第35話 追加の依頼を二人で

 「うーん……」


 ギルド内部においてリリィは唸っていた。

 視線は木のボードに向いており、新たに依頼を受けるかどうか悩んでいる。


 「外はまだ明るい。あと一つ依頼を受けてもいい気がする」

 「受けたいなら止めないが、先にやるべきことを済ませるべきだろう」


 サレナが口にしたやるべきこととは、王都に向かう船を探し、四人分の予約をしておくというもの。

 これについては、レーアが横から言う。


 「では二手に分かれますか? 依頼をこなしてお金を稼ぐのと、船の予約をするのとで」

 「それでもいいかな。毎回四人で行動しててもあれだし」

 「じゃあ私は予約側で。大人がいた方が手続きは早く済むから」

 「わたくしも予約側にします。サレナはどうします?」

 「……リリィと共に依頼をこなす側でいい。少しでも戦いの経験を積むことは大事だ」


 組み合わせが決まったあとは、レーアとセラがいなくなるため、リリィは慎重に依頼を探していく。

 戦闘を重視するか、採取を重視するか。


 「どういうのがいいと思う?」

 「あたしに聞くな、と言いたいが、とりあえず重い物を運ぶのはなしだ」

 「となると軽そうなものか」

 「浅い階層のもなし。深い階層の方が稼げる」

 「じゃあ、これで」


 リリィは一枚の紙を取る。

 内容は、ヴェセのダンジョン最下層にある湖から、水を採取してくるというもの。

 用意されたビンに入れるだけでよく、しかも片手で持てる大きさときた。

 依頼主は、町に暮らす錬金術師。

 変化がないか、定期的に採取して調べており、もし何かあれば町の偉い人に報告することになっているとのこと。

 そのため依頼の報酬もなかなか多く、金貨が三枚貰える。


 「帰る時、ビンを割らないよう気をつける必要があるけど、そこさえ注意しとけば楽な依頼」

 「金貨三枚の時点で、それなりに難しい依頼だと思うが。まあ、お前とあたしなら、さっさと駆け抜けるというやり方もできるか」


 足の速さを生かせば逃げるのは容易い。

 リリィとサレナはダンジョンに潜っていくが、平坦に整備された道を進むだけでいいので、ちょっとした散歩のような気楽さだった。


 「宝箱出てこないかな」

 「あっても、他の冒険者が取ってる可能性が高い」


 地下六階からは多少警戒しないと危ないものの、ヴァースのダンジョンと比べると探索している冒険者の数は多く、そこそこの確率で見かける。

 それはつまり、宝箱が先に取られてしまうことにも繋がるため、深い階層において宝箱はあまり期待できない。


 「モンスターは……無視で」

 「ああ」


 解体して素材を得るのも面倒なので、モンスターと遭遇しても、向こうから仕掛けてくるもの以外は無視しながら進む。


 「そういえば、リリィ」

 「うん?」

 「借金はいつか返せるとして、返し終わったらどうする?」

 「冒険者を続けてると思う」

 「そうか」

 「というか、なんでそんな質問を?」


 今いるのは深い階層なので盗み聞きされにくい。

 だから込み入った話ができるわけだが、リリィはわずかに首をかしげた。


 「あたしは、ずっとお前と一緒にはいられない。どこかで別れる時が来る。自警団の仕事があるから」

 「そうは言っても、まだ遠い先の話でしょ。その時になったら新しいパーティーメンバー探すよ」

 「お前に合わせられる奴がそう簡単にいるとも思えない」

 「サレナは、わたしに合わせられるって?」

 「ああ。同じ孤児で、同じ獣人で、同じ性別だ。あたし以上に合う奴はいない」


 割と自信満々に言うサレナであり、リリィは思わず足を止めた。


 「なんか、告白っぽく聞こえる」

 「ふん、あたしとお前のどっちかが男だったなら、付き合うことを考えなくもない」

 「もし、わたしが男だったら、どうなってたかな?」


