手くいったら金をくれ」


 簡易的な地図が手渡される。

 中には現在地と、目的となる船の位置が記されていた。

 レーアとセラの二人は、早速リセラの騎士団に会いに向かう。

 その船は、一際目立つ巨大な船の近くに停泊すており、馬車が乗せられる中型船といったところ。

 やや物足りなさはあるが妥協できる。

 見張りらしき若い女性がいるため、まずレーアが声をかける。


 「少しよろしいですか?」

 「なんでしょうか」

 「そちらの代表の方とお話をしたいのですが」

 「……少々お待ちを」


 会話の最中、セラはこっそりと袋の口を開けて、中にあるお金をさりげなく見張りに見せつける。

 これにより、なんのために声をかけてきたのか見張りは理解すると、船に入って人を呼び、何かを話す。

 数分後、代表らしき女性が現れる。

 赤い髪に赤い目をした人物で、身のこなしを見る限り結構な実力者。


 「ふっふっふっ、なにやらお困りのようね!」

 「王都まで船に乗せてもらうことはできますか。四人と馬車を一台」

 「できるけど、貰うものは貰う。いいかしら?」

 「おいくらですか」

 「そうねえ……馬の世話とか含めると、ざっと金貨三十枚」


 それはなかなかに高い金額であるが、二週間という時間を考えると、致し方ない部分がある。

 お金持ちな親がいることから、レーアは割と自前のお金を持っており、まずは金額の半分を支払う。


 「前金としてこちらを。残りは向こうに到着してからで」

 「うん、よろしい。明日の夕方に出港するから、遅れないようにね。遅れた場合、そのまま置いていくことになるから」


 交渉は何事もなく上手くいった。

 二人は情報を得た建物に戻ると、交渉が成功したことを伝えてからお金を渡す。

 そしてリリィたちと合流するために宿へ戻るのだが、ここで少々問題が起きる。


 「その血はいったい!? わたくしと別行動している間、ダンジョンで何がありました!?」

 「ええと、その、これは……」


 借りている宿の一室で休んでいたリリィとサレナ。

 だが、リリィの着ている服には血がついていた。

 それを目にしたレーアは問い詰めるが、はっきりとした答えは出てこない。


 「そんなに大したことじゃないから」

 「……大したことあります。リリィに血がつくということは、それだけ危ない戦いがあったということ」

 「ほらほら、話しなさい。パーティーの間で隠し事は無し」


 セラがそう言うと、リリィは仕方なさそうにダンジョンの最下層で起きた戦いを語っていく。

 毒を盛ってきたリザードの狂人、それを一人で相手取り、最終的には殺したということを。


 「そ、そんなことが……」

 「童貞卒業おめでとう、ってところかしら」


 反応は対照的だった。

 子どもであるレーアは驚きと恐怖の混ざった表情を浮かべ、大人であるセラは笑みを浮かべながらもしみじみとした様子で呟く。


 「セラ、それはどういう意味?」

 「一つの壁を破ったってことよ。人を初めて殺した感想はどう?」

 「あっけない」

 「ま、そんなもんよ、人の命なんてのは。だから、失いたくない命がある場合は大事にしないといけない。自分の、あるいは仲間の」


 過去を思い返しているのか、セラは苦笑しつつそう言うと、ベッドに腰かけた。


 「そうそう、明日、船に乗るから。準備しておきなさいよ」

 「どんな船?」

 「説明が面倒。明日になればわかるから」


 一休みしたあとは、全員で二週間近い船旅に備えた買い物に出かける。

 ただ、不測の事態で期間が伸びる可能性も考慮し、念のために三週間分を購入した。

 ついでに、商人として活動するために必要な商品を仕入れることも忘れない。

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