第38話 教団の教祖
真正面から目にした印象は、人を惹きつける見目麗しい人物。
水色の髪と目をした女性は、隠れながら漁村で見た時とは違い、そう言い切れる姿をしていた。
あの時着ていた茶色いローブではなく、まるで宗教の神官のような衣服を着ているからかもしれない。
リリィはそう考えながらも警戒する。
自分たちが危機に陥っていたにもかかわらず、まるでずっと見ていたような口振りでいたから。
「……あなたは?」
「いきなり失礼しました。まずは名乗らなくてはいけませんね。私は、救世主教団を運営しているソフィアと申します」
「横にいる人たちは?」
「こちらは私の理念に賛同してくださった冒険者の方々でして、依頼の達成のために協力して行動をしていた最中なのです」
そこまで語ると、ソフィアと名乗った女性は冒険者たちの方を見る。
「皆さん、私はこちらの少女たちとお話をするので遅くなります。先に戻ってくださって結構ですよ」
「教祖がそう言うなら、先に帰らせてもらいますよ。戻る時は足元にお気をつけて」
「この子たちも加わってくれるといいのですが。それでは」
冒険者たちは、どこか気安い態度でソフィアに接していたが、ダンジョンの最下層にもかかわらずあっさりといなくなった。
そのあとリリィたちも名乗るのだが、どうしても違和感を感じてしまい、そのことを気取られる。
「なにやら、気になることがおありのようですね? 質問があるならお答えしますよ?」
「その……冒険者の一人が、あなたのことを教祖って言ってたけど」
「ああ、そのことですか。私ソフィアは、かつてただの神官であり、世界のために祈る日々を過ごしていました」
どこか熱のこもった様子で話すソフィアであるが、それが演技であることは既に知っている。知ってしまっている。
「ですが、祈る日々が続くある日のこと、気づいてしまったのです。祈り続けてもなにも変わらないということに。ダンジョンという存在は世界を蝕んでいるというのに、我々はあまりにも無力。しかし救世主様ならば、この混沌に満ち、ダンジョンという困難に溢れる世界を救ってくださる。ゆえに救世主教団を立ち上げました。ただ、救世主となられるお方がどのような人物であるかは、まったくわかっていないのです。世界中で探しているのですが」
「そうですか、見つかることを願ってます。わたしたちはこの辺で……」
「お待ちください」
漁村での出来事を思い返し、あまりお近づきになりたくないリリィだったが、即座にソフィアが目の前に立ち塞がるので、足を止めるしかなかった。
「リリィさん。あなたは救世主としての素質があります。救世主候補として、試験を受けてみる気はありませんか?」
まるで漁村の村長にしたような問いかけであり、試験を拒否するにしてもここで安易に救世主について否定すれば、あとが怖い。
なので少し迷う素振りを見せてから首を横に振る。
「すみません。今は受ける気が起きません。ここでおかしい人と戦うことになり、少し心を落ち着けたいので」
これ自体は嘘偽りない本心である。
まさか、人を生きたまま魚のモンスターに食べさせようとする人物がいるとは思わない。
しかも自分たちは、危うくその毒牙にかかりそうになったのだから。
リリィはやんわりと拒否するが、ソフィアは少し観察するような視線を向けたあと、軽く首をかしげてみせる。
「あなたの心は落ち着いている。狂ったリザードの男性と戦っていた時には既に。そうでなければ、そちらのサレナさんが起き上がるまで戦い続けるという一手を選べない。……それに、最後は蹴って水の中に落とし、殺した」
どう言い訳をしても、見透かされているように思える。
そう感じたリリィは、サレナと顔を見合わせてから、剣の柄にそれとなく手を置いた。
「お互い本音で話すべきでは。ソフィアさん、あなたの本音が聞きたい」
「救世主候補を探しておりまして……」
「嘘だ。それは表向きの理由でしょ。あの時、漁村で呟いた言葉を聞くに」
すると、ソフィアは友好的な態度を崩し、どこか見定めるような視線となった。
「ふむ。だから、あの時見られている感覚が……。小賢しい子どもとはいえ、実力があるなら話す意味はあります。では、あちらにある円形の広場で。盗み聞きは避けませんと」
一度場所を移し、秘密裏の話し合いとなる。
ダンジョンの最下層はほとんど人が来ない。来ても、階段から円形の広場までは結構な距離があるため、話し声は聞こえない。
「救世主教団ってなに?」
「私が教祖をしている組織です」
「その目的は?」
「世界からダンジョンをなくすこと」
ダンジョンをなくすと聞いて、リリィはわずかに驚いた。
「どうしてなくそうと? ダンジョンは昔から存在してて、生活に根付いてるのに」
「ダンジョンは増えています。世界中で人口が増えていき、それに合わせるように少しずつ。人が暮らす場所、あるいはその周囲に出現し、畑や川に被害をもたらします。このヴェセの港町ですら、何百年も前にダンジョンが生まれた時、現地で暮らしている人々に大きな被害を与えてきました」
語っていくソフィアの表情は、どこまでも真面目なもの。嘘偽りはない。
だからこそ疑問は生まれる。
「消し方は知ってるの?」
「いいえ。残念ながら、根本的にどうにかする方法をまだ知りません。攻略すれば一時的に消えるものの、時間が経てば復活してしまう。既にその土地に根付いてしまっているがゆえに。……野良ダンジョンの方は、早めに攻略すると根付く前に処理できます。ギルドとの独自の繋がりを持っているからこそ得られた情報ですが」
消し方は知らないときた。
それなのに、世界からどうやってダンジョンをなくそうというのか。
そんな疑問に満ちた視線を向けられるソフィアは、わずかにため息をつく。
「悲しいことに、組織の維持と拡大くらいしか、今できることはありません」
「うーん」
「教祖と呼ばれている割には、頼りないな」
「さて、私は本音を語りました。その上で、改めて言います。救世主教団に入ってくれませんか?」
どの程度信用できる組織かは不明だが、そこそこ大きい規模なのは間違いない。
そこでリリィは質問をする。
「わたしたちが入った場合の特典は」
「そう来ますか……教団に入っている者同士で、協力することができます。冒険者は共に依頼を。商人は取引の際にわずかな割引を、といった具合に」
「入りません。今回はご縁がなかったということで」
「まあいいでしょう。ただ、教団のことは他言無用をお願いします」
「わかりました。秘密にしておきます」
「入りたくなったら、大きな都市で探してみてください。それでは」
勧誘しても意味がないのを目にしたソフィアは、長居せずに立ち去っていく。
ダメならさっさと諦める。
そうすることで、無用な警戒を持たれないようにし、組織を維持し続けているのだろう。
「世の中は広いね。ダンジョンを消すために動いている人もいる」
「気持ちはわからなくもない。ダンジョンは地下に現れる。もし川がダメになったら、井戸が使い物にならなくなったら、もう別のところで暮らすしかない」
狂人との戦い、教祖との会話、それらが終わったあとは、依頼にあった最下層の水を地上に持ち帰るだけ。
ビンが割れていないのを確認したあと、リリィとサレナの二人は地上に戻り、報酬を受け取る。
なお、最下層で起きた出来事については話さずにいた。
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