 それはちょっとした疑問。


 「レーアの母親であるエリシア殿から、敵意に満ちた視線を向けられていただろうな」

 「娘に近づくお邪魔虫だから?」

 「年頃の娘に近づく異性。これは親として見過ごせないわけだ。常に生活を監視される可能性も」

 「そうなると、同性でよかったのかもね」


 レーア自身はともかく、母親であるエリシアの反応は簡単に予想できてしまうため、リリィはなんともいえない表情になる。


 「もし、わたしたちに親がいたなら、愛されてたかな」

 「あたしたちを捨てない親なら、愛してたはず」

 「嫌な言い方するね」

 「事実だろう。まあ、面倒見てくれた物好きはいたから、まだマシだが」


 親の話題になると、少しばかり無言の時間が続く。

 自分たちをどうして捨てたのか。

 ふと、そのことを考えてしまうからだ。

 とはいえ、そんな時間は長くは続かない。

 地下九階に到達すると、全体的に水ばかりな地形となっており、水に沈んでない足場の方が少ないため、ただ歩くだけで靴はびしょ濡れになってしまう。

 これに対し、リリィとサレナのどちらも面倒そうな表情となる。


 「うわ、地形変わりすぎ。水面が上がってきてる。帰ったら乾かさないと」

 「少し動きにくくなってるから、これにも注意を」


 途中、通路の一部に大きな穴が空いているのを見つける。それはまるで落とし穴。

 穴の中では魚らしき存在が泳いでいるが、よく見ると途中で横穴が存在し、魚はそこを泳いで他のところへ行き来している。


 「横穴を通って他のところへ行けそう」

 「溺れ死にそうだが。それにモンスターもいるだろうし危ない」

 「確かに。落ちないよう気をつけよう」

 「物を落とすことにも注意するように。拾えないからな」


 水浸しな床は、深い穴になっている部分を見落としやすい。

 二人は慎重に進むが、途中で木の板が設置されているところを発見する。

 それは整備された平坦な道の途中にあった。

 おそらく、落とし穴となっている部分を塞ぐために設置されているのだろう。


 「探索しやすいよう、ダンジョンの中は色々と手を加えてあるね」

 「ヴァースの町でも、明かりを絶やさないようにしてあったからな。長く存続してるダンジョンともなれば、今まで潜ってきた冒険者が色々やってくれてる」

 「でも、攻略されたあと復活した場合って……」

 「冒険者たちが手を加えた部分は、すべてなかったことになるかもしれない」


 内部の探索を楽にするために行われた工夫が失われるのは、誰にとっても困ること。

 リリィはしみじみとした様子で呟く。


 「探索の難易度が上がるから、稼ぎにくくなる。そうなると、依頼を出す人、依頼を受ける冒険者、それに冒険者ギルド、全部が困るね」

 「だから攻略は規制されてるわけだ。できたばかりの野良ダンジョンは、攻略が推奨されてるが」


 ダンジョンについての話をしながら歩いていくと、途中で小部屋を見つける。

 中に何かないか開けてみると宝箱があった。


 「お、運が良い」

 「問題は中身だが、何があるやら」


 地下九階の宝箱。浅い階層よりは中身に期待ができる。

 リリィは罠がないか確認しつつ慎重に開けていくが、蓋が開いた瞬間、顔に石が飛んできて命中してしまう。


 「うぐおぉぉ……痛い……」

 「石でよかったな。矢とかなら死んでたぞ」

 「それで、中身は」

 「……宝石のついたペンダント。身につけた際の効果は不明」

 「サレナにあげる」

 「ありがとう。多分、売ってお金に替えてしまうけど」

 「目の前で言うのどうかと思う」

 「あたしとお前の仲だろ。……言ってみると結構図々しいな、これ」


 話しているうちに、地下十階に通じる階段へ到着した。

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