第34話 海に接するダンジョン

 翌日、港町であるヴェセの冒険者ギルドに、リリィたち四人は訪れた。

 場所が違えど、ギルドの中はあまり違いがない。

 大勢の冒険者に、冒険者相手に取引することを考える商人が少し。

 ただ、依頼が貼ってある木のボードを見ると、ヴァースの町と比べて倍以上の依頼が存在している。


 「わーお。人が多いから依頼もたくさん」

 「あまり難しい依頼は選ばないように。わたくしたちの最優先事項は、王都に向かうことですから」

 「海路なら二週間。まだ一週間近くは余裕がある。そこまで気にしなくてもいいのでは?」


 リリィに注意するレーアに対してサレナはそう言うが、わかっていないとでも言いたげな表情が返される。


 「その日程は、何事もない場合に限ります。もし天候が荒れたら、モンスターに船を壊されたら、あるいは船内で疫病が広まったら……そういう事態が起きたら、当然ながら船は遅れるわけです」

 「まあ、日程に多少の余裕は持たせておきたいところね。私は船に乗ったことないけど、晴れた日と雨の日じゃ進める距離が違うわけだし。船も似たようなことはあるはず」


 レーアに同意するように、セラは旅してきたこれまでの経験を語る。

 そのあと、少し険しい表情となった。


 「……船にちょっかい出してくるモンスターは、確実にいるだろうしね。私たちが乗ってきた、漁師の船みたいに」

 「あれは勘弁してほしい……」


 話のあとは依頼を探していくが、ひとまず浅い階層で済むものを選ぶ。

 それはダンジョン内部に出てくる、大きな巻き貝を取ってくるというもの。

 地下一階から、最下層たる地下十階までのすべての階層で出現するらしく、似たような依頼は他にもあったりする。


 「料理屋、酒場、あとは個人の名前で巻き貝を集める依頼があるけど……この巻き貝、もしかしてかなり美味しい?」


 リリィは期待からか、白いウサギの耳をピクピクと動かす。


 「気になるなら実際に食べればいい。ダンジョンの全域で出てくるようだし」

 「それもそうか」

 「調理は私に任せてちょうだい。どんなモンスターだろうが、食べられるようにしてあげる」


 巻き貝を十個集める依頼を選ぶと、受付で入れ物となる大きな袋を貰う。

 近くの商人から地図を買ったあと、四人はギルド内にあるダンジョンの出入口へと向かうのだが、入る前にレーアが口を開く。


 「そうそう、今のうちにわたくしができることを伝えておきます。戦闘においては槍を使います。一応、足の鉤爪も攻撃に使えなくはないですが、ダンジョンではあまり使う機会はないでしょう」

 「とはいえ、前衛を任せるの不安だけど。大怪我したらレーアのお母さんが怒りそう」

 「お母様のことはどうとでもなります。それに、こう見えてわたくしも鍛えているので。……探索については、経験不足なので任せます」

 「うん、宝箱の罠とか危ないからね」


 地下一階へ足を踏み入れると、そこはゴツゴツとした地下洞窟となっており、しかもあちこちに水が流れている。

 しかし、通路の一部は歩きやすいよう平坦に整えられている。

 この謎については、近くを通りかかる冒険者に質問すると解決した。


 「なんだ、他のところから来た冒険者か。この整えられた道はな、地下におりる階段への最短経路なわけだ。荷物運ぶ時とか、ゴツゴツした足場だと面倒だろ?」

 「そうですね」

 「だから、先人たちが苦労しながらも平坦な道にしてくれたわけだ。おかげで迷う心配もないときた」


 笑いながら立ち去っていく冒険者を見送ったあと、リリィは周囲を見渡していく。


 「地域ごとにダンジョンの特性が違うとなると、これから色々大変かも」

 「大変じゃないダンジョンはありません。行きますよ」


 リリィとサレナは前衛、セラは後衛、そしてレーアはその間に挟まる形で地図を読む。


 「この水……しょっぱい」


 歩いている途中でリリィは流れている水を舐めるが、水には塩気があった。


 「それ海水よ。ダンジョンにも流れてるとなると、どこかで海に通じてたりして」

 「でも、中は海水でいっぱいにはなってない」

 「どこかで別のところに抜けてる……? まあ、ダンジョンは地上の常識が通用しなかったりするし、考えても仕方ないわ」


 平坦な道を進むものの、依頼の巻き貝は見つからない。

 楽なところにあるものは真っ先に取られているようなので、とりあえず荒れている通路を進んでみることに。


 カサカサ……


 途中でモンスターらしき存在と遭遇するが、カニやヤドカリといった地上でも見かけるようなものばかり。

 大きさは一回り大きい程度だが、移動しているうちにリリィはとあることに気づく。


 「あのモンスターたち、ついてきてない?」

 「意外と足が速いな」


 サレナが剣を持って近づくと、一気に離れる。

 だが、少しすると再び近づいてくる。

 一定の距離を保ってくるモンスターらしく、今のところ危害を加えてこないが、それゆえにどこか不気味な存在だった。


 「じゃ、ここは私の魔法で一発」

 「ううん、やめとこう。戦わずに済むなら、それが一番。もっと厄介な相手と戦う場合に備えて、体力や魔力とかは温存すべき」

 「しょうがないわねえ」


 セラが魔法を使おうとするのをリリィは止める。

 その後、地下一階部分で巻き貝を二つ発見するが、かなりの大きさに全員が驚く。

 大人でも両手を使わないと持ち上げられないほどであり、今回の依頼が意外と難しいことに気づいてしまう。


 「これ、一個一個持っていくしかない。それを十個……しまった、もっと数が少ない依頼にしておくんだった」

 「嘆いても仕方ない。既に依頼は受けたんだ」


 とりあえず、見つけた巨大な巻き貝はさっさと袋に入れて運んでしまう。

 リリィとサレナ、セラとレーアという組み合わせで。

 一人ではきついが、二人ずつで運べばだいぶ楽ではある。

 地上に戻り、ギルドの受付に納品すると、再びダンジョンの中へ。


 「セラ」

 「荷物持ちは嫌よ」


 リリィが声をかけた瞬間、即座に拒否される。


 「まだ何も言ってないんだけど」

 「私に何をさせるのか言ってみなさい?」

 「一度深い階層に向かう。そして適当な小部屋を探して、扉を取り外す。で、簡単なソリを作る。巻き貝を見つけたらソリに運んで乗せて、それをセラが引っ張る」

 「……まあ、それならやってみてもいいわ。ソリは、平坦な道でだけ動かすの?」

 「うん。ついでに見張りもお願い」

 「やれやれね」


 どこまで深い階層に向かうかについては、試しに地下六階のモンスターと戦って判断することに。

 地下五階ごとに、ダンジョンのモンスターはより強力になっていくため、自分たちの実力が通用するかどうか確認することは、探索において重要であるわけだ。

 整備された平坦な道を進み、迷うことなく地下六階に到着したあとは、モンスターを探していく。


 「どこかなーっと」

 「リリィ、あそこを」


 レーアが示す先には、空中を漂う半透明な存在がいた。それも複数。


 「え、なにあれ」

 「はいはい、ここは各地を旅してきた私に任せなさい。あれは……クラゲね。海を漂っているものと違い、空中を漂ってるのが怖いけど」

 「クラゲ相手に気をつけるべきことは?」

 「下に垂れ下がってるやつあるでしょ? あれは毒があって、しかも触れるだけで刺さるから、安易に近づくのは危ない」

 「なるほどね」


 話を聞いたリリィは剣を鞘に戻す。

 そして投石紐を取り出し、近くに転がっている石ころを拾うと、振り回してからクラゲに似たモンスターへ投石を行う。

 普通に投げるよりも威力の高い一撃は、半透明なモンスターを一発で地上に叩き落とした。


 「防御はそうでもないか」

 「待て、まずい、魔法だ。それも稲妻のやつ」


 投石だけで仕留められる脆さだが、生き残りが魔法を放ってくるため、リリィを含めた全員がその場から離れる。


 バチバチバチ


 さっきまで立っていたところに、弱い稲妻が命中し、何度か弾けたあと光と音は消え去った。


 「危なかったです。魔法を使うモンスターとなると、戦う場合は一気に仕留めないといけません」

 「ま、そこまで数が多くないし対処は楽ね」


 その後、セラの魔法も合わさり、遠距離からの攻撃だけですべて倒すことができた。


 「まあまあ厄介だけど、ヴァースのモンスターよりは楽」

 「いや……そうも言ってられないぞ。戦いの音を聞きつけたのか、新手が来た」

 「クマ、ですね。おそらく、オウルベアと同じくらいの強さがあると考えていいでしょう」

 「で、リリィ、どうするわけ?」

 「面倒だし、とりあえず退却で」


 討伐する依頼を受けているならまだしも、そうではないため、さっさと上の階層へ戻る。

 それから、地下五階、四階、三階と上へ移動しながら巻き貝を集めていき、依頼にあった十個をギルドに納品することに成功。

 これにより、港町ヴェセにおける初めての依頼は無事に完了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る